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第九話 フィーネの訪問

 クフ―リが即位して数ヶ月が経ち、王としての責務に追われる日々を送っていた。ランスロットとの一件を経て、より慎重な判断を心がけるようになったものの、家臣たちの信頼は未だ盤石とは言えない。

 そんな折、王宮に一つの報せが届いた。

「陛下、隣国より使者が到着しました」

 報告を受け、クフ―リは軽く眉を上げた。使者の名はフィーネ――東海国の外交を担う者たちの間では、しばしばその名を耳にしていたが、実際に顔を合わせるのは初めてだった。

 謁見の間に通されたフィーネは、かつて戴冠式でクフ―リの失態を目にし、その時から彼を「面白い男」として興味を抱いていた。彼女は長身で、しなやかな体つきをしており、その動きには無駄がない。漆黒の髪は肩口まで伸び、陽の光を受けるとわずかに青みがかって見える。端正な顔立ちに鋭い金色の瞳が映え、冷静な表情の奥には計算された知性が垣間見える。黒を基調とした装束は狼邪国の使者としての威厳を感じさせ、身につけた銀の装飾が気品を添えていた。

(はじめましてクフ―リ王……ま、私の方は初めてじゃないけどね…)

(まさかこれから王になろうという者があんな醜態を晒すとは思わなかった。普通なら威厳を示す場で転倒するなど、王としての器が疑われるところだ。しかし、彼はすぐに立ち上がり、あたかも何事もなかったかのように振る舞った。あの状況で堂々としていられる者は、なかなかいない)

 漆黒の外套を纏い、洗練された動作で一礼した。彼女の持つ威厳と落ち着きは、ただの使者ではないことを物語っていた。

「東海国国王クフ―リ陛下、はじめまして。私はフィーネ。西方の大国、狼邪国の王女にして、貴国との交渉を任され参りました」

 狼邪国――大陸西方に広がる大国であり、軍事力も経済力も東海国をはるかに凌ぐ。彼らが使者をよこしたということは、何かしらの重要な案件があるに違いない。

「遠路はるばるご足労いただき、感謝します。さて、狼邪国は我が国に何を求めておられるのか」

 クフ―リが穏やかに尋ねると、フィーネは微笑を湛えながら言葉を紡いだ。

「まずは貴国との友好関係を深めること…そう申し上げておきましょう」

 一見すると単なる外交辞令。しかし、その眼差しには探るような色が宿っていた。クフ―リは彼女の言葉の裏にあるものを感じ取りながら、慎重に返答した。

「それは光栄です。だが、わざわざ使者を遣わすほどの要件が、ただの友好関係の確認だけとは思えませんが?」

 フィーネの唇が微かに弧を描いた。

「さすがですね、陛下。確かに本題は別にございます」

 彼女はゆっくりと懐から書簡を取り出し、宰相ウォーレンへと差し出した。ウォーレンが封を解き、中を確認する間、謁見の間に緊張が走る。

「これは……!」

 ウォーレンの目が険しくなる。クフ―リは彼から書簡を受け取り、一読すると静かに息をついた。

「狼邪国は我が国に対し、貿易の独占権を求めている…ということでよろしいですか?」

 フィーネは静かに頷いた。

「はい。我が国としても、東海国との交易を円滑に進めたいと考えております。しかし、そのためには他国との取引を制限し、狼邪国を最優先とする条約を結んでいただきたいのです」

 東海国の立場を考えれば、この要求を軽々しく飲むわけにはいかない。交易は国の命脈であり、一国の独占を許せば経済の自由が奪われる。しかし、強大な国の圧力を無視することもまた、危険を伴う。

「興味深い申し出ですが、貴国がそこまでの条件を求める理由をお聞きしても?」

「理由は単純です。我が国の商人たちは貴国の資源と市場に強い関心を持っております。そして、他国がこれを先に握ることを防ぐためです」

 フィーネは表情を変えぬまま淡々と語る。しかし、その言葉の端々には、東海国がこの条件を拒んだ場合、どうなるかを示唆する圧力が込められていた。

 クフ―リは目を閉じ、深く思案する。

「この申し出に対し、すぐにお答えすることはできません。慎重に検討させていただきます」

 フィーネはそれを予期していたのか、軽く頷き、内心でほくそ笑んだ。

(やはり、即答はしないか。だが、その慎重さこそが彼の本質…これは、ますます面白くなりそうね)

「もちろん、陛下の慎重さは存じ上げております。ご判断をお待ちしましょう」

 そう言い残し、フィーネは静かに謁見の間を後にした。

 彼女が去った後、ウォーレンが苦々しい表情で呟く。

「陛下、狼邪国の意図は明白です。この条件を飲まなければ、何らかの圧力が加えられる可能性が高いでしょう」

「ええ、分かっています」

 クフ―リは静かに拳を握った。

 ランスロットとの一件で、自らの未熟さを痛感したばかりの彼に、また新たな試練が訪れたのだった。


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