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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
9/41

黒と赤の眷属4

 ……うにゃ?

 あれ? ここ、どこ!?

 目が覚めた瞬間、見慣れない風景にびっくりして跳ね起きた。

「竜皇?」

 呼んでも返事はないし、見まわしても姿も見えない。

 あ、この部屋に入れるわけないか。

 でもなんで、気配って言うか、存在まで感じないの?

 とにかく、ベッドから下りてみる。

 私が寝てたのは、部屋の真ん中にどどんと置かれた天蓋付きのベッド。

 落ち着いた、赤みのある茶色の木の柱に、白の透けるような薄いレースのカーテンを何枚も重ねてある。シーツや枕も、白い布に光沢のある白の刺繍、たっぷりのフリルにレース。

 ベッドの柱と同じ木の鏡台、それにイス。

 鏡に映る私の姿をみると、シーツと似たような感じの寝巻きを着ている。

 こんなの、持ってた?

 大きな窓には、これもフリルとレースたっぷりのカーテン。

 つる草のような模様のわくが付いた大きなガラス戸の外には、白い石のテラス。

 まだ時間が早いのか、明るいけど陽は上っていない。

 こんなお部屋、お城にあったかな?

 テラスに出てみるとその下には、芝生の中、石畳に囲まれた白い石と竜の石像の噴水。

 こんなの、みたことないよ……?

 テラスで呆然としてると、石畳を紺色の服に白いエプロンをつけた女の人が通った。

 人が、いる?

 その人が、私に気が付いた。

「ひ、姫様! そのようなお姿で表に出られてはいけませんっ!」

 『姫』って、私?

「今すぐ、お支度の手伝いの者を行かせますので、すぐにお部屋にお入りくださいませっ!」

 どうして? 部屋のテラスなのに?

 とりあえず、その人がすごく困ってるみたいだったから、大人しく部屋の中に入ることにした。

 『姫』?

 なんか、聞き覚えが、あるような……。

 ……あ。

 ここでやっと思い出した。

 私、ソイエさんのお屋敷に来てたんだ。




「おはようございます。よくお休みになれまして?」

 仕度を手伝ってくれたメイドさんに案内されていくと、ソイエさんが待っていた。

 夕ご飯を食べた食堂と、朝ご飯を食べる部屋は違うらしい。

 朝日が注いで明るい部屋に、小さめのテーブル。壁際の長イスに腰掛けて本を開いていたソイエさんが立ち上がると、すっと、テーブルを指した。

「お好きなお席へどうぞ」

「え?」

 テーブルには、向かい合うように二つの席。

 それぞれに、別な食器が用意されている。

 とりあえず、今いる戸口から近い席に近づいた。

「何故、そちらに?」

 え? 

「えっと、近かったから」

「席順、というものがあるのはご存知ですね?」

 ええと、確かに、儀式なんかでも人によって立つ場所が違うけど。

「姫のお席は、私よりも上、つまり奥の方です」

「でも、この家の主人って、ソイエさんですよね?」

「ええ。ですが、姫は大切なお客様ですし、そもそも私よりも格上の方です」

 言われて、奥の席に座る。

「食器が違うのは?」

「これも、身分が違う方と同じものを使うわけには参りませんので。身分の差に応じて、格の違うものを用意するのが普通です」

 いろいろ細かいんだぁ。

「この先、各地の神殿などで接待を受ける事があるかと思いますが、その時に、用意された席、用意された道具類で、相手の態度がわかります。格下の席、道具でもてなされた場合は、お怒りになるべきです」

「そんなに、重要なことなの?」

「とても重要です」

 そうなのかなぁ。

 

 食後のお茶を飲みながら。

「お昼くらいになったら、お出かけしましょう。それまで、少し屋敷の中をご案内いたします」

「はい」

 わーい。さっき部屋からここに来るまでも、いろいろあったから面白そう。

 でも、さっき聞いたことを確認しておないと、えっと。

 あ。

「どうかなさいまして?」

「えっと、何か、書くもの、ないかなって」

 竜皇のお城にいたときも、聞いたことをちまちま書きとめてた帳面があったんだけど。

「姫様にお届け物です」

 その声に振り返るとウォレフさんで、その手には、私が竜皇のお城で使ってた帳面と、神殿長様にもらったペンとがあった。

「あ、ウォレフさん」

「皇より、こちらを届けるよう、申し遣っております」

 竜皇が渡してくれたんだ。

「ありがとうございます」

「いえ、他に、何かお忘れのものなどはございませんか?」

 んーと。

「多分大丈夫です」

「左様ですか」  

「あら、帰ってきたの」

「姫様の護衛を改めて命じられている。暫くお前の方には付けないぞ」

「まぁ、仕方がないわね。屋敷の中は大丈夫だと思うけど」

 帳面に、席の順位や、話の中で聞いたことを書き留めてる間も、相変わらず口を挟む隙のない二人の会話が続いていて。

 いいなぁ、楽しそうで。

「ああ!」 

 そう思いながら、書いていたら、インクがはねた。

 し、シミがっ!!

