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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第二部
22/41

蒼い月の下で

「……寒い」

 ううん、正確には寒くはない。

 お城を覆う結界の中は、魔法で守られているから、多分、もといた北神殿よりも暖かいくらい。

 でも、今私が立っている城の最上階、床に大きな紋章だか何かが描かれた儀式用のテラスから見える風景は。

 黒く、冴え冴えと澄み渡る夜空。

 冬至の極夜にいっそう蒼く輝く、冬の蒼い月。

 その光に負けて星はまばら。

 湖を囲む山々は、雪に白く包まれて、月の光を返して青白く光っている。

 湖のほとり、黒くその輪郭を浮かび上がらせるはずの木々は、体を白く膨らませている。

 つまり、樹氷がびっしり。

 本当は吸い込まれそうに暗い色の湖が、白っぽく見えるのも凍ってるから。

 そして、そこら中でキラキラしてる、捕まえられそうな星は、小さな氷の欠片が飛んでるんだって教えてもらった。


 寒いの。

 いくら魔法が効いてても。

 冬用の何枚も重ね着した巫女服の上に、なんの毛皮かわからないけどふかふかでもこもこの上着を着込んでても。

 この状況が寒々しいの。

 なんの儀式かわからないけど、竜皇早く来てくれないかなぁ。


 ふと。

 テラスに大きな影がかかった。

 見上げれば、紺青の夜空よりもっと蒼い、大きな姿。

 その翼が生み出す風が、この半年で大分伸びた髪をゆらす。

 上着を肩から落として一歩進み出ると、それに合わせたように、蒼い大きな姿が降り立った。

 翼を畳む風に、髪と服のすそがゆれる。

 蒼月夜のような深い蒼のウロコ。いつもキレイだと思うけど、蒼い月の光を受けたときが一番キレイ。

 青銀の力強い爪。見上げる私の視線の先には、縦の瞳孔を囲む青銀の虹彩、それを取り巻く虹色の光。不思議な色合いだけれど、とっても優しく私を見下ろしている。

『少女よ』

 不思議な響き方をする、穏やかな声。

『其方に問う』

「はい」

 いつの間にか、儀式は始まっている。だから、背筋を伸ばして、気を引き締める。

『余に、蒼の竜皇に仕える巫女となるか?』

 ……え、何? 私、まだちゃんと巫女になってなかったの?

