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第二話 隣国のおてんば王女

「見た?傑作よね。あんな一番重要な場面で転ぶなんて。この国の今度の王様はなんて間抜けなのかしら」

 街中を堂々と闊歩している貴族らしき一団の中にいる少女が笑い転げていた。セミロングのウェーブの掛かった黒髪が印象的な少女だ。顔も小ぶりで目鼻立ちが整っており、スタイルも良く、美少女といって差支えが無い。

「これこれ口が過ぎますよ。誰かに聴かれては事ですよ。お止めなさい、フィーネ」

少女フィーネの傍らにいる婦人がそう言って窘める。顔がフィーネと良く似ている。どうやら親子のようだ。

「だってお母さま。あんな注目されている中で、あんな派手にスっ転ぶんですもの。笑わないでおれないわ。でも、あんなおっちょこちょいが国王になるってんだから、この国もこの先知れたもんじゃないわね~」

 目をくりくりと動かして意気揚々と笑う娘に母親である婦人はため息をついた。

「あなたって娘はもう…なんでこう口が悪いのかしら。一体誰に似たことやら…」

「言っておくが儂ではないぞ」

 と婦人の隣を歩くヒゲ面の中年男性がそう口を挟んだ。婦人の夫でフィーネの父らしい。彼らは東海国の隣国狼邪国の国王一団らしかった。

狼邪国国王ギムレットと王妃サラ、その娘フィーネ王女一行は先の戴冠式に出席した後、城下町の散策に来ている最中だった。

 その道中で思春期真っ只中の少女であるフィーネの話題を独占していたのは、数時間前の戴冠式での新国王クフ―リがやらかした失態の事だった。

 あんな人生において一度あるかないかの場面で誰もしそうにない失敗をやらかした、若干二十歳の若き新国王。若さゆえとはいえ、焦った顔で父親である前国王の顔色を伺う様は実に滑稽だった。アレが笑わないでおれる程フィーネは真面目な娘ではなかった。もちろんその場面では遠慮なく声を上げて笑わせてもらった。自分達同様招待されている他の国々の者たちも同じように笑っていたが、フィーネは自分が一番声を上げて笑っていたと実感していた。そのくらい自分にとってアレは面白い出来事だった。

 しかしフィーネの此度における本当の興味を誘ったのは彼のその後の行動の様子だった。

 転んだ後起き上がり様に明らかに父親であるハバル王の顔色を伺い、情けない事に顔が一瞬にして血の気を失って青ざめる。そこまでは分かる。常人の反応だ。しかしそこから如何にもぱっと平静を装って何食わぬ顔で戴冠の儀をこなし、「我がここに東海国の新国王となる」と威風堂々たる様子で声高らかに宣言してみせた。そこに転んだ事への羞恥心は微塵もないように見えた。いや、自分が見落としていただけで本当は内心穏やかならざる心境であったのかも知れない。ただ、自分の見た限りでは明らかに転んだ失敗の事をさほどにも引きずっていないように見えたのだ。転んで宣言するまで数分も経っていなかったのにである。

 面白い男だ。直感的にフィーネはそう感じたのである。

 自分と近い年齢の男性に、この様な感情を抱いたのは初めての事だった。フィーネとて十七歳の年頃の少女。魅力ある異性に気が向かない訳ではない。

 ただ今まで彼女が出会ってきた王侯貴族の、自分の事にしか興味のない薄っぺらなドラ息子連中には、彼女はほとほと愛想が尽きてきていた。

 自身には何の実力もないくせに、やれ列強何々国の王太子であるとか、名門何々公爵家の御曹司であるとか、己の生まれの幸運のみにしか自身の価値観を持てていない甘ったれた勘違い連中は、最早彼女の眼中には入らなくなっていたのだった。

 だから今回御呼ばれした隣国東海国新国王の戴冠に於いて、新国王に若干二十歳の若者が選ばれたと聞いていても何の期待もしていなかった。

 戴冠する新国王が親の七光りであるその国の王子だったからだ。

 どうせ今まで出会ってきた、特権階級の自尊心で膨れ上がった小物と大差ないヤツが新国王になるだけだろう。そんなヤツが国王となった暁には、この小さな隣国ももう長くは持たず、直に周囲の列強国に攻め滅ばされてしまうに違いない、とそう思ったのだ。

 それがいざフタを開けてみるとその男、如何せんなかなかに興味を注がれたではないか。

 その人物東海国新国王クフ―リは先のように、周囲に居並ぶ特権階級の人々相手に意外な印象を与えた。

 容姿が特別優れている訳でもない、体躯が優れている訳でもない、利発そうに見える訳でもない。

 ただ公衆の面前で醜態を晒したのにも関わらず、直ぐ様取って返して威風堂々たる居住まいを見せた。

 つまり自ら招いた失敗を自らの咄嗟の判断で払拭したという事になる。

 まだ十分な社会経験を積めていない段階の若者にとって、これはなかなか出来ることじゃない。

 何か不思議な感じがする男だ。

 戴冠式に列席していた決して少なくない人々にそう思わせた。

 そしてフィーネ自身もやはり、そこに興味が魅かれた。

 一世一代の晴れ舞台でスッ転ぶような、あんなおっちょこちょいが垣間見せた咄嗟の判断力。       

 まだ初見であるからして、もしかすると本人にとっても単なるマグレだったのかも知れないが、観た人の琴線に触れる何かしらの面白みがあった場面だったといえる。

(東海国の新国王クフ―リか…。ちょっと面白いかも…)

 フィーネはこの隣国の若き新国王に興味を抱いた。しかしそれはまだ、「ちょっと気にかけておこうかな」という程度のものだった。

 しかしこの先彼女はこの男の人生に大きく関わっていく事となる。運命は巡る。何人たりとも抗えない何か大きな力によって突き動かされているかのように…。


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