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第一話 新国王の戴冠

 アルメタリア大陸の東の小国東海国ではつい先ごろ、国王が高齢の為王の座を退位し、新たな王が即位される事となった。新国王に選ばれたのは前国王ハバルの息子であるクフーリという若干二十歳の王子だった。

 しかし、このクフ―リ、世間での評判はあまり芳しくなかった。噂では、彼は統率力がある訳ではないし、頭のデキも十人並み。その容貌も至って平凡で、体格も中肉中背のありふれたもの。そのうえ性格の方も些細な事で思い煩ったり、他人に強く意見が言えないなどの小物っぷり。つまり、国王に求められる資質において重要な部分が軒並み平均値以下であり、国民からしたら全く期待出来ない人物であるらしい。

「あ~あ、平凡王子のクフ―リ様が新しい国王になるなんて、この国はこの先どうなっていくんだ~」

「こんなんじゃあ、東海の無頼王ハバルの方がまだ期待出来たのに」

「そうそう、ハバルは無頼か勇猛か、無能か有能か。って話が出来てただけでマシだったよな」

「それが噂の平凡王子が王になるなんて、この国にこれ以上の発展を望む未来なんて、もう考えられないよ」

 この様なことを口々にしては、街中の人々はこの東海国の行く末を案じていた。

 東海国の第三王子クフ―リは平凡な王子である。

 この事は東海国に住む者なら誰でも知っている事である。

 しかし、クフ―リ王子は第三王子であるからして、その王位継承権は第三位のはず。

 彼の上には第一王子のゼルスと第二王子のランスロットがいる。

 本来ならこの二人の方がクフ―リより先に王位に着くはずなのである。

 しかしハバル王が自身の後継者に選んだのは三番目の王子クフ―リだった。

 なぜなのか?

 城下町の人々の間でも、その物議がひっきりなしに飛び交っていた。

「一番いいのは長男のゼルス王子が王になったらよかったんだけどな。ゼルス王子は腕っぷしも強くて兵法にも明るい。いざ他国から攻められても、さんさんばらにやっつけて追い返してくれる事だろう。ただ気性が荒くて無類の酒好きときた。おまけに三度の飯より喧嘩好きだ。その好戦的な性格が国に災いすると考えたんだろうな」

「次男のランスロット王子は知的で気品高く、その上絶世の美男子だから女性陣の受けはめっぽう良い。ただあまりに超然とした居住まいで浮世の人物とは思えない所がある。はっきり言って何を考えているのか分らない。単独行動を好む人ゆえに配下を統制していくのには不向きだろうと判断したんだろうな」

「じゃあ、その選ばれた三男のクフ―リ王子は?」

 皆ここで「う~ん」と首を捻る。

 そうして「クフ―リ王子…ねぇ…」と言葉を濁す。

 そう、皆クフ―リに関しては「これだ」というものがすぐには出てこない。

 ゼルスの腕っぷしの強さやランスロットの超然とした佇まいのような「特徴」がクフ―リにはないのだ。

 普通の人、人並み、十人並み、平凡、特徴が無いのが特徴などなど。

 何をやっても抜きに出るところがない。

 つまり凡庸の人物にしかみえないのである。

 そんな凡庸の若者が自分達の王になる。

 若さだけでも不安材料として十分であるのに、その能力自体にさほどの期待が持てない。この先この国は一体どうなっていくのか…。

 城下の人々の不安は募るばかりである。

 それからひと月余りが過ぎ、いよいよ東海国新国王クフ―リの戴冠式が行われる事となった。

 王の間に居並ぶ国の要職を担う者たちに、周辺諸国から招待した王侯貴族の面々を前に、クフ―リはやや緊張した面持ちで式典に臨んでいた。

 その額には汗がにじみ、手のひらも汗ばんでいる。

 傍から見ても普通に緊張しているということが、その普通の容姿を普通に強張らせていることからも窺い知れる。

 さて、その心中はいかなるものか?

