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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
番外編
40/41

開かれた籠の鳥 5

竜皇視点。シエル編第一部「『姫』4」あたりの裏側です。

「籠の中で育った鳥を野に放つことが、自由を与えることだと思われますか?」

 去り際、女は言い残していった。

「私は、それは、責任の放棄であると思います」




 半ば押し切られた感はあるが、少女に対面することを約し、ウォレフたちを帰した後も、広間から動けなかった。


 ――竜皇は、あの子の笑顔を見たことがありますか? あの子が何かを望むのを聞いたことがありますか?


 いつも穏やかに笑っていると思っていた。

 それが、心からの物なのかどうかなど、考えたこともなかった。

 そして、泣いているところは見たことがない。

 神殿に迎えに行った際に、竜髄石を奪われて泣きそうになってはいたが、それも、悲しいという感情よりは、失態を恥じ入る気持ちの方が強かったように思える。

 そして、何かを望むことに関しては。

 確かに、こちらから促さなければ、望みを口にすることもなかった。

 それに、実際に望んだことも、概ね些細なことだ。

 読み書きを教えて欲しいとか、本が読みたいとか。思えば、何かを欲しがるということもなかった。

 他の子供は知らないが、それでも、あの年頃の子供としては、欲が無さ過ぎる。

 それは、わかっていたことだった。

 だから、人の世の贅沢を知れば、何かしら欲も出るだろうし、この城での生活が、いかに異様な物であるか理解するだろうと思って、預けたつもりだった。

 それでも少女の無欲さは筋金入りであったというのか。

 それとも、却って「捨てられた」などという思いを抱かせて、その心を頑なにさせてしまったのだろうか。


 ――ならば、お尋ねします。戯れに拾われたのならば、何故、銘を与えたのです。

 ――銘を与えたならば、何故、捨てるのですか。


 『捨てる』などと考えたことも無かった。

 しかし、戯れに拾ったのだと、そう思ったのは確か。

 哀れみで拾ったに過ぎないのだと、己を納得させようとした。

 何故、そんなことを己に言い聞かせる必要があった?

 それはきっと――。




 広間の隅で、魔力が動いた。

 現れる、二つの気配。

 よく知った、高い魔力を持つ者と、魔力を持っていないというのに、もう一方よりもはるかに存在感のある者。

 薄闇と沈黙に支配された広間、更には城全体の空気に、差し込む光のような存在。

 それが、壁から離れ、近づいてくるのがわかる。

「竜皇、ただいま!」

 久し振りに聞く、少女の声。

 その、無理に明るく振舞おうとしている響きに、これ以上沈黙を続けるのは罪であるのだと、知らされた。

 瞼を開く。

 視線を下げて、正面に立つ少女を見る。


 ……驚いた。

 この少女は、これほどに華やかだったのだろうか。

 僅かに、背が伸びただろうか。

 顔色もよく、髪もよく手入れされ、以前とは比べ物にならない程に、髪も肌も艶やかになっている。

 愛らしさを強調する衣服も、簡素な巫女服よりもはるかに似合っている。

 ほんの二月。

 季節も一つ過ぎていないというのに、少女は大きく変わっていた。

 しかしそれは、この城に留めていては、起きなかったであろう変化。

 少女の変化に戸惑いつつ、心に湧き上がるのは、これほどに華やぐものを、私は閉じ込めていたのだという罪悪感。

 何と声を掛けるべきか、言葉が見つからない。

 その沈黙を、少女は別なものと理解したらしかった。

 