 疑問が顔に出てたのか、竜皇は続けた。

『巫女とは、竜皇に仕え、人と竜皇をつなぐ者。人の世に於いて、至上の存在』

 竜皇は、静かな口調のまま続ける。

『故に、孤独なる存在』

 青銀の瞳が少し細まった。

 いつもなら、微笑むようなその仕草は、今は少し淋しげで。

『神と人をつなぐ助言者でありながら、人の世にに関わることなき傍観者。親兄弟の血のつながりをはじめ、人との関わりを全ての断ち切り、人の世から離れなければならない』

 見上げる視線と、見下ろす視点がまっすぐにぶつかる。

『それでも、其方は、巫女となる覚悟があるか?』

 竜皇の眼をしっかり見つめ返して、うなずく。

 神殿に拾われる前の記憶がない私には、育ててくれた神殿長様が亡くなった今、未練のあるつながりは無いから。なくすものなんてない。

『……もし、幼い頃の記憶が戻っても、親の元に戻ることはできない』

「わかっています」

 親には……家族には、会ってみたいと思う。

 だけど。

 これは予感だけど。

 きっと、会えない。

 神殿長様は、本当は、私が誰か知ってたんじゃないかと思う。でも、何も言わなかった。

 拾われた時一緒にいた人は死んでいた。

 殺されてた、らしい。

 何があったのか知らない。その人が家族だったのかも知らない。

 でも。

 子供を連れて、神殿に行く参道で殺されてるなんて、どうしたって、悪いようにしか考えられない。

 だから、家族とかそういうつながりのある人は、多分、もう、いないだろうから。

 だったら。

 竜皇と一緒にいたい。

 私がいられる場所が欲しい。

「私は、巫女になります」

『そうか』

 竜皇は頷いて、顔を上げ、蒼く冴え冴えと輝く月を仰ぎ見る。

『我が本身たる蒼き月の下、竜皇の巫女を迎え入れる』

 そして、視線を落として私を見る。

『シエルラスティア』

 名前を呼ばれただけなのに、ものすごい重圧を感じる。

 これが、竜の、皇の言葉の重さ。それで、真の名を呼ばれることの威力。

 怖い、というんじゃないけど、とてつもない精神的な圧力。

 声が出せない。体が動かせない。

 でも、ひざは震えてて。竜皇から眼を逸らしたくなるのを必死でこらえて、強い視線を受け止める。

『シエルラスティア、其方を巫女として迎え入れる』

 と同時に重圧感が消える。

 ほっとして、ひざが崩れた。

『シエル?』

「だ、大丈夫」

 慌てて立ち上がって、軽くすそを払う。

 居住まいをただした私を見て、竜皇は皇の声で続けた。

『巫女』

「はい」

『今から、起こることを、眼を逸らさずに見届けよ』

 何が起こるんだろう。竜皇の声の感じだと、悪いことではなさそうだけど。

「わかりました」

 答えると、竜皇は眼を閉じた。

 竜皇の体が光り出す。

 月と同じ蒼い光に包まれて、それが、急に小さくなる。

 光は私の数歩前で、人よりも一回りくらい大きい程度になると、だんだん弱くなり、そこには。




「……え?」

 人間が一人、立っている。

「え? ええ?」

 見回しても、竜皇の姿はなくて。

 改めて、現れた人を見る。

 背の高い男の人。

 それに、白と深い青の、巫女服にも似た引きずるようなすその長い服を着ている。

 長い髪は黒……かな?

 で。

 この人誰? でもって竜皇はどこ?

 もう一度竜皇の姿を探して周りを見る。

「シエル」

 名前を呼ばれた。

 響き方は違うけれど、聞き慣れた、声。

 現れた男の人に振り返る。

「……竜、皇?」

 まさか、と思って呼びかけると、男の人は軽くうなずいて近づいてきて、片ひざを付いた。

 視線の高さが同じくらいになる。

「これが、私のもう一つの姿」

 間近で見るその顔は、いままで見たどの人よりも整った顔で。

 これは一体どーゆー事なの、いままで黙ってたのは何でなのって、言いたいことはたくさんあるはずなのに。

 穏やかな微笑みを向けられただけで、なぜだか声もだせなくて。

 ってー!

 ひとが混乱してるってのに、何してるのこのヒト!?

 勝手にひとの手取って口付けとかしてるのはなんで!?

 そういうのは、身分の高い人が恋人とか奥さんとかにすることだって教わったよ!?

「どうかしたか?」

 どうかしてるのはそっちーっ!

 混乱して声も出せなくて、手の甲に口付けなんてされたの初めてで恥ずかしくて、ついでに目の前にある顔がキレイすぎて、もうわけわかんないのにっ。

「シエル」

 響き方がちょっと違うだけで、なんでこんなにドキドキするんだろう。

「……混乱しているか?」

 あたりまえーっ!

 力一杯ぶんぶんと頷くと、竜皇らしき男の人は優しく微笑んで立ち上がり、私の頭を軽くなでる。 頭の上に乗せられた大きな手が温かくて、なんだか安心できる。

「話さなければならないことがある。シエルも聞きたいことがあるだろうから、場所を変えよう」

 床に落ちずになぜか宙に浮いていた上着を拾って肩に掛けられて、なぜだか抱き上げられた。

 向かい合うように、膝を支えられて、もう片方の手で背中を支えられる、よく子供にする、『抱っこ』。

 なんか、微妙。

 あ、別にお姫様抱っこされたいワケじゃなくって、ちっちゃい子みたいに扱われてるのが気になるだけだからね。

「転移する。目を閉じていなさい」

 耳元で囁かれて、なんだか恥ずかしくて、ワケがわからなくて、混乱しているうちに、視界がぐにゃりと歪んだ。

 気持ち悪くなって、目を閉じると、「もう目を開けても大丈夫だ」と声をかけられた。




 目を開けて周りを見ると、色々な花が咲いている。

「……温室?」

「そうだ」

 東屋風になっている所に連れて行かれると、椅子に下ろされた。テーブルの角を挟んで斜めに向かい合うように座らされて。

「暗いか」

 竜皇(?)は呟くと白い光の球をいくつか浮かべた。

 結局、混乱したままその様子を呆然と見てると、精霊さんが飲み物を持ってきてくれた。

 暖めたミルクの入ったカップで指先を暖めながら、口に運ぶ。ハチミツのほのかな甘さと暖かさにようやく心が落ち着いて。

「どうゆうこと?」

 改めて目の前の男の人を見る。

 光球に照らされた髪は、よく見ると竜皇の鱗と同じ深い蒼。

 優しく微笑んでる目は、瞳孔が縦で青銀、その周りにうっすら虹色の環。確かに、竜皇の目。

「どういう事かと聞かれてもな」

 ちょっと困ったように笑って私を見る。

「巨大な竜も、今の人に近い姿も、どちらも私、竜皇に変わりない」

 それが納得行かないんだけど。

「俗に、人間が魔法生物と呼ぶ者達――自らは眷属と名乗る者達は、人に近い姿と人外の獣などに近い姿を持っている、という事は知っているな?」

 うなずく。

 魔法生物は、大昔に神に仕えていたと言われる、人じゃないけど、知性と魔力を持つ種族。人の姿と動物の姿の二つの姿を持っていることが多い。

 ソイエさんの所にいるいるウォレフさんは、人間として暮らしてるけど漆黒の狼でもある。

 ちなみに私は狼の姿も好き。

「その長であり、神である私が、人の姿を取らないことを不思議に思ったことはないか?」

「ぜんぜん」

 言われてみればそうだけど、今まで気にもしてなかった。

 テーブルの角を挟んで斜め前に座った竜皇が、腕を伸ばしてきた。

「素直なのは良い事だが」

 で、なぜ、私の頭をなでるの。

「もう少し、色々と疑問を持った方がいいだろう」

 優しく頭をなでてくれる、大きくて暖かい手が気持ちいい。

 記憶にはないけど、なんだか。

「……お父さんみたい」

 つぶやいたら、竜皇が固まった。

 しばらく沈黙。

 なんで、そんな複雑そうな顔してるんだろ?

