アルカスのレース
繊維製品の方のレースです。
「姫、お変わりございませんでしたか?」
「はいっ。ええと、ベルタさんもお変わりありませんか?」
「はい。竜皇様のお導きにより、つつがなく過ごしております」
ソイエさんのお屋敷で月に一度は開かれる秘密会議、という名前のお茶会。
一応形式通りの挨拶はするけれど、雰囲気はとても和やか。
「今日はこんなケーキを焼いてきたよ」
「うわぁ。ありがとうございます。美味しそうっ」
干した果物をたっぷり使ったグレンさんお手製のお菓子も美味しいし、お茶はいい香り。
私がケーキに集中している間に、別なテーブルではソイエさんとベルタさんとグレンさんで難しい話をしている。
ウォレフさんの魔法でいつも声は聞こえないけれど、見た感じではいつも通り結構激しい言い合いになっているみたい。
政治のことはよくわからないけど、きっと大変なんだろうな。
ケーキを味わいながら食べて、お茶のお代わりをウォレフさんにもらう。
うん、美味しい。
「ウォレフさんも何でもできますよね」
お茶のいれかたも教えてもらってるけど、なかなか上手にできないのに。
「いろいろと必要に迫られまして。お陰で人の世では職に困らないような気も致します」
ちょっと困ったように笑ってくれた。
ウォレフさんは眷属だから、人間の習慣とか覚えてもあんまりうれしくないのかな?
すごいのに。
そのうちに三人の話し合いは終わったみたいで、いくつかの手紙をさらさらと書いて、封をして、メイドさんを呼んで届けるよう言って、お仕事時間は完了した。
「姫~、遊びましょう」
「ソイエはいつも遊んでるでしょう。譲りなさい」
両脇をソイエさんとベルタさんに挟まれる。
「仕立屋を呼んで部屋に籠もるのはやめてね。僕が寂しいから」
そういえば前回は、二人掛かりで着せかえ人形にされたんだった。
なので、グレンさんは部屋から追い出されていて、ちょっと気の毒だった。
レースやフリルの服には慣れてきたけど、ベルタさんの選んでくれる服って、普段よりもひらひらふわふわすぎて、かわいいけどもったいなくて着れないんだよね。
「今日はこれをお持ちしましたのよ」
そういってベルタさんが取り出したのは、大判で分厚い本。
何かはさまってるのか、一枚一枚の間に隙間がある。
「でたわね商売人」
「失礼な。姫様にお好みのものを選んでもらうだけですわ」
「それはわかってるけど、それ持ってるとまた売り込みかけてるのかと、ついつい思うのよ」
商売?
売り込み?
なんだろう。私、お金は持ってないよ?
巫女姫の財なら、この間もらった物が西神殿と南神殿ににあるけど、それは簡単に使えないし。
壁際に置いた長椅子にベルタさんと並んで座り、前に持ってきてもらった小さなテーブルに、本を乗せる。
表紙を開くと、目に入ったのは色の濃い台紙の上に張り付けられた、真っ白なレース。
柄がよく見えるように切り取ってあって、周りに説明が書いてある。
「うわぁ」
「レースはお好きでしょう?」
「はいっ」
すごくきれい。見てるだけでうれしくなる。
「ベルタさん。これって何の本?」
「アルカスレースの見本帳ですわ」
アルカスレース。
ここフルヒリング王国の東を治めるアルカス公爵領の特産品であるレース織。大陸でも最高級のもの。
見本帳とは言っても、この三冊全部アルカスレースだったら、これだけでもかなりの財産になるはず。
「フルヒリングでは……他の国でも同じかもしれませんが、ある程度以上の貴族なら、娘が生まれると専属のレース織り職人を雇うのですのよ」
見本帳をめくりながら、ベルタさんが教えてくれる。
