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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第二部
18/41

初めてのお仕事

 広いテラスに竜皇が降りて、私が乗っているカゴがゆっくり下ろされる。

 巫女服のすそに気を配って、巫女姫のあいさつの言葉を小さく復習しながら、開いた扉から出た。

 本当なら、神殿長が出迎えるはずの場所には。

 ……だれもいない。

 もしかして。

 竜皇を見上げると、かすかな溜息をついて、視線を儀式の間の奥――壁の方に向けた。

 竜皇が来るまで神殿長が待つ場所に、人影。ただし、倒れてる。

 あの神殿長だけじゃないんだ。

 私も思わず溜息をついた。


 西神殿は、西の国アウテナの中でもさらに西の方にある。

 何年か前までは、アウテナは王様が神殿長もやってる、ちょっと変わった国だったって聞いてる。

 アウテナ王国はもともと竜皇の養い子が作った国って言われていて、何百年も巫女姫の眷属も務めていたそうで、王冠には竜髄石がはめ込まれてたらしいけど。

 でも、何年か前に内乱で王様が殺されてしまって。それから、今は王様がいない国になってるって、ソイエさんのお屋敷で教わった。

 でも。

 こっちの神殿でも神殿長が竜皇を見て倒れちゃうなんて、聞いてな……。

『どの神殿でも似たようなものだ』

 あー。初めて会った時にも聞いた気がするそんな言葉。

 だけど。

「いってきます」

 長いすそを踏まないようにゆっくり歩く。

 だけど、そんなことばっかり続いたら。

 竜皇は、さみしくないのかな……?




 そばに行ってみると、倒れてたのは、若い女の人だった。

 神殿長だから、おばあさんか、おばさんかと思ってたのに。

 多分、ソイエさんとそんなに変わらない。神官としてもまだ若い方だと思う。

 本当にこの人が神殿長なのかな?

 隣にかがんで、軽く肩をゆする。

「大丈夫ですか?」

 声をかけると、うっすらと目を開いた。

「……え?」

 状況がわからないらしくぼんやりとした顔で私を見て。ゆっくりと体を起こして、竜皇を見つけて。

 慌てたように改めて私を見ると、ざーっと音がしそうなくらい急に顔色が悪くなる。

 そして、ばっと立ち上がると、それでもきれいにすそをさばいて、お作法の先生の様なお辞儀をしてくれた。

「御無礼をいたしました!」

 こんなに慌ててるのに、こんなにちゃんと出来るなんてすごい。

 あ、感心してる場合じゃなかった。

 立ち上がって、背筋をぴしっと伸ばす。

「竜皇より、お言葉がございます」

「御行幸、心より御礼申し上げます。西神殿とその下に祈る者を代表し、私、エベイン・アマリルが謹んでお預かりいたします」

 神託の内容は、秋の雨も冬の雪も少なくって、春や夏まで水不足になるかもしれないっていうこと。

「左様でございますか」

 ちょっとくもった顔には申し訳ないと思うけど、竜皇の力でお天気を変えるのは、出来るけどやっちゃいけないこと。

 どこかの天気を変えると、その影響がどこまで広がるかわからないからだって言ってた。

 雨が多いところから少ないところに持ってきたらそれでいい、っていう問題じゃないみたい。

 竜皇と話が出来なくて魔力で書き残された神託だけだと、大まかなことしかわからないけど、こうやってちゃんと話せれば、特にどの地域が酷いとか、そういう質問にも答えられる。

