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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
7/41

黒と赤の眷属2

 ウォレフさんに手を取られて、鏡に触れると、水みたいな、でももっと重い感じがして。

 よく見ると、指が、鏡の中に、入ってた。

「えぇ!?」

 慌てて引き抜くと、鏡は鏡で、手を見てもなにも付いてない。

「え? え?」

 訳が分からなくて竜皇を振り返ろうとしたら、ウォレフさんに手を引かれた。

「参りましょうか、巫女姫」

「あ……はい」

 うながされるままに、思い切って鏡の中に足を踏み込んだ。

 さすがに目を開けてる勇気はなくて。

「もう大丈夫です」

 ウォレフさんの声に、恐る恐る目をあけると。

 そこはそこで、竜皇のお城とはまた違った意味で別世界だった。



 

 目に入ったのは、まず深い赤のじゅうたん。

 なんだかまぶしくて上を見ると、まるい天井にきらびやかなシャンデリア。

 たくさんのロウソクの灯を透明なガラスが反射して、すごくきれい。

 部屋の中を見回していると、じゅうたんより少し暗い赤の布が視界のはしに引っかかった。

 視線を向けると、そこには一人の女の人。暗めの深い赤に、白いレースをたくさん使ったドレス。髪はゆるく波打って、赤く輝いている。

 ――朝焼け。

 朝日の色だと思った。

 色としては、夕日でもロウソクの灯でもいい。だけど、これから暗くなるわけじゃない、闇をぼんやり照らすのでもない。いっそ「世界は私が照らすのよっ!」って言うくらいの力を感じる。

「初めてお目にかかります。竜皇様より竜髄石を賜り、巫女姫の眷属を務めますプリマヴェーラの主、ソイエと申します」

 よく通る、高すぎない声。

 上げた顔は予想してたより、ずっと若かった。おねえさん、っていうくらいの人。

 にっこり笑ってる姿は、美人というよりかわいいって言った方があってそう。真っ白な肌とか、お人形さんみたい。

 でも。

 濃く入れた紅茶の色の目が、力強い光を持ってる。

 なんていうか、すごい存在感。

「この度は、当家に御滞在くださるとのこと。何かと至らぬ点が有るかと存じますが、どうぞおくつろぎ下さいませ」

 ふわり、とすそを広げてお辞儀をする姿も優雅で。

「はいっ。よろしくお願いします」

 私はというと、ぎくしゃくとあいさつするのがせいいっぱいだった。

 たっ、確かに行儀見習い必要かもしれない……。なさけないよぅ。

 どうしていいのかわからなくて、おろおろしていたら。

「……ねぇ、ウォレフ。私、限界かも」

 ソイエさんがうつむいて、肩をふるわせていた。

「……くれぐれも、巫女姫に失礼の無いようにな」

 ウォレフさんからは、深い溜息といっしょにあきらめが入ったようなつぶやきが吐き出されて。

 なに?

 首をかしげると、ソイエさんがつつっと近づいてきて。

「んもぅ、かわいい、かわいすぎるわっ!」

 ……は!?

 がばっと抱きしめられた。

「ちょっとぉ、巫女姫がこんなに可愛いなんて聞いてないわよ。知ってたら、もっと色々揃えたのに」

 ウォレフさんに文句を言いながら、私の髪やら顔やら服やらを確かめるようにさわっている。

 な、なにゴト……。

「無茶を言うな。私も、お会いしたのは今日が初めてだ」

「全く、男ってゆーのはこれだから。いーい? 服にしろ小物にしろ、その人を見て似合うものを揃えないと何にもならないでしょう? ただ単に背丈や体格だけじゃなくて、髪や目、肌の色、それにその人の顔立ちや雰囲気や、好みに合わせて……」

「……それより、巫女姫が驚いておいでだが」

 どこまで続くのかわからないソイエさんの台詞を中断してくれたのはいいけど。

 驚くっていうか、なにがおきてるのかワケがわかりません。

「あら、いけない。あんまり可愛いから、つい」

 と、ソイエさんは手を止めて、にっこりと鮮やかに笑う。

「御無礼を申し上げました。お赦し下さいませ」

「あ、はぁ、はい」

 ……さっきのは、なんだったの。

「ところで、巫女姫様の事は、なんとお呼びすればよろしいでしょうか」

 話がいきなり変わってるし。でもなんだか迫力負けして口はさめないし。

「えっと、シ……」

 シエルと言いかけて、これは竜皇にもらった真の名前の略だから、軽々しく使えない事を思い出した。

「神殿にいた時は、オニキスと呼ばれていましたが」

「オニキス?」

 ソイエさんは私をじーっと見て、ふぅ、と溜息をついた。

「確かに髪は黒瑪瑙の様ですけれど。でも、巫女姫のお名前としては、少々華がありませんわねぇ」

 そして、あーでもないこーでもないと、ぶつぶつつぶやきだした。

 ……な、なんなんだろう……。

 困ってウォレフさんを振り向くと、ものすごく申し訳なさそうな顔で、深々と頭を下げてくれた。

 つまり。

 ソイエさんを止めてはくれないということ?

