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四季折々の予感

 

 春の陽光が柔らかなベールのように地上を包み、桜の花びらが風に舞う。それはまるで、この世の全てが新しい物語の始まりを祝福しているかのようだった。その朝、千葉悠真は四季学園の校門の前で足を止めた。


 大きな門柱には「四季学園」と金文字で刻まれた銘板があり、その存在感に圧倒されるような荘厳さを感じさせた。名門と呼ばれるだけあり、敷地の広さやその佇まいは、一見して特別な空間であることを物語っている。


けれど悠真にとって、それは別世界の話だった。彼は深呼吸を一つし、少し擦り減ったスニーカーを踏みしめる。


「やるしかない…」


 そう呟いたのは、意気込みというより、自らを奮い立たせるための一言だった。この学園に入学できたのは、学費免除という条件があったからこそ。


家庭の事情から選んだ道だったが、入学が決まった時、父親が言った一言が未だに頭から離れない。


「お前には特別な役割がある。それを忘れるな。」


 特別な役割?悠真にはその意味がわからなかった。


ただ、名門校への挑戦という期待と不安が入り混じる中で、その言葉の重みだけがずしりと胸に残っていた。


 校門をくぐると、目の前に広がるのは広大で美しいキャンパスだった。


整然とした並木道、きちんと手入れされた芝生、そして遠くに見えるレンガ造りの講堂。新入生たちが、目を輝かせながら集まり、互いに話している声が耳に届く。


しかし、その賑やかな声の中で、悠真の視線は、ある一人の少女に自然と引き寄せられた。


 彼女は、端正な顔立ちに凛とした雰囲気をまとっており、群衆の中で一際目立つ存在感を放っていた。その長い黒髪が春風に揺れる様子が、どこか儚げであり、同時に強さを感じさせた。悠真は思わず足を止め、彼女の姿を見つめていた。


「あ…」


 その瞬間、少女の瞳がふと悠真に向けられた。ほんの一瞬の出来事だったが、その瞳の中には、ただならぬ力が宿っているような気がした。


だが、彼女は何も言わず、悠真の前を通り過ぎ、講堂の方へと歩き去っていった。


 悠真はその場で、我に返って呟いた。


「すごいな…」


 その言葉は、自分でも驚くほど素直な感想だった。しかし、すぐに顔が赤くなり、自分の言葉に少し恥ずかしさを感じた。



 講堂の中は、既に新入生と保護者で埋め尽くされていた。悠真は後ろの席に腰を下ろし、式が始まるのを待つ。壇上では、学園長が開会の挨拶を述べていたが、その言葉すらどこか霞むほど、悠真の視線はただ一点を見つめていた。


 あの少女が、壇上に立つ。


「続きまして、新入生代表挨拶です。四条澪さん、どうぞ。」


 四条澪――それが彼女の名前だった。悠真はその響きを心の中で何度か繰り返していた。少女は静かにマイクの前に立ち、深くお辞儀をする。


「この度、四季学園に入学することができ、大変光栄に思います。四条澪です。」


 その第一声で、講堂内がシンと静まり返った。彼女の声は、穏やかでありながら力強く、まるで聴く者全員に直接語りかけるような響きを持っていた。


「私たち新入生は、それぞれの目標と希望を胸に、この学園の門をくぐりました。しかし、それは同時に、数え切れない試練が待っているということを意味します。

ここで学ぶということは、ただ成績を上げるだけではなく、自らを磨き、他者と協力し、共に未来を築くことを求められる場所だと感じています。」


 悠真は彼女の言葉に釘付けになっていた。ただの形式的なスピーチではない。彼女の言葉には、自信と覚悟が込められている。


「四季学園は長い歴史を持つ素晴らしい場所です。そしてその伝統を未来へと繋ぐのは、私たち一人一人の責任です。私たちはその一員として、共に成長し、挑戦し続けることを誓います。」


 四条澪は一度視線を巡らせ、聴衆全体を見渡した。その瞳は揺るぎなく、彼女自身の決意を物語っていた。


「どうか、私たち新入生を温かく見守り、時には厳しく導いてください。そして、この学園での時間が、私たちの人生にとって忘れられない宝物となるよう努力していきます。本日はありがとうございました。」


 深々と一礼した彼女に、講堂は大きな拍手で包まれた。まるで嵐のような歓声が、彼女のスピーチの力を証明しているかのようだった。悠真も、気づけば手を叩いていた。


「すごい……本当にすごい。」


 ただ「すごい」という単純な言葉しか出てこない自分が少し情けなかった。だが、あの堂々とした姿と力強い言葉に触れたとき、彼女の中にある特別な何かを確信した。


 入学式が終わり、悠真は新しいクラスに向かった。1-Aの教室に入ると、既に数人の生徒たちが席についていた。悠真は窓際の席を選び、静かに周囲を観察する。すると、廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「わぁ、やっぱり彼女たちだ!」


「四季家の四姉妹が全員揃うなんて…」


 廊下から覗き込む生徒たちの視線の先にいたのは、四条春花、四条美波、四条澪、四条雪——四季家の名を背負った姉妹たちだった。


それぞれが際立った美しさと存在感を持ち、悠真の視線さえも釘付けにした。


 しかし、その異様な騒がしさに悠真は苦笑し、ため息をついた。


「こんな状況でまともに授業なんか受けられるのか?」


 その時、不意に校内放送が流れた。


『千葉悠真君、四条春花さん、四条美波さん、四条澪さん、四条雪さん、至急理事長室へお越しください。』


 クラス全体が一斉にざわついた。


「えっ、俺?」


 悠真は戸惑いつつも、四姉妹と共に理事長室へ向かった。そしてそこで告げられる、自分の運命を左右する言葉をまだ知らなかった…。



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