 少し話しただけでも、この人がすごくしっかりしていて、ちゃんとそれなりの地位にある人なんだってわかった。

「巫女姫様を歓迎する用意がございます。神殿の者よりの御挨拶を、お受け戴けますでしょうか?」

 そう、神託そのものよりも、こっちの方が大問題なの。

 竜皇を振り返る。

『行ってくるといい』

 竜皇は儀式の間の奥にたたずんだまま動かない。

 ただ、強い視線を一度アマリルさんに向けて。

『巫女に、無礼のないように』

 きっぱりとそれだけを言った。

「はい、心得ましてございます」

 アマリルさんはちょっと堅くなりながらそう答えると、「こちらでございます」と案内してくれる。

「いってきます」

 竜皇にそう言って、その後についていった。


 北神殿みたいに、広間と儀式の間は扉一枚じゃなくて、長い通路が続いていた。

 かなり古そうな白い石の壁や床に、窓から光が射し込んで落ち着いた明るさになっている。

「至らぬ点が御座いましたら、何なりとお申し付け下さいませ」

 アマリルさんはそう言って、広間に続いているらしい扉の前で、何故か深く溜息をつく。

「ええ、本当に、どんなに些細な事でも、快く思われない事が御座いましたら、何なりと。直ぐに儀式の間へご案内致しますので」

 ええと、そんなこと言われると、このまま帰りたくなっちゃうけど。

「確かに巫女姫が選ばれた事を示すためにも、一度お出まし戴かなくてはなりませんが、どうか、お気を悪くされませんよう」

 なにっ? なにがあるのこの扉の向こうっ。

 内心泣きそうなのを、顔に出さないように我慢している私の前で、扉が、開いた。




「巫女姫様のお見えで御座います。方々、お控え下さいませ」

 落ち着いた声が通って、ざわめいていた部屋が静まり返る。

 注目されて緊張するけど、それ以上に足がすくんだのは、広間に並ぶ人達が、偉そうなおじさんやおじいさんだったから。

 ここって上神殿じゃないの?

「ここ西神殿は、上下の神殿が分かれておりません」

 立ち尽くす私にアマリルさんが小声で教えてくれた。

 私が育った北神殿は、門前町にある下神殿と、山の上で竜皇の神託を受ける本殿――上神殿に分かれている。下神殿は男の神殿長で神官も男の人中心。上神殿は竜皇の巫女姫候補の教育もするから、神殿長は女性で、その下の神官も女の人が多い。

 それがふつうだと思ってたけど違うんだ。

 でも、そんな事以上に、並んだ神官の視線が痛い。

 短い髪はまとめてごまかしたけど、まだ、巫女選びに出るには小さい事には変わりない。

 絶対疑ってる。

 絶対変に思ってる。

 絶対ちっちゃいって思ってるっ。


 おじさんたちの中、ひときわ偉そうな……実際偉いのかな、下神殿の神殿長と同じような服を着てる人が進み出てきた。

「ようこそおいで下されました」

 それから、神殿長だったこのおじいさんをはじめ、何人もの偉い神官さんたちにあいさつされた。その中で、アマリルさんは神殿の女性神官と巫女姫の候補として神殿にいる巫女をまとめている、女神官長だってわかった。それでも十分すごいと思う。

