第五話 宰相の憂鬱
「やれやれ…今度の我らが王はなんとも頼り無さそうだ。その分私が苦労をするという事か…」
クフ―リ王の初政務を終えたその日の夜中――東海国宰相ウォーレン・フォードは城の自室でワイングラスを片手に立派な造りの椅子に腰掛け、独り思案に耽っていた。
今年でちょうど五十歳になる彼は容貌こそ貧弱なれ、その智謀はここアルメタリア大陸の諸王国を見渡しても並ぶ者無き程の卓越したものであるという評判であった。
彼は成人した十五歳で国の文官として城に務めだしたが、その英才ぶりに周りはひどく驚かされたという。
初めから当然とばかりに頭角を現した彼は、その三年後の若干十八歳で内政担当の大臣に選出され、それからは毎年何かしらの大臣の職を歴任する事となる。
そして若干二十八歳の時に東海国宰相の座に就く。これは東海国建国以来最年少記録だった。もちろん東海国は建国してからまだ七十五年しか経っていない歴史の浅い国なので、この最年少記録自体にそれほどの重みはない。
しかし二十八歳という年齢で一国の最重要職に就き、それから二十二年間もその宰相の座に君臨し続けたツワモノはアルメタリア大陸広しといえど彼を於いて他にいないだろう。
当代きっての名宰相――それが彼ウォーレン・フォードという風采の上がらない中年男に与えられた称号なのであった。
ウォーレンの頭の中にあるものは、これからの東海国をどのようにしてきりもみしていくかに尽きる。今度の当主はどうもうだつの上がらないボンクラのようだ。かのボンクラを如何にして名将へと変貌させられるかは己の腕次第だ。つまりこの国の双肩が掛かっているのはそのボンクラ王ではなく自分だという事。自分の浮沈如何によってこの国の浮き沈みが決定されるという事である。責任は重大だ。
彼がこれまで仕えてきた前王ハバルはその気性の激しさゆえ世の人々から無頼王などと呼ばれていたが、彼にとっては決断力のある有能な王であった。
彼ウォーレンが献策した案を正確に理解して的確な判断をし、断固たる決断の下即時実行出来る、非常に優れた王だった。
彼としてはハバル王には自身の見解を示しアイデアを示すだけで後は王自らが陣頭に立って指揮してくれていたのである。参謀としてこんなに遣り甲斐のある主君はいない。
しかしその主君ハバル王も彼が宰相になったこの二十二年間で随分歳を取り老いさらばえてしまった。
そして此度の退位に到る。
それで新たに彼の主君となったハバルの息子は有能で評判だった二人の兄のどちらでもなく『平凡王子』と噂されていた末っ子の三男クフ―リだった。その歳若干二十歳。若すぎる上に無能の烙印を押されている。
実際に指導してみてのクフ―リの印象はまだ初日だけではあるが、案の定お世辞にも物覚えが良い方だとは言い難かった。
現時点でのクフ―リ王に父ハバルのような判断力や決断力を期待するのは酷だろう。
これが此度のハバル前王の退位、そしてクフ―リ新国王の即位によっていきなり降って湧いた、現在のウォーレンの頭痛の種なのである。
「さて…あのお坊ちゃま王さまを一体どうしたものか…」
(まぁ、知らないもの分からないものはこれから覚えて理解していけばいい。要はどう育てていくかだ…)
ウォーレンはグラスをクイッとあおると中に入っていた葡萄酒を飲み干した。
そして矢継ぎ早に再びグビグビと葡萄酒をグラスに注ぐ。
朝を迎えるにはまだ時間はたっぷりある。今宵は眠れそうにない…。
これから朝日が昇るまで、どのくらいの量の葡萄酒を飲み干し、どれほどの思案を繰り返すのか――
ウォーレンの憂鬱は簡単には晴れそうにはなかった。