「……せめて、『お兄さん』にならないか?」

「?」

 お父さんは確実にいただろうけど、お兄さんがいたかどうかなんて、わからないし。

「むー、でも色々と聞きたいことはあるんだから」

「……私の主張は流された様だが……聞こう」

 なんかぶつぶつ言ってるのは、とりあえず気にしないことにして。

「なんでいままで、ずっと竜だったの?」

 人の姿、というか明らかに人間じゃないんだけど、今の姿でいてくれた方が、色々と楽だったと思うの。

 身長差大きいから見上げなきゃいけないのは変わりないけど、竜と人だとかなり違うし。なにより、こうやってお茶できるし。

「その姿で降りてくれば、倒れる人もいないんじゃないかな。巫女だって、喜んで付いてくる人いそうだし」

 人間じゃないけど、すごくきれいだもの。

「……そして、竜の姿を見せた途端に、気絶されるのか?」

 竜皇は少しさみしげに言った。


 あ……。

 そうか、その方が辛いよね。

 それまで仲良くしてた人が、自分が姿を変えただけで逃げ出したり、怖がったりしたら。


「……ごめんなさい」

 考え無しなこと言ったかなと思って謝ると、竜皇はまた私の頭をなでた。

「シエルは本当にいい子だな」

 どこが? と口に出す前に、竜皇が静かにしゃべりだした。

「今まで隠していたのは、悪かったと思っている。だが、巫女を城に迎えてから、暫くの間、竜の姿のままで過ごすのは、決まり事なのだ」

「どうして?」

「巫女の意志を試す為、ということになるか。もしも、竜と二人きりの生活ができないなら、巫女であることは無理だろう?」

 確かに、私はここの生活けっこう好きだけど、人に囲まれてにぎやかに生きてきた人には辛いかもしれない。

「だから、暫く様子を見る。それで大丈夫なら、正式に巫女として迎える意味で、この姿を見せる事になっている」

「ふぅん」

 とりあえず、私はちゃんと巫女に認めてもらったってことだよね?

「それで、これからはどっちでいるの?」

「シエルの好きな方にしよう」

 え。

 えーとえーと。

「……悩むところなのか?」

 考え込んでしまったら、ちょっと困ったような声で言われた。

「だって、大きい竜皇になれてるし」

 うーん、でもこっちの方がお話とかしやすいかも。

「じゃあ、こっちがいい」

 そう答えると、竜皇はふわりと優しく笑った。

「では、そうしよう」

「でも、竜の姿も好きだよ。こっちの方がしゃべりやすいし、お城の中に一緒にいられるからこっちね」

 念の為に付け加える。うーん、でも大きい竜皇も好き。

「私も、今の姿の方がいい。竜のままでは、シエルに触れただけで怪我をさせてしまいそうだからな」

 そう言って、また頭をなでる。

 ……なんだか、ちっちゃい子みたいに扱われてる気がする。

 イヤじゃないけど。

「とりあえず、今日はもう遅いからおやすみ」

 確かに眠くなってきたけど、まだ聞きたいことがあるのに。

「明日でも、明後日でも、話す時間は沢山ある。慌てることはない」

 それもそうかな。

「うん。おやすみ」

 立ち上がって、はたと気がつく。

 私が使ってる部屋、ここからどう行くんだった?

「……」

 固まった私を見て、竜皇は笑って立ち上がる。

「部屋まで送ろう」


 竜皇に手を取られて歩き出す。なんか不思議な感じ。

 手をつなぐなんて、あんまりしないし。ソイエさんやベルタさんがたまにしてくれるけど、少なくとも、男の人と手をつないだ記憶はない。

 私に合わせて、ゆっくり歩いてくれる竜皇の手は、温かくて大きくて、私の手はすっぽりと包まれてしまう。ちょっとドキドキするけど、こういうのも悪くない。

 部屋の前に着くと、手が放された。

「おやすみ」

 どうしてだろう。ちょっと寂しい。

「ねぇ、竜皇」

 見上げて呼びかける。

「何だ?」

 視線を合わせるように見下ろしてくれる。

「一回、お城の中、ちゃんと案内してね」

 できたら、こんなふうに手をつないで。

「そうだな」

 竜皇は優しく笑って、また私の頭をなでた。

「おやすみ。よい夢を」

 これが夢っていうことはないよね?


 こうして、私と竜皇の生活は、ちょっと変わることになった。

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