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4話

 その日の夜、塾からの帰り道。悠真は静かな路地を歩いていたが、ふと視線の先に異変を捉えた。


 街灯の下、一人の女子高校生が数人の男たちに囲まれている。その男たちは不気味に笑いながら、少女にじりじりと近づいていた。男の一人が手を伸ばし、少女の肩を掴もうとしているのが見える。少女は怯えた表情を浮かべ、身を縮めるようにして後ずさっていた。


(なんだ、あれ…?)


 悠真の足は自然と止まった。心臓が早鐘のように鳴る。助けたい気持ちは湧き上がるが、恐怖が彼をその場に縫い付ける。


 その瞬間、幼い頃の記憶が鮮明によみがえった。


 小学生だった悠真は、公園で同級生がいじめられる場面を目撃していた。泣き叫ぶその子の声に足を止めたものの、自分には何もできない。


 ただ遠くから見ているしかなかった。いじめっ子たちが去った後、悠真はその子の元へ駆け寄ることすらできなかった。


「ご、ごめん…」


 それが、やっとの思いで発した言葉だった。だが、泣いていたその子は「なんで助けてくれなかったの?」と震える声で言い残し、悠真の前を去っていった。その言葉は悠真の胸に深く刺さり、その後もずっと消えなかった。


 その日の夜、悠真は父親の書斎を訪れた。


「父さん…お願いがある。」


 厳格で無口な父は、珍しく自分を頼る息子を見て眉をひそめた。


「どうした?」


「俺、強くなりたいんだ。」


 その言葉に、父の表情が少しだけ緩んだように見えた。そして椅子から立ち上がると、悠真の肩に手を置いた。


「理由は?」


「今日、公園で…友達がいじめられてた。でも俺、何もできなかった。怖かったんだ。」


 涙を堪えながら話す悠真の姿に、父は少し驚いた表情を見せたが、やがて真剣な眼差しに変わった。


「いいだろう。ただし、覚悟があるならだ。」


「覚悟ならある!」


 悠真は力強く答えた。その日から父による武道の稽古が始まった。剣道、柔道、そして空手まで。毎日繰り返される厳しい訓練に、何度も挫けそうになったが、あの日の後悔を胸に、悠真は歯を食いしばって耐えた。


「痛みや恐怖に負けるな。お前が守りたいものがあるなら、それを貫く力を身に付けろ。」


 父のその言葉が、悠真の心の奥に深く刻まれていた。


 何度も膝をつき、何度も血を流したが、ついに悠真は父の教えを体で理解するようになった。力強く、そして冷静に。身体がしっかりと反応し、相手の動きを見極めるようになった。


「お前の成長は、まだ途中だ。」


 父の言葉には厳しさと共に、少しの誇りも込められていた。悠真はその言葉を胸に、さらに鍛練を積んだ。


(守りたいものがあるなら、それを貫く力を…)


 悠真は拳を強く握りしめた。父の教えが、今自分を支えている。


「やるしかない…!」


 覚悟を決めた悠真は、ためらいなく一歩を踏み出した。


「おい、やめろ!」


 悠真の大きな声が静かな路地に響く。男たちは一斉に振り向き、悠真を見てニヤリと笑った。


「なんだお前?ヒーロー気取りか?」


 リーダー格の男が悠真を値踏みするように見つめた。その視線は威圧的だったが、悠真は怯むことなく視線を返す。


「彼女を放せ。」


 悠真の声には芯があった。男たちは一瞬たじろいだが、リーダー格が短く笑い声を上げた。


「やれるもんならやってみろよ!」


 リーダー格の男が悠真に向かって拳を振りかざし、突進してきた。しかし、その瞬間、悠真の体は自然と動いていた。


 悠真は男の動きを見極め、わずかに体を後ろに引いて拳を避ける。次の瞬間、男の腕を掴み、体重を乗せて一気に投げ飛ばした。


「ぐあっ!」


 リーダー格の男が地面に叩きつけられる。周囲の男たちが一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに歯を剥いて襲いかかってきた。


「調子に乗るなよ、ガキが!」


 二人がかりで悠真を押さえつけようとするが、悠真は足を踏み込み、バランスを崩させる。左から来た男の腕を掴み、肩越しに投げた。続けて、右側から迫る男には軽く前蹴りを繰り出し、彼の動きを止める。


「この野郎…!」


 最後の一人が棒を拾い上げ、悠真に向かって振り下ろしてきた。しかし、悠真は冷静だった。一瞬で棒の軌道を見極め、身体を横にかわすと、男の手首を掴む。そして、力を入れて棒を弾き飛ばし、逆に男の腕を捻り上げる。


「ぐっ…!」


 男は苦痛の声を上げ、地面に膝をついた。悠真はその手を離し、冷たい視線を男たちに向ける。


「まだやるか?」


 その静かな一言に、男たちは完全に萎縮した。


「くそっ、行くぞ!」


 リーダー格の男が立ち上がり、舌打ちをしながら仲間たちを促した。男たちは悠真を忌々しげに睨みながら、その場を去っていった。


 残されたのは、肩で息をする悠真と、震えながら立ち尽くす少女だけだった。


「大丈夫?」


 悠真が声をかけると、少女は恐る恐る顔を上げ、小さく頷いた。


「ありがとう…」


 その小さな声を聞き、悠真は安堵の表情を浮かべた。だが、その心の中では今の出来事を反芻していた。


(父さん、あのときの稽古も…悪くなかったよな。)


 少女を安心させるように軽く微笑むと、悠真は彼女を家まで送ることを提案した。少女は、彼のその頼もしい姿に心から感謝していた。


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