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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第三部
33/41

巫女姫シエル 4

 広間の扉の前に立っている護衛の騎士が、私を見てあからさまにほっとしたような顔をした。

 閉まったままの扉を通しても、なんとなくイヤ~な感じがただよっている気がする。確かにここにずっと立ってるのは辛いかも。ということは、中の人たちはもっと大変なんだろうな。

 副神殿長を見ると、騎士に扉を開けるように声をかけてくれた。

 扉が開くと、広間の視線が一気にこちらを向く。今にも逃げ出したそうな雰囲気の人もいるけど、とりあえず誰も動かない。

 入り口から真っ直ぐ奥を見ると、儀式の間につながる大きな扉と、その先にいる竜皇が見えた。

 足が止まった副神殿長を置いて、広間にいる人たちが左右に分かれて道を空けてくれたところを早足に歩いていく。

 進んでいくと、さっきの神殿長候補の二人が床にへたりこんでるのが見えた。

「お帰りなさいませ」

 声をかけてくれるファエルさんに一旦立ち止まって軽くあいさつすると、一段高くなった場所へ短い階段を上がり、竜皇のそばに行く。


「竜皇ただいまーっ」


 竜皇の鼻先に軽く抱きつく。

『お帰り』

 特に変わった様子は、ないこともないけど、とりあえずさっきみたいな機嫌の悪い感じはしない。

「お話は終わったの?」

『話し合いになどなっていないと言うのが正しいな』

 じゃあ、ずっとこういう居心地の悪い状態だったんだ。

 ……ちょっとのんびりしすぎちゃったかな。

『帰ろうか』

 ちょっと待っておみやげ受け取ってこないと。

 竜皇から離れて振り返ると、広間の人たちがなんか変な目で私を見ていた。東西南の神託をうける神殿長と女神官長はの三人だけは、ちょっとだけ苦笑いしているけど。

 あ、周りに人いたんだった。うっかりふつうに竜皇と話してた。

 でも、そんなに変な目で見なくてもいいのに。

 遅れてきた副神殿長が持って来た箱は、南神殿長が受け取って持ってきてくれた。そうかぁ、副神殿長は上に上がれないんだ。




 とりあえず関係者が全員戻ったのを確認して、ファエルさんが口を開く。

「竜皇様、巫女姫様へ北神殿長の人事につきましてご報告申し上げます」

 そこで言葉を区切って、床にへたりこんでいる二人を見た。

「一度白紙に返し、改めて選出し直すこととなりました。方々、よろしいですね」

 さらに確認するように、ファエルさんたち三人が中央神殿の偉いおじいさんに顔を向けると、ものすごく渋い顔で返事があった。

「本人たちが辞退するというのであれば仕方がありませんな」

「四方神殿の神殿長が長く不在というのは望ましくありません。ともに竜皇様、巫女姫様にお仕えする身として、しかるべき修養を積まれた方の登用を願います」

 また選び直しなんだ。大変なんだなぁ……。


『中央神殿に告ぐ』


 不意に竜皇が言った。

 広間の空気が緊張で張りつめ、神官達が自然と膝を付く。

『竜皇が何故中央神殿に降りぬか、今一度思い返すが良い』

 竜皇の言葉が重く響いていく。

