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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第二部
27/41

のどかじゃない春の日

 竜皇に運ばれて東に飛んで行くと、青い水平線が見えた。

「海だー」

 でも、冬に遊びに行った南の海とは少し色が違う。

 南は少し緑がかっていたけど、こっちは本当に透き通る青だ。遠く、海と空の境目が溶け合ってぼやけている。

『東神殿は海沿い、岬の上にある』

 海の上に影を落としながら、竜皇が飛んでいく。

 今日は春の紫の日。これから大陸の東、フルヒリング王国のさらに東の端にある東神殿への神託に行くところ。

 左手に海。右手はほとんどが白い崖になっていて、森が海のすぐそばまで迫っている。砂浜もあるけれど大体は狭くて、低い土地はあまりない。海の中には岩場がちらほらと見える。

『この辺りは眷属の土地だ。もう少し南に進むと、人との共有区域になる。人の間ではそのあたりからプリマヴェーラの領地とするらしい』

「ふうん。あれ?」

 海の水に囲まれた大きな岩の上に、何かがいるのが見えた。

「竜皇。あそこにいるの何?」

 遠くてよく見えない。でも人ではないし、魚は水から出ないと思う。

『眷属だな。海豹属だ』

 かいひょう?

『水の中に棲んでいる獣の姿を持つ眷族だ。獣の姿になると、手足はヒレになり、体型は丸々太った魚に近いが、毛皮がある。』

 太って毛が生えてる魚? ちょっと想像がつかない。

『性格はさほど荒くはないが、あまり人間に友好的ではない。同じ姿の普通の獣もいるが、そちらは人間にとって狩りの対象だ。時折獣の姿を取っていた眷属を傷付けて、揉めることになる』

「見分けつかないの?」

『魔力を見ることの出来るものならば、見分けがつくだろうが、そんな人間は稀だからな』

「いっしょに暮らすのも大変なんだね」

 獣の姿でのんびりひなたぼっこしてたら、いきなり矢が飛んできたりとかはイヤだなぁ。

『さて。そろそろ着くが、神託の内容は大丈夫か?』

「うん」

 神託の内容は、春先、ちょうど今頃は少し雨が多いけど、あとは特に変わったことはない、というもの。多分豊作。だけど、竜皇は豊作とか凶作とかいう言い方はしない。どんなにお天気が良くても、ちゃんと畑を耕して手入れをしなかったら作物は取れないし、逆に多少天気が悪くても、収穫を増やすために努力できることはあるから。

 特に難しい内容じゃないから、神託は大丈夫。

 それは大丈夫なんだけど。

 手鏡を取り出して、一応身だしなみを確認。

 エリはゆがんでないよね。髪飾り曲がってないよね。別に猫背じゃないけど背筋伸ばさなきゃ。すそふんじゃったらどうしよう。

 息吐いて、吸って、深呼吸して。

『神託も三度目だ。もう馴れたものだろう』

 がちがちになっている私を見て、竜皇がなだめるように言ってくれる。

『特に難しい内容は無かったと思うが』

「神託は大丈夫なんだけど」

『何か不安が有るのか?』

「……うん」

 うなずいて竜皇を見上げる。とはいっても、乗っているカゴを竜皇が前足でつかんで運んでくれているから、首の辺りしか見えない。

 特に視線を動かさなくてもちゃんと会話が出来るのは知っているけどなんとなく。

「ソイエさんにね、東神殿の神殿長がどんな人か聞いてみたの」

『ふむ。それで?』

「ものすごく厳しい人だって言ってたから」

 正確には「グレンと別れたベルタが二十年くらい仕事に専念して生きてきたというような外見に、サクラを五倍口うるさくしたような中身が入ってる感じ」と言っていた。

 前半はよくわからないけど、多分ベルタさんに似てるんだろう。

 問題は後半。

 サクラさんはソイエさんのお屋敷のメイド長で、私にとってはお作法の先生。とってもとってもとっても、厳しい。発音とか言葉遣いとか姿勢とか歩き方とか、それはもう、徹底的に直された。おかげで神託に行ってもなんとか見た目を整えることができるようになったから、それは必要なことで、すごくありがたいことなんだけど、とっても大変だった。

