5話
悠真は彼女を無事に家まで送り届けた。彼女の家は、今まで見た中でも一際目を引く豪華な一軒家だった。
庭には美しい花が咲き、外壁は洗練されたデザインで、どこか高貴な雰囲気を漂わせている。まるで映画のワンシーンのように、その家は悠真の目には異世界のように映った。
彼女はフードを深くかぶっていたため、顔をはっきりと見ることはできなかったが、歩き方や言葉遣いからは、ただ者ではない気品が感じられた。
その立ち居振る舞いに、悠真は思わず息を呑む。
彼女のどこか冷静で落ち着いた雰囲気は、幼い頃に見たことのある「上品な家の子供」のイメージそのものであった。
「本日はありがとうございました。また、お礼させていただきます。妹たちが待っていますので、本日はこれで。」
彼女は静かに一礼し、悠真に向かって微笑んだ。その微笑みはどこか遠慮がちであり、だが感謝の気持ちが込められていることははっきりと伝わってきた。
悠真は何も言わず、ただ静かに頷くと、彼女は深くお辞儀をしてから、豪華な家の中へと入っていった。
悠真は少し立ち尽くし、彼女が家の中に入るのを見届けてから、ゆっくりと歩き出した。その後、家路を急ぐ悠真の頭の中には、彼女との会話が静かに響いていた。
「ありがとうございました。」
彼女の穏やかな声が、まだ耳に残っている。
その後の短い沈黙の中、悠真はどこか不思議な気持ちに包まれていた。
あの時、彼女の表情がはっきり見えなかったのに、どうしてこんなに強く印象に残ったのだろう。
普段なら気にも留めないような出来事だが、彼女とのやりとりが、なぜか心に引っかかっていた。
悠真はそのまま歩き続け、彼女がどんな人なのか、もっと知りたくなった自分に気づく。
家までの道のりは短かったが、心の中で思考が巡っていた。やがて、悠真は自分の家が見えてきた。
ドアを開けると、リビングからかすかな音が聞こえ、キッチンからは良い香りが漂っていた。
悠真が家に帰ると、リビングのテーブルにはすでに食事が整えられていた。桜はキッチンで何かを片付けていると、悠真の到着に気づき、軽く手を振った。
桜は悠真の父親の再婚相手の連れ子で、悠真とは血の繋がりはない。
父親が再婚した後、桜と一緒に暮らし始め、今ではすっかり妹のように感じている。
桜は中学3年生で、悠真より少し小柄だが、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。
普段は穏やかで優しい性格だが、内心は強い意志を持ち、しっかりとした考えを持っている。
「おかえり、悠真。」桜は軽く笑顔を見せながら言った。
「ただいま。」悠真は少し疲れた様子で答え、洗面所に向かう。
数分後、二人はテーブルに向かい合って座った。
桜が作った料理は、どれも美味しそうに盛り付けられており、その丁寘な手際には感心せざるを得なかった。
悠真は少し照れくさくなりながら食事を始めた。
「すごいな、桜。こんなに料理上手になったんだな。」
悠真は感心しながら言った。
桜は少し照れながらも笑った。「母さんがいなくなってから、私も頑張らないとって思って。」
桜の言葉には、どこか強い決意が込められていた。
悠真は黙って食事を進めながら、桜の言葉に少し胸が痛くなった。桜が母親を失ったことで、少しでも役に立ちたいという思いが伝わってきて、悠真はその気持ちに応えたくなる。
「ありがとうな、桜。」
悠真は静かに言った。
桜は黙って悠真を見つめながら、「何かあったの?」と聞いた。
いつものように気を使って聞いてくるその口調に、悠真は少しだけ口をつぐんだ。
「ちょっとな。」
悠真は、桜の目を避けるようにして食事を続けた。桜は黙ってその様子を見つめていたが、しばらくしてからため息をついた。
「うーん、何か隠してる気がする。」
桜は自分の箸を置き、肩をすくめて言った。
「なんでもいいんだよ、悠真が大丈夫なら。」
悠真は少し顔を上げ、桜の表情を見た。
その目には、少し心配そうな色が浮かんでいるのがわかる。小さな頃からずっと、桜には守られている気がしていた。
「まあ、そんな大したことじゃないんだけどさ。」
悠真は少し照れくさく笑ってから、ぽつりと言った。
「帰り道で、ちょっと助けたんだよ。」
桜は一瞬、目を丸くしていたが、すぐに察したようににやりと笑った。
「助けた?悠真が?誰かを?」
「うん、まあ…」悠真は少し照れながらも、口を開いた。
「女子高生が何か危険な目にあってたから、つい。」
桜は、悠真の言葉に驚くどころか、なんだか嬉しそうに笑っていた。
「へぇ、すごいじゃん。悠真が誰かを助けるなんて。」
悠真は少し困ったように苦笑いをした。
「いや、そんな大げさな話じゃない。たまたま助けただけだよ。」
「でも、いいことしたじゃん。」
桜は嬉しそうに言いながら、食器を片付け始めた。
「きっとその人、感謝してるよ。」
悠真は桜の手際よく食器を片付ける姿を見ながら、ふと思い出す。桜がまだ小学生だった頃、母さんが病気で入院していた時のことだ。
母さんがどんなに弱っていても、桜はいつも穏やかで、いつも優しい笑顔をくれた。その笑顔を守りたい、と思ったことを、今でも覚えている。
「お前も、母さんみたいだな。」
悠真はふっと呟いた。
桜は一瞬驚いたように顔を上げた。
「え?」
悠真は少し顔を赤らめながら、
「いや、なんでもない。母さんみたいに、強くて優しいって意味だよ。」と、つい言ってしまったことを少し後悔した。
桜は、少し驚いた後、静かに微笑んだ。
「ありがとう、でも私はただ、悠真がいてくれるだけで安心してるよ。」と、無邪気に言った。
悠真はその言葉に、少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうな、桜。」
桜は少し顔をしかめた。
「でも、無理してる時は無理しないでね。お母さんのこと、まだ思い出す時あるでしょ?」
その言葉に、悠真は少し沈黙した。桜が小学校の時に母親を失ったことが、二人の心に深く刻まれている。
悠真はそのとき、桜を守らなければならないという気持ちでいっぱいだった。そして、今もその思いは変わらない。
「うん、大丈夫だよ。」
悠真は少し気まずそうに笑った。
「ただ、たまに母さんのことを考えると、ちょっと寂しくなるけどね。」
桜は静かに頷きながら、
「私も、たまに寂しくなる。でも、悠真がいてくれるから、大丈夫。」と言って、にっこり笑った。
悠真はその笑顔を見て、また少し温かい気持ちが広がっていくのを感じた。桜が笑うと、なんだかすべてが少しずつうまくいくような気がする。