第八話 ランスロット
クフ―リが即位して数ヶ月が経った。しかし、彼に対する家臣たちの信頼は未だに薄く、彼の決定には常に疑念の目が向けられていた。彼の誠実さや慎重さはまだ家臣たちに浸透しておらず、多くの者が「頼りない王」と見ていた。
国政の舵取りに奮闘する彼のもとに、ある日、第二王子ランスロットがふらりと現れた。
王宮の大広間。陽の光が美しいステンドグラスを透かし、床に幻想的な模様を映し出している。その場に響くのは、クフ―リが家臣たちと交わす静かな会話と、書簡をめくる音だけだった。
そこへ、軽やかな足取りが響いた。
「おや、ランスロット兄上。今日は何の御用でしょう?」
クフ―リが微笑みながら問いかけると、ランスロットは薄く笑い、王座の間をゆっくりと歩いた。その動きにはまるで獲物を品定めするような余裕があった。
「いや、少しばかり陛下の才覚を拝見したくてな。聞けば、陛下はなかなかの善政を敷いているとか」
「いやいや、まだまだ勉強中ですよ」
クフ―リが謙遜すると、ランスロットは目を細め、懐から一枚の紙を取り出し、卓上に置いた。
「では、これはどうだ? ある商人が東海国で事業を拡大しようとしている。しかし、その商人の過去には詐欺の噂がある。王として、この件にどう対処する?」
クフ―リは眉をひそめ、慎重に紙を手に取った。家臣たちも静まり返り、彼の判断を待つ。しかし、その眼差しには期待というよりも、「どうせまた甘い判断をするのではないか」という疑念が見え隠れしていた。
「証拠がない限り、過去の噂だけで門戸を閉ざすのは良くない。だが、慎重に監視しつつ、徐々に信頼を築くべきだろう」
一拍の沈黙の後、ランスロットはニヤリと笑い、紙の裏面をひらりとめくった。そこには、その商人が既に別の国で詐欺を働いた明確な証拠が記されていた。
「なるほど。つまり陛下は、こういう詐欺師にも手を貸すと?」
「ぐっ……!」
クフ―リの顔が一瞬にして紅潮した。周囲から小さな笑い声が漏れる。家臣たちの中には苦笑する者もいれば、あきれたようにため息をつく者もいた。
「王の器というものは、慎重さだけでは足りぬ。見抜く目がなければ、こうしてすぐに恥をかくことになる」
ランスロットは腕を組み、勝ち誇ったように微笑んだ。
クフ―リは悔しさを噛み締めながらも、深呼吸し、真剣な眼差しで答えた。
「確かに、私にはまだ見抜く力が足りない。それを学ばねばならないな」
家臣たちの間から、失望の色がさらに濃くなる。
すると、一人の家臣が静かに口を開いた。
「……ですが、陛下の慎重さゆえに、多くの者が救われることもあります」
「む?」ランスロットが顔をしかめる。
別の家臣も続けた。「陛下は決して冷酷に決断を下される方ではありません。性急な判断が国を危うくすることもありますし」
「私もそう思います」と、さらに別の家臣。「誠実さと慎重さが、陛下の最も優れた資質です。しかし、それがまだ多くの者に伝わっていないのも事実……」
クフ―リは驚きながらも、思わず笑みをこぼした。
「ありがとう。だが、兄上の指摘も重要だ。私は今後、もっと学ばなければならない」
その時、ウォーレン宰相が一歩前に出て、静かに、しかし力強く言葉を発した。
「陛下の判断が完璧でないことは、我々も承知しております。しかし、それこそが陛下の強みなのです。迷い、学び、より良き決断を下そうとする。その姿勢こそが、国を正しく導く王の資質であると私は信じております」
家臣たちはその言葉に深く頷いた。しかし、彼らの表情にはまだ完全な信頼とはいえない、複雑な感情が残っていた。
ランスロットは一瞬、意外そうな顔をしたが、すぐに肩をすくめた。
「まあ、せいぜい精進することだな」
そう言い残し、彼は踵を返して王座の間を後にした。
その後、クフ―リはランスロットにやり込められたことを反省し、より慎重に判断を下すようになった。しかし、同時に彼の誠実さと人柄の良さは、家臣たちの心を少しずつ掴むことになった。彼らの間には、完全な信頼ではなくとも、「この王は少なくとも誠実である」という認識が芽生え始めたのだった。
一方のランスロットは、王宮を後にしながら独りごちた。
「……あの男、思ったよりもしぶといな」
それは、苦笑とも感心ともつかぬ、複雑な表情だった。