 ちなみにソイエさんもたまにいろいろ言われている。それの五倍って、どんなに厳しい人なんだろう。

『……確かにソイエとは気が合いそうにないが、それは単にあの娘が型破り過ぎるだけだろう。シエルならば特に問題はない』

 そう、かなあ。




 神殿は崖に沿って建てられていた。神託に使う儀式の間は海に面していて、下の方で崖に波が砕けてるのが見えた。

 竜皇が降りて、私の乗ったカゴも静かに下ろされ、外に出る。

 奥を見ると、神殿長が出迎える位置に、女の人が立っているのが見える。

 今回は大丈夫みたい。

 すそをふまないように気をつけながら、女の人に近づくと、お辞儀の角度までぴったりお作法通りの礼をされた。

「出迎えご苦労です。竜皇よりお言葉がございます」

「御行幸、心より御礼申し上げます。東神殿とその下に祈る者を代表し、私、東神殿の長アルカス・ファエルが謹んでお預かりいたします」

 ファエル神殿長は、見た所大体私の親の世代かその少し上くらいの年齢。細身のせいか、背が高く見える。黒髪に緑の瞳で、ソイエさんが言ってたとおり、ベルタさんに少し似てる。家名がアルカスで同じだから親戚なのかな?

 でも、顔立ちも目つきもきりっとしてて、確かにすごく厳しそう……。

 かしこまるファエル神殿長を前に、神託を伝える。

「左様で御座いますか。竜皇様の御加護を、東神殿とその元に祈る総ての者に代わり、御礼申し上げます」

 竜皇はなにもやってないって言ってるけど。

 今回の神託は平和なないようだけど、もし日照りとか大水の神託だったら、やっぱり恨まれちゃうのかな。

「巫女姫様におかれましては、他の者達へも御神託をお授け戴けますでしょうか。ささやかでは御座いますが、おもてなしの席も用意させて御座います」

 言葉はていねい。だけど、抑揚が最低限ですごく無感動に聞こえる。それに返事をする前に竜皇を振り返る。

『行っててくるといい』

 一応確認してから、ファエル神殿長に向き直って答える。

「わかりました」

『有り難く存じます。ではこちらへおいで下さいませ』

 神殿長に付いて歩き出す。

 あ、段差上るのね。すそ注意、すそ注意……。

 ……踏んだ。

 ほんの少しだけ足を止めて、ちょっとすそを持ち上げて、何事も無かったことにしたいけど、神殿長も立ち止まってるっていうことはきっと間違いなく気が付かれてる。特に何も言われず、そのまま歩き出したけれど、背中を冷たい汗が伝う。

『気にすることはない』

 もう姿は見えないけど、竜皇が直接頭の中に響く声でなだめてくれた。そうは言うけど、絶対に気にされてると思う。

 ここからは失敗しないように頑張らないと。

 広間に行くと、神官がずらりと並んでいる。今は、服を見ただけで大体の位がわかるようになった。みんなかなり位の高い人たちだ。

 神託を改めて伝えると、安心したように息をつくのが聞こえた。

 私もこういう神託なら伝えやすい。

 緊張してちょっと舌が回らなくてかんだけど。

 何だか、今回失敗ばっかりだ……。

 それが終わって、他の神殿と同じように、贈り物が運ばれてくる。

 でも何だか、内容が大分違う。西神殿と南神殿では、小物とか、細工物とかがいろいろあったけど、運ばれてくる品物は、巻いたままの布地とか、袋詰めの砂金とか磨いただけでごろんとしてる宝石とか。

「東神殿では、供物の種類をある程度限定しております。御入用の品がございましたら、改めて御用意いたします」

 そう言うけど、特に欲しいものもない。

 というか、この状況でこれが欲しい!って言うのはとっても勇気がいると思う。私にはちょっとできない。

「ではこちらの品は神殿の財に。管理はファエル神殿長にお願いします」

「承りました」

 目録を渡して、形式通り終了。良かった。これは大丈夫だった。

「おもてなしの席を用意させて御座いますが、お受け戴けますでしょうか」

 どうしよう。帰りたい気もするけど、そう何回も断る訳にもいかないし。

「わかりました」

 失敗しませんように。



 

 通された部屋には、三人の女の子が待っていた。服は巫女の正装。竜皇の巫女選びに出るために修行していた人たちなんだろう。

 巫女姫が選ばれてしまったあと修行中だった巫女はどうするかというと、神殿に巫女姫が来たときのお世話係になる。行儀見習いとして来ていた人は、ある程度の年齢になったら家に帰るし、神殿に残る人はそのまま四方神殿の神殿長を目指す修行に入ったりいろいろ。

