竜皇のお仕事
いつも通りにソイエさんのお屋敷に行って、勉強を教わる。
歴史とかは竜皇の方が詳しいけど、今この時に起きていることとかは、ソイエさんや家庭教師の先生の方が詳しい。それにお作法は、きっちり見てくれる人がいた方がいいし。竜皇は、私がちょっと失敗してもかまわないって言うから。
決まった時間割が終わって帰る支度をしようとしたら、ウォレフさんに呼び止められた。
「姫」
「なんですか?」
「皇はお忙しいそうで、本日はこちらにお泊まり下さいますように、とのことです」
え、帰っちゃダメってこと? なんで?
初めてソイエさんのお屋敷に来た時の事を思い出す。あの時は、帰れなくて、竜皇にもいらないって言われたのかと思って……。
「一日二日の事ですので、どうぞご心配なく」
ウォレフさんはそう言ってくれるけど。
本当、だよね? ちょっと心配。
「珍しいわね。帰ってくるななんて。こっちに半日送り出すだけでもあんなに未練がましそうにしてるのに」
確かに、ソイエさんにしばらく預けられた後、夏の終わりに竜皇のお城に帰ってからは、こんなことなかった。
「眷属同士で少し揉めている所がありまして、調停されていらっしゃいます。外出もされる様ですので、姫を城にお一人で残す訳にはいかないと」
そうなんだ。
お留守番くらいできるって言いたいけど、いまだによく迷って竜皇に探してもらってるくらいだから、しかたがないのかも。
でも、そういえば。
「ウォレフさん以外の眷属に会ったことないですね」
人間みたいに国を作っているわけじゃないけど、竜皇は眷属の皇でもあるはず。
ソイエさんのお屋敷には、領地からのお使いやいろいろな相談に来る人も多い。竜皇の所にも来てもおかしくないのに。
「姫がこちらにお見えの間に面会されていらっしゃるようです」
「どうして?」
私がお城にいたら仕事の邪魔っていうことかなぁ。
「――ウォレフ」
そのまま話を終えようとしていたウォレフさんは、ソイエさんにうながされて続けた。
「……皇は眷属と面会されるときには魔力を抑えておられませんので、姫にはご負担になる為だと思われます」
説明してくれたけど、よくわからない。
「魔力が負担ってなんですか?」
問い返すと、ソイエさんがこんなことを言った。
「姫は、竜髄石を受け取ったあと、体調を崩されたりはなさいませんでした?」
「全然ないですよ」
「では、魔力に対する耐性が元から高いのでしょうね」
ソイエさんが胸元につけた竜髄石をなでる。
「竜髄石を身に付けると、石の持つ魔力にあたって体に変調をきたす者が多くおります。私も、これを受け継いだばかりの頃は、よく体調を崩しました」
「『魔力にあたる』、って、なんですか?」
問い返すと、ソイエさんは「そうですわね」と少し考えて言った。
「鍛冶屋はご覧になったことがございますか?」
かじや? ああ、でもなんで鍛冶屋?