『うぬらが神の名を騙り、為してきた諸々の行い、これまで咎め立てされずにいたことを僥倖と知るが良い』 

 重苦しい沈黙。

 私はどうしたらいいのかなぁと困っていると、竜皇が動いた。

『帰るぞ』

 そう言って足音も立てずに、儀式の間の奥……というかテラスの端の、普段降り立つ場所に戻って行く。

 私も行かないと。

 神殿長達を見ると三人とも立ち上がった。

「お見送りいたします。副神殿長、こちらの大きな扉は閉めてください」

 ファエルさんの指示で広間が動き出した。




 私と、三人の神殿長が儀式の間に移動すると、竜皇はいつもの神託の時のように座って待っていてくれた。

 南神殿長が持ってくれていたお土産の箱を受け取って竜皇の足元まで行くと、ため息で風が吹く。

『……またそれか』

 うん、お菓子。

「遅くなってごめんなさい」 

『かまわない』

 神殿長達を振り返る。そう言えば、アマリルさんがあいさつ以外ずーっと黙ったままな気がする。

 視線を向けると、気が付いたのかなんだか泣きそうな顔をしてる。

「力至らず、このような大事になりましたこと、お詫びの致しようもございません」

 深々と頭を下げられるけれど、なんで謝られるのかよくわからない。

『巫女姫の出自を争うきっかけになったのが西神殿なのだろう』

 竜皇が言った。

 ああ、そういうことか。

「人の諍いは人同士で治めます。竜皇様には今暫くのご猶予を頂きたくお願い申し上げます」

 どちらかというと穏やかな感じのアマリルさんなのに、今まで見たことがないくらい肩に力が入っていた。

『よかろう』

 竜皇が短く答える。

 話は終わってるみたいだけど、さっきからなんだかおかしい位に張りつめているアマリルさんが気になって声をかけた。

「あの、あんまり無理しないでくださいね」

 実際に何をやろうとしているのかわからないのに、こういうこと言うのもあんまりよくないのかもしれないけど。

 声をかけると、少し驚いたような顔をした後、やっぱり半分泣きそうになりながら深々と頭を下げられた。

「ありがとうございます」

 大丈夫、かなぁ。

 ちょっと気になるけれど、竜皇に呼ばれて帰ることにした。




 神殿が小さく見える位に離れてから、竜皇に向かって話かける。

「なんか、大変なんだね」

『人間同士が勝手にややこしくしているだけだがな』

 そういうものなのかな。

 お姫様だとかお嬢様だとか言われても全然実感わかないし。

『北神殿の副神殿長は何か言っていたか?』

「別に何も。あ、神殿長様の形見分けってもらって来ちゃったんだけど大丈夫?」

 今からダメだって言われても困るけど。

『何を?』

「紙入れって言ってた。前にもらったペンと組になるものだからって」

『そうか』

 竜皇はそれ以上何も言わないから、問題はなさそう。

 帯に挟んておいたものを取り出してしみじみと見る。

 銀の地に細かく花の模様を彫り込んである。花は二種類。花びらの多い丸い花と、花びらが五枚の花。丸い花は、ペンに彫ってあるのと同じ野菊。花びら五枚の花は、キイチゴではないみたいだけど、どこかで見たような気もする。なんだっけ。とりあえず、秋の花と、春の花だ。