 でも。お姉さんたちの視線がちょっと痛い。

 実際巫女選びの儀式に立つか、って言われたらきっとイヤがって他の人に押し付けたりするんだろうけど、私を巫女姫として扱えっていうのも納得できないんだろう。ちっちゃいし。貴族とかいいお家の出じゃないのは知れわたってるし。下働きだったとは言われないみたいだけど、年齢からいって、ちゃんとした巫女じゃないのはわかるし。

 案内された席に着くと、テーブルの上には軽食やお菓子、果物が並んでいる。とってもきれいでおいしそう。

 薄くてさくさくの薄い焼き菓子とクリームを重ねたやつ大好きなんだけど、きれいには食べられない。というか、明らかに一人分じゃない大きさだし。

 果物はなんでむいてないんだろう。たくさん切ってあっても食べきれないからムダになるけど、切って下さいって頼める感じの人たちじゃないし。

 ……こまったなぁ。

 でも出されたお茶はすごくおいしい。お茶だけ飲んでさっさと帰ろう。

 器の半分くらい飲んで、テーブルに戻そうとしたら、手元が狂って受け皿の上にうまく乗らなかったみたいで傾いた。

 うわぁあ、こぼれるっ!

 思わず目をつぶる。

 巫女たちの忍び笑いが聞こえて、そして押し黙った。

 倒れる音がしないのでおそるおそる目を開けると、間違いなくこぼれるくらい傾いた器はその状態で止まり、ふわりと浮き上がって勝手に受け皿の上におさまった。

 巫女たちはなんだか引きつった顔で、こちらを見ている。

『やれやれ』

 ため息混じりの竜皇の声が聞こえた。

 竜皇ありがとう。なんかもう、失敗ばっかりだからもう帰ろうかな。

『気にすることはない。食べてくるといい』

 うーん。……そうだね。開きなおりって大事だよね。

 でも、何人もに見られながら一人だけで食べるのっていやだし。果物このまま出てるってことは、自分で切りながら食べるんだろうけど、ソイエさんのお屋敷では切ってもらったのしか見たことないから手順わからないし。お手本見せてもらえるとうれしい。

 あ、そうか。

「よろしければ、みなさんもご一緒にいかがですか?」

 声をかけると、巫女のお姉さんたちが固まった。

 あれ。こういうこと言っちゃいけなかったのかな?

 ファエル神殿長を見る。

「いけませんか?」

「巫女姫様のご希望とあれば。皆さん、巫女姫様の御配慮です。有り難くお受けなさいませ」

 イスは三つあるし。あ、神殿長立ったままか。

「私のことはお気遣いなく。皆さん、巫女姫様に取り分けて差し上げて下さい」

「見慣れないものばかりなので、食べ方が良くわからないのです。教えていただけませんか?」

 よし、こう言っておけば多少失敗しても大丈夫。

 だけど、なんだかお姉さんたちの動きがぎこちない。お互い視線を交わしながら、なかなか動かない。一人が意を決したように刃物を手に取り、お菓子を切ろうとして……無残につぶした。