「お鍋とか直してくれる、鍛冶屋さん?」
「鍋……。まぁ、市ならそんなものですか。ええ。炉があってとても暑いでしょう?」
確かにあかあかと燃える炉があって、すごく暑い。
「鍛冶屋は慣れているでしょうけれど、慣れないものが炉の前にずっといたら暑くて具合が悪くなってしまいますでしょう?」
確かに、そうかもしれない。
「それと似たようなものです。急に強い魔力に晒されると、魔力に耐性がないものは何らかの変調をきたします。熱が出ることもありますし、血が下がって倒れることや、思考が正常でなくなり暴れだすことなどもありますので、決まった症状はありませんが、一般に『魔力にあたる』といいます。魔力は熱も匂いもないので、わかりにくいですけれど」
わかったようなよくわからないような。でも、今のところ私は平気みたいだからいいか。
「いつまでかかるのかなぁ」
理由がわかっても、帰っちゃダメって言われるのは、すごく不安。また長くなるのかなぁ。
「数日の事だと思いますので、ご心配なく」
「では、明日の勉強の予定を立てませんとね」
それから三日。まだ帰れない。
竜皇そんなに大変なのかな。
「元気がありませんわね」
朝ごはんを食べながら、ソイエさんにそんなことを言われた。
「寂しいですか?」
続けて聞かれてなずく。
勉強は嫌いじゃないからいいけど、いつになったら帰れるんだろう。
「ウォレフ、なんとかしなさい」
「無茶を言うな」
「何か聞いていないの?」
私もウォレフさんを見る。いつ頃終わりそうか、わからないかな。
「詳細は存じませんが、いくつもの部族から陳情があったとは聞いております」
そうかぁ。大変そう。
「役立たず」
「五月蝿い」
「むしろ、案件を見て直ぐに処理にかかる時間の目処が立てられない、っていうのも使えないわね。でも、力でどうとでもなるでしょう? いろいろ問題あるけど神なんだし」
「だからお前はもう少し神を敬えと。眷属と皇の関係は、人間の主従とは異なる。そもそも皇は力押しは好まれない」
「あ、そ」
大変なんだから仕方がないよね。うん。
「今日は私はお休みですので、どうしましょうか?」
「ソイエさんもお仕事ありますよね」
お城の大臣としてのお仕事はお休みでも、公爵様としてのものがあるはず。邪魔しちゃいけない。
「そんなものはなんとでもなります。お出掛けでもしましょうか?」
お出かけしてもいいけど、それならソイエさんとウォレフさんに聞きたいことがある。
「それじゃあ、教えてもらいたいことがあるんです」
「お勉強熱心ですわね。何でしょう?」
これは、他の先生たちより、多分ソイエさんに聞いた方がいいんだとおもう。
「眷属のこと、教えて下さい」
ソイエさんから人間から見た話を聞かせてもらったけど、ウォレフさんはあまり気が進まない感じだったけど。
次の日。
「皇が城にお戻りのようです」
「帰って大丈夫ですか?」
「はい」
「それじゃ、帰りますっ」
わーい。久しぶりに帰れる。
――と、喜んだのもつかの間。
鏡を竜皇のお城につないでもらったのに、何かおかしい気がしてたじろぐ。
なんだろう。別に、鏡に映る大広間には変わった所は何もないんだけど、帰って来るな、って言われてる感じ。
「ウォレフさん」
不安になって見上げると、ウォレフさんも難しい顔をしてる。気のせいじゃないみたい。
「帰っても、いいんですよね?」
「はい。そうなのですが……」
語尾が濁る。
どうしよう。やめた方がいいのかな。
「……もう問題はないはずなのですが」
ウォレフさんも困っている。どうしよう。竜皇に会いたいし。でも、迷惑かけたくないし。
「えーと、とりあえず一回行ってみて、ダメだったら直ぐにこっちに来る、っていうのはどうですか?」
「そうですね。では、お手を」
少し覚悟しながら、いつもどおり鏡を抜けた先は。
「う……」
とてつもなく、空気が重かった。
玉座には竜の姿の竜皇。目を閉じて黙りこんで考えごとでもしてるのか、私に気付いている気配はない。
気付いてないだけだよね? 無視されてないよね?