「あら、大丈夫ですか? お召し物に付きませんでした?」

 服は大丈夫だけど、テーブルクロスにっ!

「お気になさらず、すぐに換えさせますから」

「ご、ごめんなさい。このペン、ちょっとインクがはねるときがあるから」

「少々、拝見できますか?」

 言われるまま、ソイエさんに渡す。

「野菊、ですか」

 軸に描いてある花を見て呟いて。

「いい品ですわね」

 そして、ペン先を見て。

「ああ、これではいけませんわね。先が痛んでおりますわ」

「ええ!?」

 まさか、もう、使えない?

「先だけを替えればよいことですよ。書斎に合う物が有ると思いますけれど」

 良かった。先を研ぎながら使ってたけど、やっぱり替えなきゃいけないんだ。

「もって来させましょうか? それとも、屋敷をご案内するついでに書斎へ行かれますか?」

 書斎、って、本がいっぱいあるんだよね?

「えっと、じゃあ、書斎に行ってみたいです」

「かしこまりました。では、ご案内いたしますわ」




「う、わぁ……」

「お気に召しまして?」

「はいっ!」

 竜皇お城の書斎はもっとすごいけど、ここもすごい。

 三階くらいまで吹き抜けになった部屋の中に、ところどころに明かり取りの窓、その他は全部、床から天井まで本棚。

 有る程度の高さで区切って、棚に沿って通路が作ってある。

「本は、お好きですか?」

「むずかしいのは読めませんけど」

 読み書きは教わったけど、ちゃんと覚えるのには、書いてあるものを読んで、つづりを書き写すといいって言われたから。

「どの本でもお好きにどうぞ。お好みなのは、どんなものでしょう?」

「えっと、物語。動物や眷族と人間が仲良しになるお話しが好きです」

「仲良し、ですか。恋物語ではなくて?」

 ソイエさんは、書類が積み上げてある机に向かって、引き出しから、私のペンに合うペン先を探してくれる。

「机の上、いろいろ置いてありますけど、これってこのままでいいんですか?」

「……良くはないのでしょうけれど、問題はありませんわ」

「でも、お仕事とかだったら、大事でしょう?」

 公爵様って、お仕事なんだろう?

「珍しいな、これだけ積んであるとは」

 書類の束を手にとって、ぽつりと呟くウォレフさん。

「重要なのはもう見たわ。よく見なさい。その辺に積んでるのは、風で吹き飛んでもどうって事ないものばっかりよ」

「夜会と、晩餐会と、音楽会と、昼食会と……随分と人気があるな」

「珍しいことに私が休暇なんか出したから、なんか勘違いしてるんじゃないの?」

「返事は?」

「剃刀でも送ってやりたいところだけど、大人気ないから代筆させたわよ」

 なんだか、二人の会話がトゲトゲしいのは気のせいかなぁ。

「ん、これが合うわね。姫、これでよろしいですか?」

 ソイエさんが出してくれたペンで、ちょっと書き味を試してみる。あ、すごく書きやすい。

「でも、ソイエさん。お茶会とか夜会とかって『女の子の楽しみ』って言ってませんでした?」

 そぼくな疑問を口に出すと、ソイエさんは小さく溜息をついた。

「そうなんですけれどね、条件がありますのよ」

「条件?」

「自分が好きな人と一緒で、なおかつ、嫌いな人間がいないことです」

 はぁ。

「仲の良い人と、嫌いな人と、一緒に食事をして美味しいのはどちらです?」

 それはもちろん。

「仲良しな人」

「そうですわね。逆に、どんなに美味しい料理でも、嫌いな人間の顔を見ながら食べると不味くなる物です。それでは、折角のお料理に失礼ですものね」

「……目録が入り込んでるぞ」

 黙って書類をめくっていたウォレフさんが封筒を差し出すと、ソイエさんはその封のしるしを見ただけで、ものすごく、嫌そうな顔をした。

「もう一通」

 もう一つ同じように封筒を差し出されると、ソイエさんは片手で頭を抑えて、もう片方の手を何かを追い払うように動かした。

「捨てて」

「故意に無視しただろう。目録を無視しても、届くものは勝手に送りつけられてくるぞ」

「うー」

 ……話が、読めない。

 そこに、書斎の扉を叩く音がした。用件が想像できるのか、ソイエさんはうんざりした顔で答える。

「届け物だったら、即刻追い返しなさい」

「ですが、公爵家からのお届け物では、そのままお返しするわけには……。それと、他の方々からも様々なお品が……」

「わかったわよ、送り返す書状自分で書くわよ! ああ、もう、うっとおしい!!」

 机に手を叩きつけて、立ち上がるソイエさんの勢いにちょっと驚く。

 ど、どうしたの?

 そのままの勢いで扉に向かう姿を、ぼーぜんと見送りそうになっていたら、扉を開ける直前で振り向かれた。

「ああ、丁度いいか。姫」

「は、はい?」

「一緒にいらしてください。もしかしたら、こういった人間の醜さなどは、ご覧に入れないほうがいいのかもしれませんが、神殿をめぐるうちに無縁ではいられなくなるでしょうから」



 

「……ちょっと、何よコレ」

 扉を開けた瞬間に、ソイエさんは溜息をついた。

「いつもの倍以上は来ているな」

 大きな部屋の中。ところどころに、箱やいろいろなものの山。

 リボンが付いてたり、きれいに包んであったりしてるところを見ると、プレゼントなのかな?