「帰って来ちゃ、いけなかったの?」

 何かをこらえるように、苦しげに引き出された言葉に、我に返る。

『……そんなことは、ない』

 しかし、私にはいまだに、掛けるべき言葉が見つからない。

「じゃあ、なんで今まで、帰りたいっていっても、帰れなかったの?」

 少女の言葉が突き刺さる。

 眼を合わせることが出来ず、視線を宙に彷徨わせた。

 しかし、それで答えが見つかる訳が無い。

「私を巫女に選んでくれた訳じゃなかったの? 私じゃ巫女が務められないの? 神殿に捨てられそうになった私を、哀れんで拾っただけなの!?」

 少女から、今までこらえていたのだろう言葉が、堰を切った様に、吐き出される。

 その手が、白くなるほど握り締められていることに気がついて、視線を逸らすことも出来なくなった。

「だったら、名前なんかくれなくてよかった! やさしくなんか、してくれなくてよかった!」

 糾弾というよりは、それは、悲鳴。

「捨てるなら、どうせ捨てるんだったら、はじめから拾わないでよ……っ!」

 それほどの痛みを強いていたことに、今更ながらに気づかされた。

 俯いて、肩の、膝の震えを必死で押し留めて立つ少女に、どうすれば償いが出来るのだろうか。

 その方法は。

 探るまでもないと、わかっていたはずなのに。




『シエル』

 玉座から下り、静かに少女の傍に行き、久し振りに名を呼んだ。

『シエル』

 真名は、その者の存在を示すもの。

 名を変えることは、その者の存在を根底から変えることになる。

 巫女の名を与えることは、その者を、只人から巫女に変えてしまうもの。

 そんなことは、考えるまでもなく、わかっていたことだ。

 それを、あえて無視していたのは。

『人は、人の中で生きる方が良いだろうと思った』

 そんなことは言い訳に過ぎない。

 私はただ。

 いずれ、今まで知ることの無かった世界を見て、人の世を選んでしまうことが、怖かったのだろう。

 だから、その前に、この少女を手放した。

 まだ失っても耐えられるうちに、翼を折って閉じ込めてしまわないうちに、空へ羽ばたいていけと。

 だがそれも、思い込みで、少女の選択の幅を狭めてしまったことになるのだろうか。

「私は……」

 少女が顔を上げた。

 その目は、今にも涙が零れ落ちそうだったが、それでも、気丈に私を見据え、心の奥からの叫びを押し留めるように、一言毎区切りながら、言った。

「私は、竜皇といっしょが、いいのっ」

 予想外の言葉に、頬が緩むのを、自分でも感じた。

 聞くことなど叶わないと、思い込んでいた言葉。

『そうか』

 全ては、私の杞憂であり、ただ、少女を嘆かせただけだったのだろうか。

 それとも、少女にはまだ囚われの身であるという自覚がないだけなのか。

 もはや、それもどちらでも良い。

 少女は此処に在ることを望んでくれた。

 それを拒む理由は、己の裡にしかない。

 この先、少女が外に出ることを望んだとき、傷つけずに居られる自信がないと、それだけのこと。

 これから、少女と共に在ることで、その不安はより大きくなるかも知れないが、それでも。

 傍に在ってくれることの喜びの方が、遥かに大きいだろう。

 傷をつけぬように注意を払いながら、頬を近づける。

『寂しい思いを、させたようだな』

 泣かせたくなかったから、手放した。

 しかし、実際には、無駄に泣かせてしまったらしい。

 涙をこらえて、不安げに見上げてくる少女に、答えるべき言葉が、やっと、見つかった。


『おかえり。シエル』


 たった一言。

 たった一言だけれど、それは、何よりも大切な言葉。

 此処が、少女の帰る場所だと、此処に帰るべき場所があり、彼女の帰りを待つ者が、共に在りたいと願う者が存在するのだという証の言葉。

「ここにいていいの?」

 少女が、まだ少し不安を残した眼差しで見上げてくる。

『ああ』

 少しでも、不安をなくせるように、視線を和らげる。

「竜皇といっしょにいても、いいの?」

『シエルが、望むなら』

 少女が望むなら。此処に居ても良いと思ってくれるのならば、それは、いつまででも。

「わたしが、望むなら?」

 答えが気に入らなかったのか、少女は僅かに眉を寄せた。

 そんな表情さえも、愛しいと感じる。

『私には、拒む理由などない。シエルが此処にいたいと望むのならば、その方が良い』

 かすかに触れるかどうか、というくらいに、頬を寄せる。

 通常ならば、相手を怯えさせてしまいそうな行為だが、私にはそれ以外に為す術が無い。

「竜皇」

 気が緩んだのか、堪え切れず少女の目から涙が零れ落ちる。 

「竜皇ぉ」

 私の目元に縋り付き、声を上げて泣きじゃくる姿は、初めて見るものだった。 

 泣き顔を見たかったわけではない。

 けれど、これは、きっと必要な過程なのだろう。

 好きなだけ泣いて、気が済んだら笑ってくれればそれでよい。

 少女の心からの笑顔を見る為には、今まで彼女を苦しめた償いが必要なのだろう。

 それでも、その姿から思い知らされるのは、少女の苦しみのほんの一部でしかない。 


 ほんの少し動いただけで、私の翼は、尾は、爪は、牙は、取り返しのつかないほど少女を傷つけてしまうかも知れないというのに。

 身を包む鱗は堅牢で、少女を優しく受け止めるのには、程遠い。

 今の私には、少女を抱きとめる胸も、抱きしめる腕も、撫でる手もない。

 泣きじゃくる少女にしてやれることは、ただ、その全てを、魔力で包むことだけ。


 しばらくして、しゃくりあげる声がおさまり、深呼吸している様子が伺えた。

 ごそごそと服を探り、ハンカチを取り出して、顔をごしごしと拭っている。

 ああ、いくらなんでも、そんなに強く擦っては、却って赤くなるだろうに。

 そして、なぜだか拳を固めて「……よし」と呟くと。

 一歩はなれて、私の視界に入る。

 そして。

「竜皇、ただいまっ!」

 もう一度、今度は、今までに見たことの無い、輝くような笑顔で、言った。


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