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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
番外編
38/41

開かれた籠の鳥 3

竜皇視点。シエル編第一部「夏の日の決断2」回想と「赤と黒の眷属」あたりの裏側です。

 城の細部まで意識を行き渡す。

 この城は、これほどに静かだったのだろうか。

 少女を人の世に戻したところで、何も変わらないはずだった。

 巫女姫を迎え入れたことで変化したことが、元に戻るだけの事。

 元より、少女の境遇を憐れんで、気紛れに助けたに過ぎない。

 そう、あれは、ただの憐憫と気紛れであるはずだった。




「皇」

 不意に声が掛けられた。

「ウォレフか」

 昼に少女を送り出してから、気が付けば、もう夜になっていた。

「様子は?」

「不慣れな環境に戸惑っておいでですが、ソイエがなんとかするでしょう」

「そうか」

 言葉の割には、態度に投げやりな物はない。信頼してよいのだろう。

「姫のお手回りの物が御座いましたら、お届けいたしますが」

「そうだな。では、これを」

 少女が生活していた場所は片付け、必要になりそうな細かな物を探したが、手帳とペン程度しか見つからなかった。

 巫女服は、もう必要がないだろう。

 ウォレフは、手帳とペンを受け取った後も、物言いたげに立っている。

「何が言いたい」

 促すと、小さく溜息を吐いて言った。

「本当に、よろしいのですか? 折角選んだ巫女姫だというのに」

 少女を預ける旨を伝えてから、その確認は何度目になるだろうか。

「まだ、幼すぎる。それに、世界を全く知らない。そんな子供を、このような場所に閉じ込めるのは、酷ではないのか?」

「それを酷ととるか、幸いとするかは、巫女姫が判断なさることです」

「だが、今のままでは、判断するだけの知識も経験も無い」

 肉親の記憶もなく、神殿の養い子、下働きとしての記憶しかない。

 規則に縛られ、贅沢どころか、年頃の娘らしい楽しみを何一つ知らぬ身で、幸不幸の判断がまともにできるとは思えない。

「それだけですか?」

 短い言葉には、含むものが多分にある。

「……何が言いたい」

 竜と眷属の間には、明確な主従関係はない。

 圧倒的な力の差故に従うだけで、眷族は竜に服従するものではなく、意に沿わなければ意見もしてくる。

 特に、古くからの知己でもあり、それ故に巫女の眷属の監視役を任せているこの男は、遠慮なく物を言う。

「銘を与えても尚、迷われるのですか?」

 そして、時に、私が目を背けている事を指摘してくる。

 確かに、少女に『銘』を与えた。

 それは、私が少女を私の巫女として認めた事を意味する。

 名を変える事は、その者のその後の生を変える事につながる。

 それはわかっている。

 わかっていたはずなのに、何故私は『銘』を与えた?

 答えは、出ない。

 だが、ふと別な事に思い至り、尋ねた。

「お前は?」

「私が、何か?」

 手元に置くか、己が傍に着くか、それはまるで逆だが。

「お前は、迷わなかったのか? 否、迷っていないのか?」

「……それは」

 今度は、ウォレフが答えに詰まる。

 本来、監視役が巫女の眷属の前に姿を現す事は珍しい。

 巫女姫がいない時代ならばその傾向は強く、代替わりや、後継者を決めたとき、婚姻のときなどの節目以外には、ほとんど言葉を交わす事もないはずだ。それに、姿を見せるとしても、獣の姿を見せる方が多い。