「ソイエさん、お誕生日?」

「いいえ」

「じゃぁ、何か他にお祝い?」

「だったら良いのですけれどね」

 意を決したように、一つの山に近づいていく。

「よく言えば、贈り物。その内情は、貢物、袖の下、買収行為、まぁ、いろいろですわね」

「みつぎもの? そでのした?」

 なにそれ?

「ソイエ。あまり妙なことを教えるな」

「妙? 重要でしょ? 姫を見た連中はきっと、物で釣れると勝手に思っていろいろ贈り付けてくるわよ。神殿の地位を買収するのに比べたら、この程度、まだ可愛いものだわ」

「釣るって……」

 私、お魚?

「贈り物というのは、どういうときに贈りますか?」

 贈り物の山の前で控えていたメイドさんが差し出してきた封筒を開くソイエさんに、そう聞かれて。

 メイドさんが箱を開けていくのを確認しながら、何か気にいるものがありますか?と声をかけられたので、一緒にのぞき込みながら答える。

「お祝いとかのとき。誕生日とか、お祭りとか」

「そうですわね。では、そうではないときに、何かを贈る、というのはどういう意味があると思われますか?」

「んーと、何かのお礼とか、ごほうびとか。あ、あと約束した証拠とか?」

 あんまり物もらったことがないからなぁ。

 神殿長様にもらったペンは、文字が全部書けるようになったときに、ごほうびってもらったもの。

 竜皇にもらったペンダントは、巫女姫になる約束、迎えに来てくれるって約束のもの。

 あともらったのって、果物とか野菜とかがいっぱい採れたからおすそ分けとか、珍しくお菓子があるから食べなさいとかだし。

「なかなかいいところを突いてますわね。それは、普通『何かをした』という行為が先にあって、そのあとで物を贈りますわね?」

「うん。だって、それがなかったら、物をあげる意味がないでしょ?」

 箱の中には、きれいな布や宝石、かわいい小物なんかが入ってる。

 いちいち、趣味が悪いとか、安っぽいとか、そんな呟きをこぼしながらソイエさんは続けた。

「では、『これをあげるから、あれをやって』と言われたらどうなさいますか? 例えば」

 ちょうど、私が手に持ってたぬいぐるみを指して。

「『そのぬいぐるみをあげるから、あのペンをちょうだい』といわれたらどうなさいます?」

「そんなの無理! すごく大事なんだもん! ぬいぐるみなんて、別にいらないし」

 ちょっと抱き心地が良くて抱っこしてたけど、比べたら、そんなのどっちが重要かははっきりしてる。

「では、何と交換、というのではなく、ただ、そのぬいぐるみだけが贈られてきたとしますね。受け取りますか?」

「うん、多分」

 だって、かわいいし。このくまさん。

「後日、『そのぬいぐるみをあげたんだから、代わりに何かをください』と言われたら?」

「えー? そんなの聞いてないし。だったら、くま返す」

「受け取ったのが布地で、既に服に仕立ててしまっていたら? 贈ったものはいいから、別なもので返してくれといわれたら?」

 うーん、えーと、どうしよう。

「前もって姫の好みに合う品を贈ってきた者と、お好みに合わないものを贈ってきた者がいたとします。同じ内容の神託を下ろすにしても、前者には丁寧に、後者には少し手抜きに、と、差が出てしまう可能性はありませんか?」

 うー、否定できないかも。でも、それっていけないことだよね。

「此処に積み上げてある品物はほぼ全て、そういう、何かしらの交換条件や私への要求を含んだものなのです。ですから、一通り改めますが、大半は送り返します」

 大半は?

「受け取るものは?」

「さほど害のないものや、他意のないもの。商人からの品物の見本や、ちょっとしたおすそ分けのようなものですわね。それに、気に入ったものは受け取ることがあります」

 でも、そうしたらさっきの話と合わないよ?

「代わりに何かして、って言われたら?」

「無視します」

 きっぱりと、何の迷いもなく。

「む、……無視!?」

「勝手に贈ってよこしたのですもの。くれるものはもらいますけど、その見返りを返す約束などしておりません。どんな下心で送ってよこしたかなど、知ったことではありませんわ」

 な、なんかさっきの話と違ってるような?

 一つ目の山が終わって、次の山を見ながら。

 ソイエさんはにっこりと笑った。

「ですから、贈り物には、何かしらの下心があるということ。だから、断ってもなんら問題がないこと。下心の存在を知った上で、そんな要求をされても、跳ね除けられるだけの気概を。それによって扱いを変えてしまうようなことのない公正さをもって受け取ること。それを、覚えておいてくださいね」


 そっか、こういうのも勉強なんだ。

 私、頑張って勉強するからね、竜皇。

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