 やがて、ぽん、と手を叩く音がして。

「やはりここは素直に参りましょうか。私共が、巫女姫に軽々しく名を付ける訳にはいきませんでしょうし、神殿にいらした時とは立場が違うと言う意味で、以前のお名前でお呼びするのも何ですし」

 はい。それで結論は何なんでしょうか。

「『姫』とお呼びすると言う事でいかがでしょうか」

 な、悩んだわりに、わりとそのままだった。

「よろしいでしょうか?」

「はい。そうしてください」

 それ以外にどうしようもないというか。

「では姫、参りましょう」

 と、うながされて歩きだしたはいいけど、えっと、どこに行くの?

「ここは屋敷の離れの地下になります。母屋の方に、お部屋を御用意いたしました。急拵えですので、これから御入り用の品を揃えて参りますが」

 と、戸口で足を止めて、私の白地に青で飾りのついた巫女の略装をしみじみ見た。

 これは、無理やり丈を詰めた正装じゃなくて、私の身長にあわせてソイエさんが用意してくれた着替え。飾り気はあまりないけれど、布地も仕立てもかなりいいもの。

 どこか、変かな?

「まずはお洋服ですわね。ああ、もう、本当に。こんなに可愛らしい巫女姫だとわかっておりましたら、こんな地味な物ではなくて、もっと可愛い物を用意しましたのにっ!」

 いや、拳を固めて言うようなことじゃ……。

 そもそも、巫女服って形も柄もほとんど決まってる物だし。

「ソイエ」

 少し後ろに控えていたウォレフさんの声。

 ソイエさんは「少々失礼いたします」と言って、少し離れた場所でなにか小さな声で相談している。

 二人並ぶと、ウォレフさんの黒、ソイエさんの赤が対比になって、すごくきれい。

 とっても、印象的というか、迫力があるというか。

 お姫様――女王様と騎士って感じ。二人の前だと、私なんか、「侍女そのいち」がせいぜいかな。いや、それもあやしいかも。

 そして、話が終わったらしく、ソイエさんは私のそばに戻ってきた。

「お待たせいたしました」

「いえ」

 ……なに、話してたんだろう。とりあえず私の事らしいけど。




 部屋を出ると、そこはロウソクの明かりに照らされた廊下で。燭台を持って先導するウォレフさんに付いていくと、階段があった。けっこう長い階段を上りきると扉があって、それをあけると小さな石造りの部屋。

 隠し扉だったのか、今通った扉がどこなのかもわからない。

 さらにソイエさんが壁の一部になにかすると、新しく扉が開いた。

 そこは、書斎の様な部屋で、そこから普通の扉を抜けると天井の高い広い部屋。床に青い光が差しているので、その方向に振り向くと。

「うわぁ」

 壁の高い位置には、濃い薄いいろいろな青の色ガラスがはめ込まれたバラ窓。それを通った青い光は。

「あ」

 一段高いところにある、大きな石像に降り注ぐ。

「竜皇……」

 それは、本物よりも二回りくらい小さいけど、白いけど、竜皇の像だった。

「此処は、当家の神殿です」

 でも。

「神殿って、勝手に作っちゃいけないはずじゃ」

 確か、竜皇が降りる四方神殿か、神官を統制してる中央神殿の許可が必要で、どんなお金持ちでも、自分の家に勝手に作っちゃいけないんだよね?

「巫女姫の眷属でございますから。竜髄石が許可証代わりです」

 そうなのかな? でも、石像でも竜皇がいてくれるのはうれしい。




 神殿を出ると、屋根の付いた通路がずっと伸びていて、かなり離れた場所に大きなお屋敷が見える。

 庭は芝生を敷き詰めて、きれいに形を整えた木がたくさん植えられてて、花壇には色とりどりのお花があって。

 でも、半分以上が見たことの無い木や花。

 それに、なんだか、暑い。

 夏なんだから暑いのは当然だけど、こんなに暑かった?

