表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
番外編
37/41

開かれた籠の鳥 2

竜皇視点。シエル編1部「赤と黒の眷属1~3」あたりの裏側です。

 鳥は、空へ。

 獣は、野へ。

 それならば――人は、里へ。


 


 いつものように、朝起き出してきて、幸せそうな顔で朝食を頬張り、いつものように皿を睨み、食後の紅茶をのんびりと満喫している少女に、話を切り出した。


『行儀見習いに行ってきなさい』


 唐突に切り出した話に、少女は何事かとこちらを見た。

「ぎょーぎみならい?」

 そして、カップを両手で持ったまま、首を傾げる。

『そうだ。わかるか』

 まさか行儀見習いくらいは知っているかと思ったが、わからないのだろうか。

 少女は暫し考えこみ、ああ、と頷いた。

「うん。神殿とか偉い人のお家に、勉強に行くことでしょ?」

 そう言って、のんびりとカップを口に運び。

「私、神殿に返されちゃうのぉっ!?」

 はたと気が付いたように、珍しく大きな声を上げて立ち上がる。

 余程慌てていたのか、普段ならば有り得ない事に、カップをテーブルに叩き付けるように置き、その勢いでカップが倒れ、テーブルクロスに赤茶色の液体が広がった。

「きゃぁぁぁっ!」

 こぼれ出たカップの中身に、転がるカップの姿に、そして、白い布に広がる赤茶色の染みに。視線をめまぐるしく動かしながら、困惑して声にならない悲鳴を上げ続ける少女に声を掛ける。

『……落ち着け』

「だってだって神殿に紅茶がカップでテーブルクロスをっ!」

 相当に混乱しているらしい。


『落ち着けというのに』

 なだめるようにもう一度言い、精霊にテーブルを片付けて、紅茶を入れなおす様に指示する。

「だってぇ……」

 じわりと潤んだ眼が、私に向けられる。

 どうやら『神殿』は予想以上に、少女にとって禁忌の言葉であったらしい。

『誰も神殿に戻すとは言っていない』

 その点は、まず、誤解を解かなくてはならないだろう。

「神殿じゃないなら、どこ?」

 少し落ち着いたのか、大人しく席に着き、入れ直させた紅茶に口を付け、聞き返してきた。

 心なしか、わずかに青みのある深い緑の瞳に、不安そうな色がうかがえる。

 神殿に拾われる以前の記憶がないのならば、少女の知る場所は、神殿と門前町の一部、それにこの城くらいのもの。不安になるのも仕方がない。

『巫女の眷属の話はしたと思うが』

「うん」

 確認すると、少女は頷き返してきた。


 巫女の眷属。

 竜皇の巫女姫に仕える者。

 巫女姫と、人の世の、神殿とはまた違った接点となる存在。

 その役割は、巫女姫の衣食の世話を中心に多岐に亘り、単なる主従関係では説明しきれぬ、重要な支えとなる。故に『眷属』

 人の中で、巫女姫の次に、巫女姫を例外とするならば、四方神殿の神殿長たちよりも、私――竜皇に近しい者だと言える。


『今いる巫女の眷属の名はソイエ。身分はフルヒリング王国プリマヴェーラ女公爵』

 以前はもう一つ、長く代々巫女の眷属を努めていた一族がいたが、それも絶えてしまい、現在では、眷属はこのプリマヴェーラのみとなっている。

 巫女姫を迎える気などなかった為、巫女の眷属の必要性も感じていなかったが、万が一の折に、依るべき相手が一つに限られるのはあまり好ましくないか。

 しかしそれも、わずかな間の事だ。

 恐らく、そのような心配など、抱く必要はなくなるだろう。

 少女は暫し考え込むと、記憶の糸がつながったのか、尋ねてきた。

「竜髄石を持ってる人?」

 驚いたことに、少女でもその名を知っているらしい。

 確かに、様々な意味で、広く名が知られているようだが。

『竜髄石は、巫女の眷属の証として与えた物だ』

 竜髄石は、竜皇が人に下賜する物。

 神代の竜の骨が宝石と化したものだとも言われるが、実際の正体はよくわからない。

 確かなのは、この北の果てにしか存在せず、眷属にしか掘り出せぬものであるという事、それに、石そのものが強い魔力を持っている事。心の弱い人間であれば、目にしただけで正気を失いかねない程に。そして、長く石を身につけていると、石の放つ魔力が所有者に蓄積し、魔力を持たせる事ができる。

 その為、竜髄石は小さな国と同等の価値を持つとさえされるらしい。故に、所有していることを明かせば、竜髄石を求める者に命を狙われることも多い。正当な所有者から無理に奪い取れば、石の力は弱まるが、それでも人の身には過ぎたものだろう。




