黒と赤の眷属3
ソイエさんが「女の子の楽しみ、一通り味わって頂きますっ!!」と力一杯宣言してくれてから、お屋敷の方にぐいぐい引っ張られていって。
メイドさんたちにざっとあいさつしてるうちに、仕立て屋さんが大量の荷物を抱えてやってきて。
「この子の服、一通り揃えるから」
というソイエさんの言葉で、大きな鏡のある部屋に連れて行かれて。
なんだかよくわからないままに、採寸されて。
ついでに半分くらい出来合いの服を着てはあっちこっちつめて調節して、着替えてまたなおして着替えてまた……って、二〇着くらい着替えたんじゃないかなぁ。
いろいろ着せられるたびに、この生地がなにでできてて、どこ産でなにで染めてて、とか、この形はなんとかだとか、流行がどうだとか、いろいろ言ってたけど。なんのことだかさっぱりわからない。
そして、靴とか靴下とか、手袋とか、なんか小物がいっぱいでてくると、もっとわからない。
「いずれ、この程度は一般教養として、覚えていただきますから」
って、さらっとソイエさんに言われちゃったけど。
服って、そんなに種類あるんだ……。
「でも、こんなにお洋服いらないと思うんだけど?」
一体何着用意してくれるつもりなのかわからなくて、呟くと。
「何を仰いますの。これでも、姫のお好みがまだはっきりしていませんし、成長期でしょうから、抑えておりますのに」
……これで? だって、すごくいっぱいあるよ?
と、いいかげん疲れてきた頃に、扉が控え目に叩かれて。
「そろそろ終わりにしろ。姫もお疲れだろう」
『男子禁制』ということで、外で待たされていたウォレフさんの声がした。
「うるさいわねぇ」
と、外を見て。
「あら。日が暮れてるじゃない」
「急に、慣れない環境に連れて来られている姫のことも考えろ」
「そうね。じゃ、とりあえず、服はこれとこれ、靴はこれで、髪結いなおして」
ソイエさんがてきぱきと服一式を選んでメイドさんに指示を出すと、私はまた着替えさせられ、ついでに髪とかも結いなおされて。
とはいっても、短いから一部しか結えないんだけど。
鏡の中、私の髪の短さに苦戦しているメイドさんを見ながら、肩よりも上にある髪の切り口を見る。
髪、早くのびないかなぁ。
国によって、ちょっと違うらしいけど、髪の長さや形、それにスカートの長さは、その女の人の身分や立場を表している。
大まかにいうと、子供は髪もスカートも短くて、大人は両方長い。
ソイエさんの髪は、胸より下。髪をおろしてるから、結婚はしてないってこと。ドレスのすそは、床に引きずる長さ。身分の高い大人、っていうことになる。
メイドさんたちは皆髪を結ってるけど、これは「働いてる」っていう意味。公式の場や、働いている場合は、髪を結い上げる。自分の家でも全部結い上げる人は、結婚してる人。結婚してなければ、結うとしても、上のほう一部だけ。
制服のスカートの長さは、くるぶしくらい。貴族とか以外だと、大人の人ならこれぐらいが普通。一般の市民とかだと、大人でももっと短かったりするけど。
そして、私の今の格好は。
髪は、肩よりも上。スカートはひざが隠れるくらい。
「今しか、この長さの服は着られないんですのよ!」
というソイエさんの主張によって、スカートはお子様丈。
巫女服は公式なものなのと、普通はそれなりの年齢になってからしか着ないから、正装は引きずるくらいの丈、略装はくるぶしくらい。
ちなみに。長くてじゃまだから、竜皇のお城で迷子になってるときに、スカートを「がっ」てたくし上げて廊下を走ってたっていうのは、ひみつね。
そういえば、たぶん十二歳、って言ったら驚かれたから、私、ちょっと小さい方みたい。竜皇にも、ちょっと小さすぎるからしっかり食べなさいって言われてたし。
普通は、十四歳くらいまではスカートはひざ下くらい。十六歳で成人になるまでにだんだん丈を長くしていく。貴族とか上流階級で婚約者が決まっていると、子供のうちから丈の長いものにするらしい。
でも、この髪は。
誰も何も言ってこないけど、きっと、不審に思ってるはず。
子供でも、肩に届かない長さは平民。それも、下層の。
神殿に巫女として修行に入るときは一度髪を揃えるけど、それでも肩に付く長さ。
こればっかりは、どんなに綺麗な洋服を着ても、広いお城に住んでも、すぐに変わるわけじゃない。
「お洋服、お気に召しませんでした? それとも髪型が?」
ソイエさんに声を掛けられて、ふと、我に返る。
「い、いえ。すごくきれいです」
もったいないくらいに。
今までは、下働きだから、スカートなんてはいてなかったし。巫女の見習いでお手伝いしてたときも、神殿の巫女の略服の古着だったし、竜皇のお城では、巫女の略装。
巫女の正装はそれなりに豪華だけど、形自体はわりと地味ではある。
だけど、これは。
「こんな服、はじめて着ました……」
袖に、エリに、すそに、これでもかというくらいフリルとレースが付いている、ひらひらでふわふわの服。髪には細いリボンが編みこまれてる。
「髪の色が強いですから、淡い色の方がお似合いですわね」
色は、水色と白が中心。目が緑だから緑もすすめられたけど、色だけは青がいいって選ばせてもらった。
「では、夕食にしましょうか。こちらへどうぞ」
ソイエさんに手を引かれて、部屋を出る。
「やっと終わったか……」
廊下には、ウォレフさんが立っていて。
私を見ると、ちょっと驚いたみたいだった。
やっぱり、似合わない、かな?