「身の周りを飾るためにレースを織らせるのですわ。特にその家の紋章に関わる柄を織り込ませたり、特定の柄で装飾を統一したりもいたします。通常、女性は家督を継げませんし、個人の財産をほとんど持つことが出来ません。宝石も、個人よりも『家』に付属する場合が多いものですから。その中で、レースなどの高級な布は女性が個人の資産として持てる数少ないものでもあります」
そっか。
やっぱり、ソイエさんみたいに女性で公爵になったりする人は滅多にいないし。ソイエさんはそれだけすごい人なんだよね。
身分が高くても、妻や娘の立場しかないと、普通は『自分のモノ』はあまり持てないそうだし。
「それに、何より十数年後に来るであろう、婚礼の日への準備でもありますから。親が娘の為に早いうちから用意するのですよ」
婚礼、かぁ。
普通、婚礼は神殿で行うか、大きな家なら自宅、それ以外なら集会所や広間に神官を呼んで行うかのどちらか。
でも、巫女の教育と竜皇の神託を預かるのが役目の上神殿ではやらないので、下神殿にお使いに行ったときに数回見かけたことがある程度。あまり大掛かりなのは見たことがない。
見かけただけだけど、普通のひとでも華やかだった。
だから。
「ベルタさんとグレンさんの婚礼は、きっとすごくきれいだったんでしょ?」
聞いてみたら、ちょっと複雑な笑みが返ってきた。
あれ?
「確かに華やかではありましたが……」
言いよどむベルタさん。
「一時はどうなるかと思ったわよねぇ……」
ため息をつくソイエさん。
「まぁ、結果良ければ全て良しと言うからね」
いつもの穏やかな笑顔に、苦い物が混じるグレンさん。
……何があったんだろう?
「まあ、いろいろございましたが、ドレスは良いものですから、機会があれば一度お見せしましょうね」
ベルタさんの婚礼のドレスかー。すごくキレイそう!
ベルタさんはアルカス侯爵家の人。つまりレースの本場の本家の令嬢。それなら絶対にすごいはず!
「姫の為にも用意しませんとね」
え?
「私、巫女姫ですよ?」
神官は、別に結婚しちゃいけないという決まりはない。
けど、大体の人は結婚しない。
特に私は竜皇の巫女姫だし。
「……まぁ、用意しておくに越したことはございませんから」
えーと、そうなの、かな?
大きな柄、小さな柄。
花の模様、動物の模様、幾何学模様。
その中で。
「あれ?」
見つけたのは、小さな花を散らしたレース。
「どうかなさいまして?」
なんだろう、この柄。
「どこかで見たことがあるような気がするけど」
説明書きをを読む。
特に変わったことは書いてない。この花が野菊だとか、服に付けるのに向いているとか、そのくらい。
ベルタさんを見る。
ベルタさんの服に付いているレースは、葉っぱの柄。膝に広げたハンカチの縁のレースは、花びら五枚の花。
ソイエさんを見る。
ソイエさんの服に付いているレースは、幾何学模様が多い。家の中にあちこち飾ってあるのも、幾何学模様か、そうでなかったら花束の柄。
私の服もソイエさんと似たような幾何学模様。
ウォレフさんはレースつけてないし。グレンさんも少し使っているのは葉っぱの柄。
どこで見たんだろう。
神殿で使うのも、巫女服に使うのも、柄が決まっているし。
「……珍しい柄ではありませんから、以前にレースを選ぶ時に、ご覧になったのかもしれませんわね」
ベルタさんは少し考え込むような仕草をした後、何事もなかったかのように穏やかに微笑んで言った。
「それに、古くからある図案ですから、過去の巫女姫のお持ち物の中にあったのかもしれません」
そうかな。そうかもしれない。
「お気に召しまして?」
「はい」
小さな花を散らしたレースはかわいい。
ベルタさんはそこにしおりを挟むと、紙をめくった。
しばらく、これきれいー、とか、これかわいいとか言いながら冊子をめくって最後。
「では、この辺りの柄で織らせますわね」
え。
いつの間にそんな話に?
