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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第二部
24/41

苦手なもの

南の海のお城に滞在中。

 竜皇におやすみなさいのあいさつをして、自分の部屋に戻る。

 でもなんだか寝付けなくて、テラスに出てみた。

 南のお城は暖かくて、夜外に出ても涼しいくらい。

 空を見上げると、星の光はまばら。月は流れの速い雲に隠れたり見えたり。そのうちに、雲に隠れて出てこなくなった。

 雨が降るかな。

 そう思って部屋に入って窓をきちんと閉めていたら、視界の端で、何かが光った。


 気のせい、だよね。


 カーテンを引こうとすると、もう一回。今度は確かに。

 急に雲が出てきて、空がぴかって光るって言ったら。


 どうしよう。


 ぽつぽつと雨の音が聞こえてきた。


 ど、どうしようっ。


 机の下。

 全然意味がない。

 お布団の中。

 だめ、薄いし。

 ベッドの下。

 潜り込むにはちょっと狭い。

 窓の外の雨の音が大きくなってくる。


 どうしようどうしよう。

 どこならいい? どこなら聞こえない? 入り込めるような場所は?


 目に付いた扉をあけていく。そうこうしている間に、窓を叩く雨音は激しくなって、一瞬、窓の外が明るく光った。

 そして。

 窓が震えるほどの轟音。


 とにかく手近な扉の中に飛び込んだ。

 目を堅く閉じて、両手で耳を塞ぐ。

 何も聞きたくない。何も見たくない。何も思い出したくない。

 それでも聞こえる、窓を打つ雨の音。空のうなり。

 まぶたをしっかりと閉じているはずなのに、目に浮かぶ閃光。

 見たことも聞いたこともないはずの光景。


 一瞬の光に照らし出される広い回廊。

 金属の擦れ合う音と怒鳴り声。

 合間に轟く雷鳴と、それに重なる誰かの悲鳴。

 廊下が照らされる度に床に倒れる人影。

 漂う錆びた臭い。


 こんな光景はしらない。見た事なんてない。

 でも、泣いちゃいけない。声をあげちゃいけない。




 突然、扉が開いた。

 見つかった。

 思わず身をすくませる。

「シエル?」

 手が伸ばされる。

 怖い。怖いっ。

「シエル?」

「いやぁぁっ!」

 振り払ってできるだけ離れようとしても、行き止まりだった。


 どうしようどうしよう。


「シエル」

 屈み込む気配。

「私がわかるか?」

 優しく問いただされて、薄く目を開けて見る。ロウソクとは違う、白っぽい光。それに照らされる深い蒼の髪。

 この人誰?

 一瞬そう思いそうになって、青銀の瞳を見つける。


 これは竜皇。

 ここは竜皇のお城。

 他に誰もいない。

 怖い人なんて来ない。


「りゅ…」

 ほっとして手を伸ばしかけた時、窓が光った。

 目を閉じて、耳を押さえて縮こまる。

 直後、はっきりと振動を感じる大きな音。


 うう、泣きそう。


 頭をなでられて顔を上げる。

「りゅーおぉ」

 なだめるように頭をなでてくれて、少し安心する。

「雷が――」

 竜皇が何か言いかける。

 雷が怖いんじゃないからっ。絶対違うんだからねっ。

「……苦手なのか?」

「ちがっ……え?」

 反射的に否定の答えを返しそうになって、質問がちょっと違うことに気が付いた。

 雷嫌い。音も光もイヤ。

 こくんと頷いて肯定すると、

「そうか」

とだけ言って、腕を伸ばしてくる。

「だからといってそんな所に潜り込んでいないで、出ておいで」

 そんな所。

 そういえばここってどこ?