 ウォレフも、先代のプリマヴェーラまでは、他の監視役よりも姿を見せる事は多いものの、年に一度程度。それも、狼の姿をとっていた。

 その慣例を破ったのは、十年程前。

 そして、一度一族と揉めた後、今でもこの男は人の姿をとって、巫女の眷属の傍にある。

 それを非難するつもりはない。

 ただ、疑問には思う。

「……我ながら、愚かな選択だとは思いますが」

 噛み締めるように、ゆっくりと答えが返ってくる。

「今では、迷いはありません」

 異種族の交わりは、忌み嫌われる。

「禁を犯しても、か」

 まして、監視役がその対象と深い仲になることは、禁忌。

「はい」

 語りながら、その瞳は穏やかだ。

 やはり、わからぬ。

「人の子の成長は、速いものです」

 去り際に、言い残していった。

「いつまでも子供だと思っていると、思わぬ事になりますよ」




 元より、巫女姫を娶るつもりはなかった。

 私に代替わりして八〇年程、毎年いずれかの神殿で巫女に引き合わされるが、言葉を交わせる者はもちろん、意識を保てる者さえ稀だった。

 巫女姫を喰らうとの噂が立ってからは、神殿長さえ私を前に倒れる者が大半になるという体たらく。

 最近では、四方神殿のうちどれか一つに、まともに会話ができる神殿長がいれば良い方だろう。

 確かに、恐れるなと言う方が無理がある。

 本能的に、己より大きな生き物には恐怖を覚えるものだ。

 それでなくとも、鱗を持つ物は、忌み嫌われることが多い。

 鱗に覆われ、爪や牙といった凶器、それも巨大なものを隠しもしない巨躯に怯えるのは当然。

 そんな対応にも、慣れきっていたはずだった。


 北神殿の先の神殿長は、穏やかな風貌に似合わぬ剛毅な人物だった。

 数少ない、まともに会話のできる相手であったことから、神託だけでなく、人の世の話を聞くこともあった程に。

 その神殿長が死に、交代したことは聞いていた。

 さらに巫女選びの儀式もあり、あまり気が進まぬままに北神殿へと赴いた。


 神殿に降り立つ。

 神殿長と巫女の姿は見えない。

 恐らく、奥の方で倒れているのだろう。

 頭を下げ、屋根に覆われた場所を覗き込むと、呆然と私を見上げる深緑の瞳と視線が合った。

 恐らく、腰でも抜かしているのだろう。

 それでも、意識を保っているとは珍しい。

 しかし、驚いたことに、少女は慌てた様に立ち上がると、竜を迎える位置へと走り出し。

 

 ……見事に、転んだ。


 予想外の展開に、唖然としていたが、思わず魔力で支えていた。

 見知らぬ力が加わって、驚いている少女を、ゆっくりと床に下ろす。

 疑問を隠す事もなく見上げて来る目には、不思議なことに、恐怖の色がなかった。

「初めて御意を得ます。この度、竜皇様のお傍に仕えるべく参りました、オニキスと申します」  

 形通りに一礼する姿を改めて見れば、随分と幼い。

 通常、巫女選びに臨むのは『竜皇の巫女姫』の役目から、十六から二十歳程度の娘となる。

 しかし、この少女は。

『随分と幼い巫女のようだが』

「……はい。適任者がおらず、私が立つこととなりました。どうか、非礼をお許しください」

 最近では、巫女選びに臨むことを拒否する巫女が多いと聞く。

 それならば、それで一向に構わぬというのに。

『少女、歳は?』

「……恐らく、十二、くらいだと、思います」

 そもそも、神殿に巫女として入るのは、概ね十四歳程度と聞く。

 ならば、この少女は、巫女ですらない。

「申し訳ありません!」

 少女は、苦しげに言葉を吐き出した。

「私は巫女ではありません。先の神殿長様に拾われて、神殿の下働きをしているものでございます。本来、このような場に出るべきものでないことは、承知しております。……非礼を……お詫びする言葉もございません」

 神殿の腐敗も、此処まで来たかといっそ呆れた。

 巫女選びの儀式に臨み、選ばれなかった巫女は、神殿を放逐されるのだという。

 先の神殿長が養い子がいるのだと、楽しげに話していた。

 この少女が、その養い子だろう。

 ならば、身よりもなく、神殿を追い出されれば、頼るあてもない。

 何故、そのような少女をこの場に引き出してくる?

 しかも。

「竜皇の巫女とは、どのような務めを果たせばよろしいのでしょうか」

 巫女姫の務めもわかっていない。

『年に四度、各神殿に降りる際に同行し、神託を告げるのが主な役目。私の城に住まうことになり、親子親類縁者を含め、人の世との関わりの一切を絶つことになる。竜である私と会話を交わすことが出来、人と交われない孤独に耐えることが出来るのであれば、務めは果たせるだろう』

 間違ってはいない。

 しかし、最も大切な事は伏されている。

「私を、竜皇様の巫女としてお仕えさせてください」

『それは、本心か?』

「はい」

 迷いのない、真っ直ぐな目で、頷く少女。

『ならば、其方を我が巫女とする』

「はい。ありがたき幸せにございます」

 裾をつまんで、深く一礼する少女。

 あの時。

 私には、他にも選択肢を示せたのではなかったのか。

 

 それよりも何故、最も大切な役目を伏せたのだろうか。


竜皇どころか、狼にも疑惑があったり。

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