 別に持っていたペンを、鎖の先についた金具に差し込むと、ぴったり収まった。

 きれいだけど、開かなくて使えないのは残念。開かないかなぁ。

 もう一度金具に手をかけてみると、さっきとは違う手応えがあって、ちょっと堅いだけであっさりと開いた。

 中には、二つ折りにした紙が一枚。

 広げてみると、絵が描いてあった。肖像画だ。若い男の人と女の人。ペンでざっくり描いただけだけど、すごく上手だ。


 この人たちは誰だろう。

 知らない。

 ――けど。


 視界がにじんだ。

 紙に滴が落ちて、あわてて目元をぬぐう。

 絵にはかかってなくて安心した。

 改めて絵を見る。

 女の人の髪は多分黒。結って飾りをつけているけど派手なものじゃない。そして、よく知ってる人に似てる。

 男の人の髪は書き込み方からすると、あんまり濃くない色なんだろう。二人とも服はあんまり描き込まれてなくて、むしろ簡素な感じがするくらい。

 でも、二人とも顔立ちがきれいという以上に育ちの良さというか、気品を感じる。

 そして。

 知らないはずなのにものすごく懐かしい気がする。

 知らないんじゃなくて覚えていないのかもしれない。

 忘れちゃいけないことを忘れているんだと思う。

 でも、思い出した方がいいのか、忘れたままでいいのかよくわからない。

 紙の裏を見ると、何か文字が書かれていた。でも読めない。

 つづりが違うんじゃなくて、使っている文字そのものが違う。どこの言葉だろう。竜皇に見せたらわかるかな。でもこれ、竜皇に見せてもいいのかな。

 この絵は誰が描いたんだろう。このペンと紙入は誰のものなんだろう。

 神殿長様はこれを知ってたのかな。副神殿長は本当に中身を見てないのかな。

 疑問がいくつも頭のなかでぐるぐるする。

 私はどうしたらいいんだろう。




 気が付くともうお城に帰り付いていて、竜皇は竜のまま黙ってそばに寝そべっていた。

 カゴの扉は開いていたので、外に出て竜皇を見上げる。

「ねえ、竜皇」

 竜皇が目を開けた。

「竜皇は知ってた?」

 なにを、というよりきっと全部を。

『……』

 竜皇は押し黙った。

 多分すぐには答えてくれないだろうなとは思ったから、じっと返事を待つ。

『……知らなかったと言えば、それは偽りになるのだろうな』

「そうなんだ」

 竜皇の力を使えば、私が本当は誰なのかくらい、簡単にわかるものだったのかもしれない。

「他の人も、知ってるのかな」

 ソイエさんとか、ベルタさんとか。

 だから優しくしてくれるのかなって。

『あの者達の考えることまでは知らぬが』

 竜皇は息をついて続けた。

『何度も言うようだが、お前が何処の誰の娘であろうと私にとっては何の意味もない』

 うん。それは何回も聞いてるしわかってる。

「でも、何か思ったでしょ?」

 会ったことがあるのかどうかまでは、わからないけど。


『……はめられた』


 ぼそっとつぶやいた声はよく聞こえなかった。

「なに?」

『いや、なんでもない。ただ、今となってはお前が誰の娘であろうと関わりの無いことだ』

 それはわかってるんだけど。

『人間でも、生家のしがらみを持ったまま嫁ぐ者は多いが、同時に生家から切り離される者も多い。嫁げば二度と生家には帰れない者も多いだろう』

 それはそうだけど。

「なんでお嫁さんの話なの?」

『……』

 竜皇は少しの間黙り込むと、細く、長く、深ーくため息をついた。

『いい加減そろそろわかっているかと思ったのだが』

「なにが?」

『巫女姫というのは、どういう存在だと思う?』

 改めて聞かれても。

「竜皇の神託をみんなに伝える人でしょ?」

『それだけならば、神殿長で済む。実際、巫女姫のいない時期も長い』

「じゃあ、竜皇といっしょにいる人のこと?」

『そうなるな。通常、生涯を共にする者を伴侶と呼ぶ』

「うん」

『そして、伴侶になることを誓う儀式を婚礼と呼ぶ』

「うん。それは知って……あれ?」

 巫女姫は竜皇といっしょにいる人で、一生いっしょにいる人で。つまり、ええと。

『竜は神の座につながるとはいえ不老不死の存在ではない。人より寿命は遙かに長いが、世代交代する』

「うん」

『つまり私にも両親がいた。先代の竜皇と、その巫女姫に当たる』

 先代の竜皇が竜皇のお父さんで、先代の巫女姫が竜皇のお母さん。

 ということは。


 ……。

 …………え。

「えええええええ?!」


 思わず口をついて出た声が意外に大きくて自分でも驚く。

 竜皇はなんかがっくりした感じで小さくぼやいた。

『……本当にわかっていなかったか』

 言われてみればそんな感じのことを、聞いたことがあるようなないような気はするけど。

「偉い神官って結婚しない人が多いし、巫女姫もそうなんだと思ってた」

 特に、女性の高位の神官で結婚してる人は北神殿ではみたこと無かったし、ほかの神殿でもほとんど変わらないはず。

『別に神官の結婚を禁じたことなど無いのだがな』

 竜の姿で一つ伸びをすると、竜皇は人の姿になった。

「別に今すぐにどうのということでもない。頭の片隅にくらいは置いておきなさい」

 いつも通りに私の頭をなでてくれる。

 でもこっちはいつも通りではなくて、ええと。

 ええと。

 どうしよう……。

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