「よくお似合いですよ」
にっこり笑ってくれたけど。
……やっぱり、無理があるのかなぁ。
「……」
「苦手なものでもございまして?」
いえ、それ以前の問題として。この、ずらららと並んだ食器は一体なに?
なんで、ナイフとか、フォークとか、こんなにたくさんあるの?
「あのう……」
「はい。なんでしょう?」
広い食堂の大きなテーブルには、私とソイエさんしか座っていない。
最初は、席も離して用意してあったんだけど、部屋に入ってテーブルの上を見た瞬間に、ソイエさんが席を変えるように指示して、一番奥の席に私、角を挟んでナナメ向かいにソイエさんが座っている。
それでもちょっと離れていて、こんなことを聞くのは恥ずかしい。
「……食器の使い方が、わかりません」
だって、神殿のご飯は全部同じフォークとスプーンで、ナイフなんて自分じゃ使わないもん。
ソイエさんは、ちょっと考えるしぐさをして、そして「あ」と、口元を押さえた。
「ずっと神殿にいらしたのでしたら、そうですわね。失礼いたしました」
いえ、常識のない私が悪いんです……。
そして、食事をしながら、料理が運ばれてくるたびにどんなお料理なのか、どうやって食べるのかとかを、ていねいに教えてくれた。
竜皇はもちろん神様だから、いろいろなことを知っているけど、ソイエさんもものすごく物知り。ただ単に、私が何も知らないだけなのかも知れないけど。
「お口に合いましたでしょうか? 苦手なものなど、ございませんでした?」
「はい、おいしかったです」
それよりも、はじめて食べるものばっかりでした。
今まで、お魚丸ごと一匹とか出されたことないもの。
大体、パンと具だくさんのスープ、というのが神殿の食事の基本。お祭りとか、特別な日に甘いものが一口付くくらいだし。
「それはよろしゅうございました。では、お茶は別室にいたしましょう」
別な部屋に行って食後のお茶を飲みながら、ソイエさんはここフルヒリング王国の習慣や、ノールドとの違い、神殿と貴族の生活の違いなんかも詳しく教えてくれた。
さっきまではあんまりの勢いにびっくりして押されてたけど、こうやって落ち着いてお話してると、優しくて、細かいことにも気を配ってくれる、すごく親しみやすい人だ。動作も綺麗だし、優雅だし、でもそれでいて、女公爵っていう貫禄もある。使用人にびしっと指示を出してるところは、本当に「格」っていうものの違いを感じる。
私なんか「使用人」というか、「庶民」が染み付いてるもんなぁ。
お皿見ながら、もしかしたら、竜皇のお城で使ってたやつの方が高いかな? とか思ってたり。ああ、この貧乏性何とかしないと。
あれ? そういえば。
「ウォレフさんは?」
ソイエさんは視線だけをちょっと上げて周りを見ると、控えていたメイドさんたちが静かに部屋を出て行った。
扉が閉まって、人の気配が遠のくのを確認して。
ソイエさんはカップを持って、私の向かいの席から隣に移動してきた。
「さぁ。用があれば出てきますでしょう」
さぁ、って。
二人掛けのソファに並んで座ると、思ったよりも距離が近い。
「姫。申し訳ありませんが、この屋敷にいる間、いくつかお約束していただきたいことがございます」
「は、はい」
今までになく、真剣なソイエさんにちょっとびっくりしながら、答える。
「まず、身分は隠して頂きます。一応、屋敷の者でも一部には知らせてありますが、表向きは遠縁に当たるお嬢さんを預かっていることにしております」
「でも、公爵家の遠縁って、貴族じゃ」
「ああ、それは良いのですよ。私生児なんて世の中いくらでもおりますし、そもそも当家は一度没落して、私の曽祖父の代に、正体不明の女性を迎え入れたのをきっかけに再興しておりますから。平民が遠縁でも問題ありません」
しょ、正体不明って……。
「ですので、神殿にいらした、という程度は構いませんが、巫女姫であることは明かされませんように」
「はい」
そうだよね。巫女姫は、竜皇のお城にいるはずなんだから、ここにいちゃいけないよね。
「それと竜髄石ですが、これは表に出されませんように。メイドが着替えをお手伝いしますが、その際にも見られないようになさってください」
「はい」
やっぱり、そうなるんだ。
さっき着替えたときは、ソイエさんに預かってもらったんだけど。って。
「そういえば預けたまま!」
「はい。お返しするのを、忘れたわけではございませんよ。私はすでに所有しておりますし、例え小さくとも、その重さは十分承知しております。勝手で申し訳ありませんが、こちらで少し加工させていただきました」
私がつけてるのは、最初に竜皇にもらった小さな石が付いたペンダント。お城に行ってから、もっと大きいのに変えるって言われたけど、最初にもらった約束の石だから、ずっとこれをつけている。
だけど。加工って?
