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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
2/41

夏の日の決断2

 儀式の間。神殿長と、儀式に臨む巫女だけしか入れない場所。

 『間』って名前はついているけど、実際には一部分にだけ屋根がある巨大なテラス。

 年に一度、ここ北神殿には夏至祭の初日に、竜皇様が降りていらっしゃる。

 東神殿には春の紫の夜、南神殿には冬至、西神殿には秋の紫の夜に、それぞれに降りてその年一年の神託を下さる。

 そして、それぞれの神殿で四年に一度、去年は東神殿、今年はこの北神殿、今日私が選ばれなければ来年は西神殿で、竜皇の巫女選びが行われる。

 とはいっても、竜皇様が巫女を見て、気に入るかどうか判断するだけらしいけど。


 屋根の下。決められた位置に立って、目の前に広がる山々と、雲ひとつなく晴れ渡った空を見る。

 北神殿は、北方にある上にかなり高い山の上なので、夏でもそんなに暑くない。

 北に向かって開いたテラスの先には、太陽もなく、ただただ、青い空。

 いい天気だなぁ、なんてのんびりしていたら、何か、近づいてくるものに気がついた。

 青い空の中で、それでもはっきりと見える、蒼。

 思わず姿勢を正す。

 隣で、神殿長が息を呑むのがわかった。

 そういえば、半年前に赴任してきたばかりのこのおばさん、竜皇様の神託を受けるのは初めてのはず。


 蒼い影はぐんぐんと近づいてくる。

 その姿は、かなりはっきりと見えるのに、まだ遠い。

 ……大……きい……。

 震える手をぐっと握り締める。

 怖くない。怖くない。怖くない。

「ひぃっ」

 悲鳴が隣から上がった。それと、なんだか鈍い音。

 正面には、視界いっぱいに翼を広げた、巨大な姿。

 それが、テラスに降り立った。

 その迫力に、思わずへたり込む。

 ふと、隣を見ると、神殿長が目を剥いて倒れていた。

 その顔の方がよっぽど怖かったので、慌てて視線をテラスに向ける。

 翼をゆっくりと畳んだ姿は、さっきよりも一回り小さくは見えた。

 けど。


 ……大きい。


 儀式の文句なんて、どこかに忘れてしまって、呆然と見上げてしまう。

 全身を覆う、金属質の光を放つ深い蒼の鱗。手足の先に、青銀の鋭い鉤爪。

 大きさは、大人の背丈の五倍以上はありそう。でも、それも、座った状態での話。大きな口は、きっと私なんか軽く飲み込めてしまう。

 頭が下がって、屋根の中を覗き込んできた。

 猫のように縦に筋の入った青銀の眼と、視線が合う。

 あ。ぼんやりしてる場合じゃない。

 慌てて立ち上がって、屋根の下から出て、竜皇様に対面する位置へと走り出し。


「あ」


 思いっきりすそを踏みつけて、勢いよく転び、顔から床に……。

「……あれ?」

 ……ぶつからなかった。でもなんだか不安定。

 よく見ると、私、宙に浮いてる!?

「ええ!?」

 驚いているうちに、ふわり、と優しく床に降ろされる。

 今の、なに?