 あ、あああ。まぁ、味は変わらないからそれでもいいけど。元がそうなっちゃっていれば、きれいに食べられなくても問題ないし。

 本人は悔しそうにうつむいて歯を食いしばってるけど。

 果物を手にした人からは小さく悲鳴が聞こえた。指を押さえているところを見ると、切ったらしい。

 そんな二人を見て、もう一人もうろたえている。

 え、えーと。どうしたらいいんだろう。

 もう一度神殿長を見ると、冷たい視線を三人に向けて、それから少し和らいだ表情で私に向き直って言った。

「申し訳ございません。巫女姫様の御前で緊張しているようでございます。別なものを運ばせましょう」

 私は崩れたお菓子でも平気だけど? あ、でも血が付いた果物はちょっと困るかも。新しい物持ってきてもらうのも悪いし、帰ろうかな。

「それには及びません。竜皇をお待たせしておりますし、戻ることにします。無理を言って申し訳ありませんでした」

 そう言って立ち上がる。

「ご無礼を申し上げ、お詫びの言葉もございません」

 神殿長が深々と礼をする。そして、神殿長から強い視線を送られ、巫女たちもそろって渋々と頭を下げた。それほどたいしたことじゃないと思うけど。

「案内をお願いします」

「畏まりました。こちらでございます」

 部屋から出て行く間も、巫女たちににらまれていたような気がする。

 私、何かおかしなことやっちゃったのかな。




 広間を通って竜皇が待っている儀式の間に戻る途中、神殿長の指示で少し大きな箱が運ばれてきた。

「お菓子を少しお包みしました。お口に合えばよろしいのですが」

 そういえば毎回お菓子のおみやげもらってる気がする。このまま定着しそう。でもまあいいか。

「ありがとうございます。いただいていきます」

 広間から先、神殿長と巫女姫しか歩けない通路を歩く。

「先ほどはご無礼申しあげました。巫女たちには相応の処分をいたします」

「そんなに大したことではないと思いますけど?」

 だって、緊張して失敗することくらいあるよね。それを許してもらえないと、今日の私はちょっとつらい。

「いえ、私の管理不行き届きでございました。巫女姫に非礼を働くなど、到底許されることではございません」

 だから、私、何もされてないけど。

「ところで。出すぎたこととは存じますが、作法はどちらで学ばれていらっしゃいますか? 神殿での修行はされていらっしゃらないとのことですが」

 う。やっぱりいろいろ失敗したの気になってるよね。

「プリマヴェーラ女公爵のお屋敷で見ていただいています」

 とりあえず短期集中講座で表面だけを取りつくろって、それから覚え切れなかったところを復習、という形を取っている。小さい頃から日々教えられてきたお嬢様たちに見劣りするのはしかたがないと思うの。追いつかなきゃいけないんだけど。

「差し出がましいようですが、巫女姫様は、イギエール教本の一章の五節と、三章、五章を改めて復習されるとよろしいかと思われます」

「……はい」

 イギエール教本は、神殿や上流の貴族が使うセンテル式のお作法の教科書。教本どおりにはやってないからどのあたりのことかわからないけど、ソイエさんとサクラさんに言っておこう。

「もしやと思うのですが、女公爵から何か、そうですね、私が行儀作法に厳しいですとか、そのような事がお耳に入っておりますのでしょうか?」

 えーと、その通りです。

 返事をしないのを、同意だと受け取ったのか、神殿長は続けた。

「廊下を走ったり、平然と柵を飛び越えたり、木登りをしたり、果ては殿方を殴りつけるようでは、周囲も口煩くなろうというものです」

 でもソイエさんの場合、お作法が出来ないんじゃなくて、出来てもやらないだけだから、そもそも私とは違うと思う。

「公爵としては有能な方では御座いますが、貴婦人としてはお手本になされませんようお願い申し上げます」

 竜皇もウォレフさんもみんなそう言うんだよね。私はソイエさんを目標にしたいくらいなのに。


 儀式の間に着くと、竜皇が不機嫌さ全開で待っていた。

 のんびりしすぎたかな。

 でも、竜皇は足元に戻る私にいつもどおり優しい目を向けた後、神殿長に向き直った。

『神殿長アルカス・ファエル』

 竜皇の声に応え、神殿長が最敬礼を取る。

「巫女姫に対する非礼をお詫びいたします。彼の者達には神殿より放逐いたしますが、元は私の監督不行き届きによるもの。いかなる処分もお受け致します」

 神殿からほうちくって、えっと、追い出すっていうこと? それに神殿長を処分って、何がどうなってそんな大変なことになってるの?

『巫女姫はどうする?』

「どうするって、何が? そんなに竜皇が怒るようなこと、何かあった?」

 竜皇と神殿長が黙った。

 あれ?

 しばらく黙ったあと、竜皇が口を開いた。

『……神殿長。神託に追加する』

「はい」

『春先の雨は、所により豪雨になる。己の行いを省みよと』

 ええ?! そういうことは先に言ってよ、災害の予告じゃない!

「確かに、お受けいたしました」

 神殿長は厳しい面差しのままでうなずいた。

『帰るぞ』

「え? あ、はーい。ではファエル神殿長、また来年お会いしましょう」

「はい。お待ち致しております」

 カゴに乗り込んで竜皇に持ち上げられ、深く礼をする神殿長に見送られて空に飛び上がる。

 儀式の間が小さく見える高さになってから、竜皇が納得いかないようすで言った。

『腹が立たないのか?』

「そういわれても、何のこと?」

 神殿についてからのことを思い返す。

 段差ですそを踏んでつまづきそうになって、広間で神託を伝えるときに思いっきりかんで、おもてなしの席ではお茶をこぼしそうになった。

 思い出すのは自分の失敗ばっかりだ。

『……籠が傾くから端に寄るのはやめなさい』

 ああ、カゴだからすみっこにいっても全然暗くない。

『気にしていないのならば良いが』

 何が竜皇の気にさわってるのかよくわからない。

 私、なにかされた?

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