「巫女姫、どうかなされましたか?」

 少し後ろに控えるように歩いていたウォレフさんが、声を掛けてくれた。

「なんでも、ないです」

「今までいらした神殿や、城とは違いますから、些細な事でもおっしゃってくださいね」

 先導するように歩いていたソイエさんも振り返り。

 うう、気にしなくていいのに。

「たいしたことじゃないんですけど。……暑いなぁって」

 顔を見合わせる、二人。

 うわぁん、本当に小さいことでごめんなさいっ。

「北神殿にいらした、ということはノールドの北でお育ちに?」

「覚えてる限りでは、そうです」

 私の答えを聞くと、ソイエさんはウォレフさんに向き直る。

「竜皇様の城は、大陸の北の果てだったわよね?」

「ああ」

 ソイエさんは少し考える仕草をして。

「それじゃ無理ないわね。お部屋変えましょう。東の噴水に向いた部屋にするように言ってきて。あと、ついでだからすぐに出入りの仕立屋呼びなさい」

 思いっきり命令口調。

「わかった。くどいようだが、巫女姫に失礼の無いように」

 それに素直に従ってるウォレフさん。

 巫女の眷属と、その監視役、だよね? 確か。なんだか主従関係に見えるんだけど? でも、それだけでもないみたいだし、なんだか不思議。


 早足で歩いていくウォレフさんを見送って、通路をゆっくり歩く。

「北神殿がある場所は、大陸のなかでもとても涼しい場所ですから。フルヒリングもそれほど暑い地域ではないのですが、暑く感じるのも無理はありませんね」

「そうなんですか?」

「ええ。ですから、庭の草木も花も、あまり見慣れないものばかりでしょう?」

「うん。あ、は、そうです」

 うう。

 ソイエさんはくすりと笑って言ってくれた。

「お気になさらず。楽なようにお話くださいませ」

 でも、行儀見習いに来てるわけだし。

「言葉遣いは、その方の人となりを表すものではありますが、相手によって合わせるものでもあります。相手の身分や地位の上下、親しさや主従などの関係、年齢によっても言葉遣いは変わるもの、変えるべきものです」

 私も、姫にお話しするときと、ウォレフと話すときでは違いますでしょう? と言われて、そういえば確かに全然違う。

 とゆーか、そこまできっぱりはっきり分けられるのもすごいと思うんだけど。

「大陸の守護神竜皇様の巫女姫ならば、どの国の王よりも、神殿の長よりも尊い方です。基本的に、公の場では巫女姫としての振る舞いが要求されましょう。けれど眷属は、巫女姫の私の面を支える者でもあります。ですから私の屋敷では、巫女姫ではなく、ただの女の子に戻ってよろしいのですよ」

 ただの、女の子?

「神殿にいなければ、竜皇の城に行かなければ、本来楽しめるはずだったことが、沢山ございますでしょう?」

 本来楽しめるはずだったこと? あるかな?

 うーん。

「……あの、もしかして、思い浮かびませんか?」

 考え込む私に、不審そうに声をかけられた。

「うん」

 思いっきりうなずく。

「あの、規則がんじがらめの神殿で? 人里から離れすぎの竜皇の城で?」

 だって、神殿の生活が普通だったから、不自由だと思ったことないし。竜皇といっしょの生活なんて、贅沢なくらいだったし。

 がし。

 あの、ソイエさん? そんなに強くつかまれたら、肩が痛……。

「お茶会に行きたいとか、音楽会に行きたいとか、お芝居を見に行きたいとか、舞踏会に行きたいとかっ!」

 ダンスできないし、お祭りのお芝居くらいしか見たことないし、あんまり興味が……。

「流行のドレスが欲しいとか、綺麗なアクセサリーが欲しいとかっ!」

 どうせ汚れるから、動きやすいのでいいし。アクセサリーも竜皇にもらった竜髄石で十分過ぎるし。

「街でお買い物したいとか、有名なお店のお菓子が食べたいとかっ!」

 あー、お菓子は食べてみたいかな。でも別に。

「貢がせてみたいとか、いい男をはべらせ……は、さすがにまずいわね。国が滅びるわ」

 ……みつがせるとか、はべらすって、なに?

「とにかく、世の中の楽しみを知らなさ過ぎるわっ!!」

 そ、そいえさーん。落ち着いてー。

「とりあえず、行儀見習いや何か以前に、女の子の楽しみ、一通り味わって頂きますっ!!」

 え? え? 本来の目的はー!?


 竜皇。

 ウォレフさんも、ソイエさんもとても、とってもいい人たちなんだけど。いい人たちなんだけど。

 ここでの生活は、なんだか、大変そうな気がする……。

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