 この日を境に自分は王となる。

 本当に自分で良かったのか?

 クフ―リの脳裏に一抹の不安が浮かんでくる。

 自分の王位継承権は第三位。本来なら兄二人の内のどちらかが王位を継ぐべきだ。

 だが、王である父ハバルが自身の後継者として選んだのは三男である自分だった。

 二人の兄の実力は良く知っているし、周りにも良く知れ渡っている。自分自身にさしたる自信もなければ、自分が兄達に勝っているところなど何一つとしてない。誰がどう見ても自分が選ばれるのはおかしい。

 クフ―リは頭の中でクエスチョンマークを幾つも浮かべながらも、前日までに入念にリハーサルしてきた戴冠式をやり抜く為、彼は彼なりに頑張っている最中だった。

 しかしその頑張りが力みを生んだのか、クフ―リは式の最も盛り上がる場面である『戴冠の儀』の場面で思わぬ失敗をしてしまう。

 国王からいざ王冠を戴冠されようと王ににじみ寄るところで、履き慣れない式典用の靴がたたってつまずいてしまい、ドテッと無様に転んでしまったのだ。

 これには式典に参加していた東海国の要人達全てが思わずギョギョッと驚いた。

 と同時に―

 あはははっ!

 と列席していた他国の王侯貴族の来賓客たちから思わず失笑が漏れた。

  恥ずかしさの余りに顔面を真っ赤に染め上げたクフ―リはそそくさと立ち上がり、洋服を取ってつけたようにぎこちなく手のひらでパンパンとはたくと、前方に控える父ハバルの顔を上目使いでそろりと覗いた。

 その様子はというと、顔は真っ赤に染まり、こめかみに青筋をくっきりと浮かばせ、ぴくぴくと頬の筋肉を痙攣させながら、今にも頭のてっぺんから湯気が噴き出しそうな勢いだった。

 クフ―リは思わずゾクっと背筋が凍り付いた。気性の荒いハバルが怒ると、どれほど怖いものであるかを息子であるクフ―リは良く知っていた。

 存外の恥をかいた事も居たたまれなくてこの場から早く退散したいと思ったこの一件だが、父ハバルの怒りが頂点に達して大爆発してしまうのはそれ以上に恐ろしい事だと、クフ―リは焦った。

 仕切り直しとばかりに背筋をピンと伸ばしたクフ―リは、何事も無かったかのように平静を装い、何食わぬ顔で父王ハバルに近寄り、スッと片膝を床に付けて頭を垂れた。

 その堂々とした振る舞いは先ほどの失敗を全く引きずっていないようにも見えた。

 一方ハバル王の方はまだ眉間にシワを寄せていたが、フーと一息付いてから手に持つ王冠をクフ―リの頭に載せる。

 おぉぉっ!

 と笑ったばかりの王侯諸国の人々から今度は感嘆の声が漏れる。

 今ここに東海国の新国王クフ―リ王が誕生した。

 クフ―リ新国王はハバル前国王にクルリと背を向け、列席の賓客たちに向き直って高らかに宣言する。

「我クフ―リ・ド・ネールソンは今ここに王座を受け、東海国第三代国王となる!」

 クフ―リの力強い声に王の間の意気がにわかに上がった。

「クフ―リ新国王万歳!」

「クフ―リ新国王万歳!」

 と東海国の兵士たちが大合唱した。

 次いで東海国の臣下や王侯諸侯の人々から割れんばかりの拍手が起こる。

(俺は今日から国王だ。わが身一つでこの国を率いて、この乱世の中で生き抜いていかなければならない。やってやる。やってやるぞ。この東海国の歴史に俺の名を深く刻むんだ)

 そんな若々しい決意がクフ―リの胸に沸き起こった。

 後に『東海国の凡庸王』と呼ばれる事となるクフ―リ王の治世が始まった瞬間であった。

 



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