『まず、監視役に会わせよう』

「監視役?」

 少女が、何故監視されなくてはならないのかと、わずかに不満気な表情を見せる。

『巫女の眷属としてふさわしくあるかを、監視する者だ。その地位を私利私欲の為に使わないか、役目を果たせるだけの人格であるか、財力があるか。そう言ったものを見極めるために、置いている』

 基本的に、竜髄石を渡す相手は、竜皇と何かしらの関わりがあった人間。全てが巫女の眷属になるとは限らないが、竜が人の世に関わらねばならぬ時には、緩衝役となることを約束するものだ。

 巫女の眷属であるならば、巫女を預けるに値する人格のものであるか、巫女の世話をするだけの財力があるかを。そうでなくとも、竜皇が人の世に干渉するときに、間に入って世界に影響を及ぼせる程度の地位を持っているか、などの条件が必要となる。

 尤も、石を渡した時点で、その全てを兼ね備える者は珍しい。大抵は、人格以外については、石を預けた後に、得ていく事がほとんどだ。

 それ故に「竜髄石を持つ物は、王になれる」とも言われている様だが、それは根本が間違っている。

 竜髄石を持つが故に、王になるのではない。

 王になる素質が有る者だから、石を託す相手たりえるのだ。

『竜髄石を守らせるためのものでもある』

 それでも、竜髄石を悪用されることは避けなくてはならない。監視者を置くのは、その為でもある。

「人は? 守ってくれないの?」

『人間同士の諍いには、一切関知することは無い。それが、人と、神の眷属との間の掟だ』

 少女は、やや納得がいかないような顔をしている。

 しかし、これは不文律でありながら、絶対的な掟。

 巫女の眷属が人の諍いの中で命を落とそうと、それが予見できようと、基本的に手出しすることはできない。

 冷酷だと言われようが、その程度の者には、巫女の眷属たる資格がないと切り捨てる事になるのだ。




 広間の奥、一段高くなった玉座に座り、少女を呼ぶ。

 前足の爪の上が、神託や謁見の際の、巫女姫の定位置。

 この少女を此処に座らせる事はもう、恐らくないだろうが。 

『ウォレフ』

 正面の入り口に向かい、声を掛ける。

 扉が開き、入ってくるのは一見すれば人間の青年。 

 本性は漆黒の狼。プリマヴェーラ一族の監視役を、数十年任せている。

「参上いたしました」

 人間のように膝を付いて、私に一礼をすると、足元の少女に目を向ける。

 そういえば、直接会わせるのは初めてだったか。

「巫女姫様には、初めてお目にかかります。北東の守護、黒狼の一族、現在は巫女の眷属の監視役を務めております、ウォレフと申します。御見知り置きください」

「はい」

 少女は、戸惑ったように短い返事をすると、私を見上げてきた。

「こくろうって?」

『狼だ。漆黒の狼』

 答えるが、怪訝そうな顔で、ウォレフを見ている。

『眷属は、人に近い姿と、獣に近い姿を併せ持つ』

 それは教えたはずだが。

 確かに、ウォレフの姿は「人に近い」よりも「人間そのもの」であるかも知れないが。

 いや、それよりも。


 その期待に満ちた眼差しは、何だ?