だってすごく高いのにっ。
「春に降りてみえる際に巫女姫への供物にしてもよいのですが、直接お渡しする方がよろしいでしょう?」
で、でもでも。
「ベルタさんは別に巫女姫の眷属じゃないのに。どうして?」
「趣味です」
きっぱりと答えてくれたけれど、それはそれでどう対応したものかわからない。
「姫。遠慮はいりませんわ。好きなだけねだっておいたらよろしいです」
ソイエさんがそう言うけどでも、そこまでしてもらうのはっ。
「アルカスレースは、そもそも巫女姫への献上品として発展したものです。巫女姫へ差し上げるのは当然でしょう?」
でもー。
「姫が可愛く着飾ってると、僕たちも嬉しいし、なにより竜皇様も喜ばれるんじゃないかな? 竜皇様のご機嫌がいいのは、大陸全体にとっていいことだと思うよ」
グレンさん、そんなに壮大な話にしなくても。
ウォレフさんを見る。
「私もそう思います」
肯定なの!?
私の服くらいでなんでそうなるの?
「レースがお気に召しませんか?」
「そんなことないです。きれいです。でも」
「ではご遠慮なさらず。領内に神殿を抱え、その恩恵受けるアルカス公爵としては、巫女姫に尽くすのは当然の事でございます。それに、たまにこうしてお茶会ができるだけでも十分ですわ」
あれ。今、なんだか違和感。
「アルカス公爵を知りませんけど?」
お茶会の参加者はいつも同じ、ソイエさん、ベルタさん、グレンさん、ウォレフさん、それに私だけだし。
ソイエさんは、プリマヴェーラ女公爵。
グレンさんは王太子、ベルタさんはそのお妃。
ウォレフさんはそもそも眷属。
見渡して首をかしげていると、ベルタさんが言った。
「私ですわ。もっとも、正式に爵位を継いでいるわけではなく、正統な後継者が決まるまでの一時預かりという形ですけれど」
ベルタさんなの?
お妃だけじゃなくて公爵なんだ。もしかしなくても、ベルタさんてとってもすごい人?
「ソイエさん以外にも女性の公爵がいるんですか?」
「他に後継者がいなかったものですから。私に子供が二人以上生まれれば、一人はウラフを、もう一人にはアルカスを継がせる予定なのですが」
そこで一度言葉を切って、ベルタさんは「なかなか上手くいきませんわね」と寂しそうに小さく呟いた。
「ねーねー竜皇」
お城に戻って、竜皇に話しかける。
「どうした」
「私もお嫁に行かないとだめ?」
沈黙。
竜皇が固まっている。
そんなに変なこと言ったかな。
「……何を」
低い呟き。
何か、機嫌、悪い、かな。
「あ、あのねっ。婚礼の準備がどうとか言われたからっ」
あわてて、事情を話すと、「ああ」と納得したらしかった。
だけど。
「……何処へ、嫁に行くつもりなのだ?」
声はやっぱり不機嫌なままで。
どこへ、って、えーと。
「どこか?」
どこかに行けって言われても困る。
「何処かへ行きたいのか?」
「そういうわけじゃないけど」
行きたいんじゃなくて、聞きたいのは『行かなくちゃいけないのか』。
「ならば、何処へも行く必要はない」
竜皇は穏やかにそう言う。
「どこにも行かなくていい?」
「ああ。此処にいればいい」
そっか。ここにいていいんだ。
「うん、竜皇といっしょにいるっ」
そう答えると、優しく頭をなでてくれた。
ソイエさんとベルタさんに今度会ったら、用意してもらっても無駄になっちゃうよってちゃんと言わないと。
「……まったく余計な事を」
ぼそっと竜皇が呟いたのが、頭の上で聞こえた。
四方神殿(その門前の領地)は、東がレース織、北が毛織物、西が刺繍、南はそれらに使う糸の染色を特産にしています。