「ご心配なさらず。見えないようにしただけですわ」
そう言って、ソイエさんが取り出したのは、ロケット、っていうんだったかな、中に小さいものがしまえるようになってるペンダント。
「失礼いたします」
首にかけてくれたので、飾りの部分を見る。見たことがないけど、多分何種類もの花がいくつも絡んだ紋章。
「当家の紋章です。身分証明となります」
ひっくり返すと、何か文字が書いてある。えーと、『プリマヴェーラの標を持つ者』……?
迷子札?
「お一人で外出されることはないと思いますが、念の為に。これを持つ者に危害を加えたものは、プリマヴェーラ女公爵家に害を為したと思えという警告です。現在この国で、私に平然と仇為せる者はおりませんでしょう」
ええと。それって?
「俗世は、いろいろと複雑なのですよ。詳しいことは、また後ほど。世俗をいろいろとご覧に入れてからにいたしましょう」
確かに、説明されても良くわからないことは多いけど。つまり、それだけ偉い人だって言うことなのかな?
中を開けると竜の模様があって、もう片方には鎖を外した石の部分が金具で止めてあった。これなら、ずっと首にかけてても大丈夫だ。良かった。
「それと、ウォレフのことですが。あれがどういったものかは、ご存知でいらっしゃいますね?」
「はい。なでさせてもらいました」
「……は?」
ソイエさんはちょっと沈黙して。
「……あちらの姿を、ですか?」
「うん」
「驚きませんでしたか?」
「だって、そういう人たちなんでしょう?」
むしろ、ウォレフさんとソイエさんの一分のスキもない言い合いのほうが驚いたし。
「素質は十分ということですか……」
なぜだか、珍しく深く溜息をついて。
「本来、監視役は人の前に姿を現しません。巫女姫の眷属の前に姿を現すことも稀です」
「でも、ウォレフさん、普通にお屋敷の人とも話してますよね?」
「私の場合は少し事情がありまして……。表向き、私の護衛ということで、人間と同じように生活しております。正体を知るのは、屋敷でも片手で足りるほどの人間です。あとは私の子供の頃からの知人が数名、ですわね」
くわしいことは追い追い話しますが、と前置きをして、ソイエさんは言った。
「本来、監視役がこのように人と共に生活することは、あってはいけないのです。その禁を、犯させてしまったのは、先代――母と私の至らなさから」
ソイエさんは、ちょっと視線を伏せた。
「既にお気付きかと思いますが、この家には私以外の『プリマヴェーラ』はおりません」
そういえば、ソイエさんの家族、誰もいないみたい。
「両親は既に亡くなっておりまして、兄弟もおりません。まだ独り身ですので、次の代を出せるかも、保障できません。だからどうしても、私の代には巫女姫の眷属の務めを果たしたかった」
視線をあげて、真っ直ぐに私を見て。
「ですから、姫がいらしてくださって、とても嬉しいのです。何でも遠慮なく仰ってくださいませ。この力の及ぶ限り、お役目務めさせていただきます」
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「本当によろしいのですか? 折角選んだ巫女姫だというのに」
「まだ幼すぎる。それに世界を全く知らない。そんな子供を、このような場所に閉じ込めるのは、酷ではないのか?」
「それを酷ととるか、幸いとするかは、巫女姫が判断なさることです」
「だが、今のままでは、判断するだけの知識も経験も無い」
「それだけですか?」
「……何が言いたい」
「銘を与えても尚、迷われるのですか?」
「お前は?」
「私が、何か?」
「お前は、迷わなかったのか? 否、迷っていないのか?」