「りゅ、竜皇?」
おそるおそる声をかける。と、竜皇はけだるげに目を開き。
『!?』
「うわっ!」
私を見つけて目を見開き、何を慌てたのか、ついでに翼もばっさと動かしていて、風に飛ばされそうになる。
『すまない。大丈夫か?』
二三歩下がったところで踏み止まり、ついでにウォレフさんと気が付いた竜皇がちゃんと魔力で守ってくれたから大丈夫。
もうちょっと近づいてたら、ついでにびったんと動いてたしっぽが危なかったかも。
「うん、大丈夫」
答えながら、空気ががらっと変わったことに気が付いた。もう重苦しくも怖くもない。
「竜皇?」
『おかえり』
竜皇も竜のままだけどいつもどおりで。
さっきのはなんだったんだろう。まぁいいか。
「ただいまーっ!」
駆け寄って、竜皇の鼻先に抱きつく。
「竜皇もうお仕事終わったの?」
『一段落ついた。しばらくは落ち着くだろう』
そっか。よかった。
久しぶりな大きい竜皇が嬉しいので、前足によじ登る。
竜皇は優しく目を細めると、鏡の前に立っていたウォレフさんに向き直った。
『ひとまず治めたが、今後も何かと問題になるだろう。その折にはまた預けることになる』
「かしこまりました」
帰っていくウォレフさんを見送って、竜皇を見上げる。
「また忙しくなることがあるの?」
竜皇がついたため息が結構な風になって、ひらひらな袖や髪がひるがえった。
『そうだな。またあるだろう』
そう言って、なんだか疲れた様子であごをぺったり床に付けて寝そべる。
『あと二、三年……では無理か。四年、でも短いだろうな。向こう五年位は時折こういうことがあるかもしれん』
「そんなに時間がかかるお仕事なの?」
人間だったら、例えば土地を拓いたり、堤防や運河やお城を作ったりするお仕事だったら時間がかかると思う。でも、教えてもらったかぎりでは、眷属はそんなに大きな街を作ったりしないらしいから、そういうのなさそうなのに。
「ところで竜皇のお仕事って、なに?」
神託をおろす以外のお仕事をしてるところは見たことがない。
眷属と人間はあんまり仲がよくない、というか、はっきり言って悪いらしくて、ソイエさんでも眷属の生活には詳しくないし、ウォレフさんは眷属の中では変わり者で、人間と一緒に生活して長いからあんまりかかわりあうことがないって言ってた。人間みたいに国を作らないなら、眷属の皇って何をしてるんだろう。
『眷属からの陳情への対応が主だな。今までも時折あったが、この半年でかなり増えた。言葉で納得させられないならば、事実を見せるしかないが、それには時間がかかる』
よくわからないけど大変そう。
前足の上に立って、ぐったりしてる竜皇の頭に手を伸ばして見る。
む、届かない。
「ねーねー、竜皇。頭もうちょっとこっちー」
『ん?』
竜皇が頭を動かしてくれて、手が届いた。
『……何をしている?』
何って。
「なでてる、けど?」
おでこあたりに手が届けばいいけど、届かないから、目のちょっと上辺りをなでる。
『いや、……何故?』
「私は頭なでてもらったらうれしいから」
竜皇やソイエさんにがんばってるね、って頭をなでてもらうのが好き。神殿長様にもよくやってもらった。だから、なでてみたんだけど。というか、何となく、がっくりしてる竜皇見てたら無性に頭なでたくなったの。
『……まぁ、構わないが』
竜皇はもう一度、今度は小さくため息をついて、目を閉じた。
あれ。
「イヤだった?」
『そんなことはないが』
でも何となくあんまり好きじゃなさそうな。
『……ただ、私が人の姿を取っていたとしても同じことをするのかと』
竜皇が人の姿だったら、背伸びしても頭に届かない気がする。
でも、あれ、大人の人の頭をなでようって言う気にはならないかも。それって失礼だよね。
――あ。
「ごめんなさいっ」
慌てて手をひっこめる。
なんでだろう、確かに竜皇が人だったらやらないのに、竜だったらやりたくなったのは。
『好きにしなさい。別に嫌なわけではない』
「ほんと?」
もう一回腕を伸ばす。
できたら、のどとかもなでちゃいたいくらいなんだけど、頭だけでがまんしとこう。
『……動物扱いなのか。愛玩動物と同列なのか』
竜皇が何かぶつぶつ呟いている。
「何か言った?」
『いや、なんでもない。好きにするといい』
「はーいっ」
人の竜皇もいいけど、やっぱり大きい竜皇が好きかもしれない。