 もう一度竜皇からの神託を渡して、それに対する質問をに答えて。

 さっきアマリルさんに聞かれた事とほとんど同じだったし、いっぱい練習したから、なんとかちゃんとお作法通りに出来たと思う。

 あいさつと質問が一通り済んで、もう帰れるのかと思ったら、なんかいろんな物が運ばれてきた。

 なんだかどこかで見た風景。

 神殿長が布の上に載せた封書を渡してきた。

「西の民より預かりました、巫女姫様への供物でございます。どうぞ、お納め下さい」

 む、無表情で棒読みに渡されても嬉しくないし、なにより困る。

 仕方がないので、渡された目録を開くと、目録の順にいろいろな贈り物が運ばれてきた。

 きれいな布地とか、小物とか宝石とか。

 ちょっと前だったら、手が届くはずもなかった、高価なもの。

 だけど。

 今ではわかってしまう。

 これが、確かに高価な物なんだけど、ソイエさんが用意してくれる物より数段下だって。

 小物も、きれいなんだけど、ソイエさんが見せてくれる物とは、材質も細工も違う。

 ソイエさん、いったいどれだけのお金持ちなんだろう……。

 昔だったら、きっと大喜びできたのに。まぁ、あからさまに大喜びしちゃいけないし、勉強の成果が出てるのはいいけど、なんか複雑。

「皆の気持ちは嬉しく思います」

 貢ぎ物、かぁ。

「ですが、受け取ることは出来ません」

 こんなにいろいろもらっても、私には、なにもできないのに。

「ですからこれは神殿の財に。管理は」

 すぐそばに控えていてくれたアマリルさんを振り返る。

「エベイン・アマリル女神官長。あなたに任せます」

 目録を差し出す。

「確かに、承りました」

 実はこれも神殿の習慣。

 もちろん気に入ったら持って帰ってもいいんだけど、そうでない場合は、『巫女姫の財』として、それぞれの神殿に置いて、神殿長とか信頼できそうな人に管理してもらう。

 そして、何か欲しいものがあるときのお使い代金にしたり、竜皇とは関係なく、個人で何かをしたい時に、その資金にしたりするんだって。

「おもてなしの席が用意してございますが」

 え。まだあるの。

 帰りたい、帰りたい、もう帰るーっ。

 それを察してくれたのか。

「お戻りになりますか?」

 と。アマリルさんがこそっと聞いてくれた。

 動きはひかえめに。でも、しっかり目を合わせてうなずくと、小さくうなずき返してくれた。

「巫女姫様、刻限でございます」

 まるで、それが初めから決まっていたように、私を止めるように、静かに、でも有無を言わせない声で、アマリルさんが言ってくれた。

 だから私も、それが前から決まってたようにふるまう。

「そうですね。神殿長、せっかくですが、わたくしはもう戻らねばなりません。またの機会を楽しみにしております」

 そう答えて、アマリルさんを振り返る。

「竜皇をお待たせする訳には参りません。案内を」

「かしこまりました」

 儀式の間に戻る扉に振り返って、歩き出す。

 すそ注意、すそ注意、と。

「――人形としてならば使えるか」

 扉をくぐるとき、後ろからそんな声がかすかに聞こえた。




 扉が閉まる。

 そこに鍵をかけて、アマリルさんが息を吐く。

「御無礼を致しました。ご気分を害することがなければよろしいのですが」

 まぁ、ちっちゃいのは事実だし。

 でも。

「『人形』と、聞こえましたが」

「……はい」

 気のせいじゃなかったんだ。

「どういう意味ですか?」

 これは、ただ単に興味。

 それを察したのか、アマリルさんはためらいがちに言った。

「恐らく、規則から離れることがなかった面からきているとも思いますが……」

 言葉は濁る。

 確かに、お作法に気をつけてて、他のこと考えてるヒマなかったからそのせいなのかな。

 でも、『人形としてなら使える』ってどういうことだろう。

 巫女としては使えないってことじゃなければいいけど。

「緊張されましたか?」

 通路を歩きながら、あんまり穏やかに聞かれたので。

「はい」

 思い切り、素直に答えていた。

 あ、やっちゃった。

 おそるおそるアマリルさんを見ると、優しく笑ってくれた。

「ソイエから手紙は受け取りましたが、本当に可愛らしい姫様でいらっしゃいますね」

「ソイエさんから?」

 え? なんで?

「ソイエとは長い友人ですので」

 そうなんだ。フルヒリングとアウテナって、大陸の東と西ですごく遠いのに。

「おもてなしの席に、お好みの物を御用意出来ればと思いまして」

 そう「おもてなしの席」って、ごはんとかお茶が用意してある。

 きっと、お作法が気になって味なんかわからないだろうし、何よりキレイにお食事できる自信がないし。だから、悪いけど帰らせてもらったんだけど、やっぱりいけなかったのかも。

「申し訳ないことをしました」

 おいしいもの用意してあったんだろうなぁ。

 落ち着いて食べられるような状況なら、よかったのに。

 なんか、あのおじさんたちに囲まれてるだけで逃げ出したくて仕方がなかったから。

 でも、こんなんじゃダメだよね。

「いえ、お気になさらず」

 アマリルさんは通路に飾ってある大きな花瓶の影から何か箱を取り出した。

「おもてなしの席にも御用意いたしましたが、初めてのことでもございますし、皆の前では食も進まれませんでしょうから、甘いものだけ、別に少しお包み致しました」

 え。

「よろしければ、お受けくださいませ」

 え、ええと、どうしよう。

「ありがとうございます」

 迷ったけど食欲に負けました。

 本当はおなか空いてるの。朝から緊張してほとんど食べられなかったんだもん。

「お口に合うとよろしいのですが」

 大丈夫です。今まで口に合わなかったお菓子はありません。


 儀式の間に続く扉の前で、アマリルさんは深呼吸している。

 恐い、のかなぁ。

「竜皇は、そんなに恐いですか?」

 思わず、聞いてしまった。

 と、申し訳なさそうな顔をされてしまった。

「無礼は重々承知なのですが、恐いというよりも、そうですね、恐れ多いと申し上げた方が良いかも知れません。その存在は、只人にとってはあまりに大きすぎるのです」

 でも、気絶するのはどうかと思うの。

「七年前も無礼にも気を失い、巫女姫をお迎えする役を仰せつかった今年は、倒れぬようにと思ったのですが……」

 七年前?