 ウォレフを見やると、わずかに困惑した表情を返してきた。

『……狼が、好きか?』

 そういう問題ではない気もしたが、問いかけてみる。

「本物見たことないのっ」

 確かに、この少女は好奇心が強く、何度か神獣などを呼び出したことはあるが。

『……だ、そうだが』

「巫女姫のお望みでしたら」

 やや投げやりに言うと、諦めの混じった答えが返ってきた。 

「では、御前ですが、失礼申し上げます」

 そして、男が狼に姿を変える。

「うわぁっ」

 少女の口から感嘆の声が上がる。

「竜皇、あのねっ」

 次に来る言葉は予想ができた。

『……好きにするといい』

 少女は真っ直ぐに狼に近づくと、毛並みを撫で始める。

 何故かひどく楽しげだ。

 やはり鱗よりも毛皮の方が好きなのだろう。


『面倒をかける』

 少女には聞こえない、魔力を介した声で会話を進める。 

『……慣れています』

 達観した響きに、日頃の苦労の片鱗が伺えなくもない。

『ところで、本当によろしいのですか?』

『何か、問題があるのか?』

 現在のプリマヴェーラの主はソイエ。直接会ったのは、代替わりをした十年前になるか。

 この数年でフルヒリングの国情を安定させた、現在は大陸でも相当に名の通った存在である。

 代替わりした時の事情から、監視役のウォレフが人の姿で付いていた。そして、禁忌に触れるのを承知で、今でも人の姿で傍らに在り続けるだけの相手でもあるのだろう。

『……何を問題とするかによりますが』

 歯切れが悪い。

『巫女姫に人の世を学ばせるのが目的であるならば、他に巫女の眷属がおりませんので、仕方がありませんが』

『身分も、地位も、問題はないと思うが』

 何よりも、まだ若い女であることが、少女にとっても馴染みやすいだろう。

『……何よりも、本人の性格に大きな問題が』

 それは。

『自分の女の趣味が悪いという事になるが』

『何とでも。とにかく、異議を唱えましたことは、記憶に留め置かれますように。後々に、私に責任を求められても困ります』

 投げやりに聞こえるのは気のせいか。

『何よりも、これだけ純真な方は非常に稀です。あえて、世俗に汚されることはないと思いますが』

『純真であることと、無知であることは、紙一重ではないのか?』

 確かに、このまま巫女姫として置く分には、人の世の事など知らぬ方が良いのかも知れない。

 しかし。

『まだ幼い。巫女姫となる事の重さを知った上で、選択ができるだけの判断力があるとは思えぬ』

 狼の毛並みを撫でている少女を見る。

 巫女姫となる選択をしたものの、その存在の重さを恐らく理解できてはいないだろう。巫女を選ぶ儀式の最中に、役目を問う事自体がその証拠。故に、答える時に、非常に大きな役割を、あえて伏せた。

 そもそも、少女には選択肢がなかったのだ。

 巫女姫となるか、身を寄せるあてもないまま神殿を出るか、という選択しか。

 本来ならば、あと四年は神殿に身を預けておくべきだ。しかし、先の神殿長ならばともかく、現在の北神殿に預けておくことは、できなかった。巫

 女姫の役割を知りながら、年端もいかぬ少女を儀式に臨ませるような神官達に、信用を置くことはできない。

『歳満ちるまで、養育を任せる』

『皇、それは……』

 その間に、人の世の楽しみを知るだろう。

 ひなびた地に、人ですらない者とともに在ろうとは、考えなくなるだろう。

 恐らく、それでよいのだ。

『……後悔、なさいませんか?』

 するかもしれぬ。

 だが。

『鳥は、空を飛ぶものであるそうだ』

 このまま、少女に巫女姫の責務を負わせても、きっと後悔するのだろう。 

『ならば人は、里に在るべきものだろう』


  


『シエル』

 名を呼ぶと、少女が顔を上げ、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 頭を床すれすれまで下げ、迎える。

「なに?」

『行ってくるがいい』

「いまから!?」

『そうだ』

 急な話に驚くのも無理はないが。

「巫女の眷属の方には、巫女姫をお迎えする準備はできております」

 ウォレフは人の姿に戻っていた。何かと不満があるようだが、命令には忠実だ。

「いつまで?」

 何気ない問いに、一瞬、言葉が詰まった。

『――ある程度の知識を身につけてくるまで、だな』

 何を言い訳じみた事を言っているのだろうか。

「ある程度って?」

『少なくとも、貴族の子女程度の、教養と知識、所作を』

 行儀見習いらしい事を並べてみる。

「途中、帰ってきても、いいよね?」

 まさか、そんな言葉が出てくるとは、思いもしなかった。

『――そう、したいのならば』

 視線で、軽くウォレフを促す。

 既に広間の隅にある鏡の前に立っていたウォレフが、物言いたげな表情で頷き、穏やかに少女に声を掛ける。

「では、巫女姫、参りましょうか」

「鏡?」

 今まで布をかけて隠していた為に、気が付いていなかったらしい。

『空間を繋ぎ、離れた場所へ移動できる魔法がかかっている。今は、フルヒリング王国の王都にあるプリマヴェーラの館につないでいる。あの鏡を通り抜ければ、よい』

 魔法に触れた事などないのだろう。

 首を傾げる少女を促す。

『行くがいい』

 恐らく、戻ることはないだろうが。

「うん」

 だというのに、少女は私の鼻先に両手を広げて抱きついてきた。

「行ってきます」

 そして、何度か振り返りながら、鏡の前に立つウォレフの元へ向かう。

 初めて見る魔法にうろたえ、振り返ろうとする少女を止めさせる。

「参りましょうか、巫女姫」

「あ……はい」

 ウォレフは最後に、やはり物言いたげな視線をこちらに向け、少女を連れて鏡の中へ吸い込まれていった。




 これでよい。

 ただの鏡に戻ったその面に映るのは、薄暗い広間。

 広間を満たすのは、音を立てる者も、声を上げる者もない、静寂。

 つい先程とは、少女の姿が消えただけだというのに。火の消えたような、とはこのようなことだろうか。

 例えその姿が広間になくても、その存在がこの城の中にあるというだけで、城の空気は和み光が満ちていたようにさえ思える。

 だが。

 これでよいのだ。

 これが、本来あるべき、竜皇の城の姿。

 世界にただ独り、最後に残された神。

 この世に生まれ出たときから、大陸を守護することを運命付けられた、誰よりも強力な力を持ち、同族もない、唯一の存在。

 穏やかさも、輝きも必要はない。

 必要な物は、威厳。

 親しむべき存在ではなく、畏怖すべき者。

 竜皇とは、そうでなくてはならない――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