 目の前の巨大な竜を見上げる。

 青銀の眼が私を見ている。

 ……なんだろう。

 怖く、ない。

 確かに大きいけど、基本的に、自分より大きい生き物って怖いものだと思うけど、でも、恐怖心はどこかに消えてしまった。

 それどころか、この瞳。縦に筋入ってるし、青銀だし、白目との縁はうっすら虹色ですごく不思議な眼だけど、すごく優しい気がする。




 すそをちょっと持ち上げて、慎重に歩いて、決められた場所に立ち、一礼する。

「初めて御意を得ます。この度、竜皇様のお傍に仕えるべく参りました、オニキスと申します」

 沈黙。

 ……やっぱり、気分を悪くされただろうか。

 子供だし。

 さっき、思いっきりずっこけたから、気品も優雅さもまるでないの、ばればれだしっ。

 おそるおそる顔を上げる。

 青銀の目がすぅ、と細まった。

『私が恐ろしくはないのか?』

 直接頭の中に響くような、不思議な声。威厳に満ちているけれど、瞳と同じでどこか優しい。

「いいえ」

 まっすぐに竜皇様を見上げる。

 まったく怖くないとは言わない。

 これだけ大きい生き物は、普通怖いと思う。

 でも、不思議なくらい怖くない。

『……私と向き合えた巫女は、二人目だな。大抵は、そこの神殿長のようになるのだが』 

 振り返ると、神殿長はひっくりかえったままだった。

「……起した方がよろしいでしょうか?」

 この神殿の未来が心配になってきた。

『捨て置け』

 竜皇様がそうおっしゃるので従うことにする。できたら、あの怖い顔は見たくないし。

 ふと、選ばれなかった巫女が神殿を追い出される理由がわかった気がした。神殿長としては、こんな無様な姿を見られたら、神殿に置いておくわけにはいかないんだろう。

 視線を戻すと、竜皇様は、しげしげと私を見ていた。

 やっぱり、不審に思っているんだろう。

『随分と幼い巫女のようだが』

 やっぱり。

「……はい。適任者がおらず、私が立つこととなりました。どうか、非礼をお許しください」

 教えられたとおりの言葉。

 でも、嘘だ。

 苦しい。

『少女、歳は?』

 う。困る。自分でもわからないのに。

「……恐らく、十二、くらいだと、思います」

 歯切れ悪く答えると、青銀の眼に見つめられる。

 だめ。苦しい。




「申し訳ありません!」

 これ以上、ウソはつけない。ううん。あの眼が、ウソを許さない。

「私は巫女ではありません。先の神殿長様に拾われて、神殿の下働きをしているものでございます。本来、このような場に出るべきものでないことは、承知しております。……非礼を……おわびする言葉もございません」

 深々と、頭を下げる。

 ほかに何ができるだろう?

『……其方が詫びる事ではない』

 声は、優しかった。

『巫女の資格は、神殿が決めたこと。私が命じた事ではない』

 穏やかに、そう言った。

『顔を上げよ』

 言われるままに、顔を上げる。

『其方は、何を望む?』

 なにを、のぞむ? どういうこと?

『其方は、竜皇の巫女姫になりたいのか?』

 え……。

 考えてもみなかった、私が選ばれる可能性。

「……私は……」


 選ばれなければ、神殿を追い出され路頭に迷うのが目に見えている。

 それなら、選ぶ道はひとつしかない。


「竜皇の巫女姫とは、どのような務めを果たせばよろしいのでしょうか」

 それが、私にもできるものなら。

『年に四度、各神殿に降りる際に同行し、神託を告げるのが主な役目。私の城に住まうことになり、親子親類縁者を含め、人の世との関わりの一切を絶つことになる。竜である私と会話を交わすことが出来、人と交われない孤独に耐えることが出来るのであれば、務めは果たせるだろう』

 それなら、もともと親はいないし、神殿から出ることもほとんど無いくらいだから、きっと、大丈夫。

「巫女の修行は積んでおりませんが、よろしいでしょうか」

『構わぬ』


 ……なら。

 決めた。


「私を、竜皇様の巫女としてお仕えさせてください」

『それは、本心か?』

「はい」

 うなづく。

 迷いはない。

『ならば、其方を我が巫女姫とする』

「はい。ありがたき幸せにございます」

 すそをつまんで、深く一礼する。

 神殿長様が、亡くなる間際の言葉が、耳によみがえる。

『貴女なら、良い巫女になれるでしょう。竜皇様によくお仕えするのですよ』

 あれは、神殿に仕えるただの巫女のことじゃなくて、「竜皇の巫女姫」のことだったんだと、今になってわかった。

 神殿長様。予定よりちょっと早いですけど、巫女になれるみたいです。

 ちゃんとお努めはたします。見ていてくださいね。 

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