 竜皇の側に浮かんでいる光を頼りに周りを見ると、服が掛けてある。衣装戸棚の中に飛び込んでたらしい。隠れるには十分な広さだったけど。

 竜皇に手を伸ばし返すと、衣装戸棚からひっぱり出された。


 と。

 また。

 窓が光る。


 耳を押さえてしゃがみ込むと、何かに包まれた。

 光に続く窓が割れそうな程の音が、少し遠くに聞こえるようになった気がする。

 体がふわりと浮いた。

 ベッドに座った竜皇の膝の上に抱き上げられて、小さい子をあやすみたいに背中をぽんぽんと叩かれる。

 そこまでちっちゃくないのに。

 でも、こうしてると落ち着く。

「竜皇」

 間近にある竜皇の顔を見上げる。

「どうした?」

 いつも通りの優しい竜皇。

「……笑わないの?」

 もう小さくないんだから、って。

「誰しも、苦手な物のひとつくらいあるだろう」

「うん……」

 あ、また光った。

 竜皇にしがみつくと、背中をなでてくれる。

「神殿にいた頃はどうしていたんだ?」

「物置とか、衣装箱とか、大きい戸棚とか」

 たまに内側から開けられなくなって、神殿長様とか、いろんな人にあきれられたりしてたけど。

「光が厭なのか? それとも音か?」

「どっちもやだ」


 でももっとイヤなのは、雷が鳴ると目に浮かぶ光景。

 覚えていないのに思い出す、恐怖感。


「……夢、見るの」

 あれは悪夢。

 起きているのに見えるけど、きっと夢。

「夢?」

「怖い人が来るから、隠れてなきゃダメなの」


 そして私は身を隠して、わずかな隙間から外を見ている。


「雷が鳴って、叫び声が聞こえて……人が倒れてるの」


 息を潜めて、見つからないように。


「声を出しちゃいけないの。怖くても泣いちゃいけないの」


 そう、約束したから。

 大好きな人と約束したから、守らないといけない。


「こんなの、知らないのに」


 だけど忘れてるだけかもしれない。

 あの場所はどこで、大好きな人は誰で、一体何が起きたのか。


 私がぽつぽつとしゃべるのを聞いていてくれた竜皇は、少しだけ押し黙った。

「私が側に付いている」

 静かだけど、力強い声。

「私より強い者がいると思うか?」

 竜皇より強いもの?

 そんなのないと思う。竜皇は神様なんだし、誰よりも強いはず。

「いないと思う」

「ならば安心しろ。何があっても守る」

「……うん」

 竜皇の胸に寄りかかって目を閉じる。雷はいつの間にか聞こえなくなっていた。


 


 うーん。

 外の明るさに気が付いて目が覚めた。

「起きたか」

 声が聞こえる。

 ……あれ?

「竜皇?」

 目を開けると、竜皇がベッドの端に座っていた。

 何でここにいるんだろう。

 えーと。昨日はおやすみなさいのあいさつをして、部屋に戻って。そうしたら雷が……。


 あ。


 よく見ると、片手で竜皇の服をしっかりつかんでいた。これじゃ、竜皇は自分の部屋に戻れないよね。

「ごめんなさい」

「構わない」

 慌てて手を離すけど、くっきりしっかりしわになってる。

「だって竜皇寝てないでしょ?」

「一日二日寝なくとも、何ら問題はない」

 本当にそうなのかな? でも確かに眠そうな様子はない。

「顔を洗って着替えておいで。朝食にしよう」

「はーい」

 ばたばたと身支度を整えて、朝食用の部屋へ行くと、竜皇とほかほかのご飯が待っていてくれた。

 竜皇は人の姿をするようになってから、食事もお茶も一緒にしてくれるようになった。一人で食べるより、誰かと一緒の方がおいしい。

 食後のお茶は私がいれる。

 たまに失敗することもあるけど、ソイエさんのお屋敷で練習したから、かなり上達した……はず。

 ……あれ。

「……濃かった?」

「少しな」

 竜皇は何にも文句を言わずに飲んでくれるけど、今朝のは失敗だったかも。色がかなり濃い。

 いいお茶だったのに、おいしくいれられなくてごめんなさい。

 そういえば。

「竜皇にも苦手なものってあるの?」

 誰にでもあるって言ってたし。

 竜皇は、ちょっと渋い顔をした。

 そんなにお茶濃かったかな。

「……あるというか、いるというか」

 竜皇でも苦手なものってあるんだ。

 こんなこと思っちゃいけないのかもしれないけど、ちょっとだけ嬉しかった。

竜皇が苦手なのは「者」です。

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