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3話

 空き教室の窓からは、四季学園の広大な庭園が見渡せる。春の柔らかな陽射しが差し込む中、千葉悠真は四条春花、美波、澪、雪の四人と向かい合っていた。彼らの視線は、それぞれ異なる感情を宿している。


「理事長は私たちを成長させるために、あなたを呼んだみたいだけど。」


 春花が先に口を開く。その声は強い意志に満ちており、彼女の瞳も悠真を試すように真っ直ぐだ。


「でも、私たちは自分自身の力だけで理事長候補になるつもり。誰かに頼る必要なんてない。それに、私は四条家の長女として、私自身の力だけで理事長候補になってみせる。あなたがどんな人なのかはわからないけど、私たちの道を邪魔するつもりなら覚悟しておいて。」


 彼女の言葉には、一瞬の躊躇も感じられなかった。悠真はその言葉を静かに受け止めた。彼女の背筋はピンと伸び、その姿は本家の長女としての誇りを象徴している。


「私も同感です。」


 続けて澪が低い声で言った。彼の口調は控えめながらも断固たるものがある。彼は春花に目をやることなく、冷静なまなざしを悠真に向けていた。


「めずらしく気が合うね。」


 夏海が肩をすくめながら言う。彼女の声にはどこか皮肉が混じっているが、その奥には微かな怒りも感じられた。


「そういうことだから、じゃあね、悠真くん。」


 言葉を言い終えると、夏海は踵を返し、部屋を出て行った。その後を追うように澪も続き、春花も悠真に一瞥をくれただけで立ち去った。


 残されたのは冬野雪だけだった。彼女は困ったように周りを見回し、小さな声で「失礼します」と言いながら一礼し、そそくさと部屋を出て行く。


 悠真はその場に一人残された。空き教室の静けさが、先ほどまでの緊張をより際立たせている。彼はふと窓の外に目を向けた。春風に揺れる木々を見つめながら、胸の中で何かがざわめくのを感じていた。


「これは困難な道のりみたいだな…」


 彼は小さくため息をつき、もう一度周囲を見渡した。この場所で、そして彼らと共に、自分に何ができるのか。それを考える時間は、まだ始まったばかりだった。


 それからの一週間、悠真は四条家の四姉妹とどうにか交流を持とうと試みたが、結果は散々なものだった。


 朝の廊下で、生徒会の資料を抱えて忙しそうに歩いている春花を見つけた悠真は、意を決して声をかけた。


「春花さん、ちょっといいかな?」


 春花は一瞬立ち止まり、振り返ったものの、その目はすぐに腕時計に向けられた。そして、そっけなくこう言い放った。


「あ、ごめん。今、会議があって急いでるの。」


 そのまま軽やかな足取りで去っていく春花の後ろ姿を見送りながら、悠真は深いため息をついた。


(…忙しいって、どう見ても俺に興味ないだけだよな。)


 昼休みには、校庭でリフティングの練習をしている夏海を見つけた。彼女の元へ向かい、少し話せないかと声をかけると、美波はボールを片足で止め、額の汗を拭いながら悠真を鋭く見た。


「…何の用?」


 その冷たい問いに、悠真は一瞬言葉を詰まらせたが、なんとか絞り出すように続けた。

「いや、その、君のことをもっと知りたくて…」


 すると美波は短くため息をつき、再びボールを蹴り始める。


「知る必要ないでしょ。」


 それ以上何も言えず、悠真はただその場に立ち尽くすしかなかった。


 放課後には、図書室で静かに本を読んでいる澪の姿を見つけた。その端正な横顔に一瞬ためらいを覚えたが、ここで諦めるわけにはいかないと決意を固め、彼女に声をかけた。


「あ、澪さん…」


 その声に、澪はぴたりと手を止めた。しかし顔を上げることなく、本を閉じて無言のまま立ち上がると、悠真に視線を向けることすらなく図書室を出て行ってしまった。悠真の声は、彼女に届かなかったかのようだった。


 最後に、学校の中庭で花壇の手入れをしている雪に声をかけた。膝をついて静かに作業をしている彼女に近づき、やや緊張しながら口を開く。


「あの、雪さん…」


 突然の声に驚いたのか、雪は顔を上げたものの、その表情には困惑の色が浮かんでいた。


「え、あ、はい…?」


「その、手伝おうか?」


 申し出に、雪はかすかに微笑んだ。しかしその笑顔はすぐに消え、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「いえ、大丈夫です。お気持ちだけで…ありがとうございます。」


 彼女の控えめな態度に、それ以上言葉を継ぐことができず、悠真はぎこちなく頷くだけだった。


 結局、四姉妹全員との交流は不発に終わった。胸に押し寄せる虚しさと自己嫌悪を抱えた悠真は、教室の机に突っ伏し、ただ深いため息をつくしかなかった。


「そもそも、何だよ理事長候補に育て上げるって…。コミュ障の俺には難しすぎだろ。まともに会話することもできないのに。」


 自嘲気味に呟きながら、彼は頭を抱えた。彼がどれだけ悩んでも、四条家の子供たちはその壁の向こうにいるままだ。


 もじもじとした気持ちを抱えたまま、この日も学校の授業は淡々と進み、気づけば放課後になっていた。


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