 七年前は、いくらなんでも神託を受ける立場にはいなかったと思う。もしかして。

「巫女選びに?」

「はい。アウテナ王が神殿長を兼ねていた時代の、最後の巫女選びに臨みました」

 へー。

「……直後に国は傾き、神殿も混乱いたしました。神託の場も、王城の近くから古いこの神殿に移り、巫女を教育する場もなくなって、三年前の巫女選びには巫女を出すことも出来ない程に。やっと、過去に巫女選びに臨んだ私が神殿に戻り、巫女を育てる用意が出来ましたが、来年の巫女選びの儀式に間に合うか難しいところでした」

 教育も何にも受けてなくても、意外と大丈夫みたい何だけど。私が選ばれちゃったくらいだし。

「夏に巫女姫が選ばれ、今後お迎えするのは女性神官でなければならなくなりましたので、神殿長に代わり、女神官では最上位の私がお迎えの役となりました。しかし先程の失態、お詫びの言葉もございません」

 あんまり気にしたことなかったけど、なんだかいろいろややこしいんだ。

 女の人のほうが倒れちゃいそうなのに、なんでお迎え役は女の人なんだろう。

「恐らく、今後余程のことがなければ、お迎え役は私が務めることになります。次回はこのような失態の無い様、心致します」

「そうしてもらえると、嬉しいです」


 扉が開くと、奥にたたずんでた竜皇の頭が動く。

『もう良いのか』

「はい」

 ちょっと足が震えているアマリルさんにあわせて出迎えと見送りの位置までゆっくり歩いて、そこから先は、走り出したいのを押さえて、ちょっと速めの足取りで竜皇のそばに行く。

「ただいま」

『お帰り』

 いつも通り、目元に軽く抱きついて、それから、カゴに乗る。

「また来年、お会いしましょう」

「はい。お待ちいたしております」

 ちょっと足がすくんでるような感じがするけど、確かに微笑み返してくれて。

『来年、また降りる。其の時まで息災であれ』

「有難き御言葉にございます」

 そして、最高の礼をしてくれるアマリルさんを残し、竜皇は儀式の間から飛び立った。




「はー、つかれたーっ」

 神殿が小さく見える高さになってから、大きく息を吐き出す。

『ご苦労だったな』

 一気に緊張感がなくなった私に、竜皇が小さく笑う。

「うん、疲れた。でも、ちゃんとできた、よね?」

 多分、問題はないと思う。思うけど。

『上出来だろう』

 竜皇に合格って言ってもらえて、やっと安心した。


 くぅぅぅぅ。


 う。

『……』

 竜皇が、声を上げず、でも確かに笑ってるのがわかる。

「だ、だってっ! 朝からちゃんと食べられなかったんだもんっ」

 うわーん、情けない。

 あ、そうだ。確かさっき、もらった箱が。

 がさがさと包みを開けると、中には何種類もの焼き菓子が入っていた。

 わーい。

 さっそくだけど、いただきまーす。

『もてなしの席はなかったのか?』

 お菓子を頬張る私に、竜皇が少しあきれたように言った。

「だって、厳しそうなおじさんたちに囲まれて、ごはん食べる気になんてならないもん」

 あ、でもなにか飲み物欲しいかも。

 それを察したかの様に、何処からか、お茶が入った大き目のカップが出てきた。

『飲み物が必要だろう』

「うん、ありがとう」

 おいしー、しあわせ。

『朝は下の景色を見る余裕もなかっただろうから、ゆっくり帰ろうか』

「うんっ」


 こうして、私の初めてのお仕事は、無事に終わった。

 年四回、これやらないといけないんだよね。

 でも。アマリルさんいい人だったし、他の神殿の人も、いい人たちだと嬉しいな。

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