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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
16/41

『姫』4

「おはようございます」

「おはようございます。……あれ?」

 次の日の朝、いつもどおりに朝食用の食堂に行くと、ソイエさんがいつもと同じように壁ぎわの長椅子で本を読んでいる。けど。

「ソイエさん、今日もお休みなの?」

 その髪は、おろしたままだった。

「ええ。ちょっと用事ができましたから」

 そっか、じゃあ、お話とかできないな。残念。

 でも、それよりも、いつもと違うのは。

「ウォレフさんは?」

 いつも、影のように控えているのに、時折ぼそっときつい事を言ったり、ソイエさんを大慌てで止めたりしているウォレフさんがいない。

「イヌにも休養は必要ですので」

 ……いま、「いぬ」って言葉の響きが、なんか変だったような。

 でも、それ以前にウォレフさん犬じゃないし。オオカミだし。……あんまり変わらないのかな?

「まぁ、ちょっと、やりすぎましたわね」

 なにを? というのがすごく気になったけど、深く聞いちゃいけない気がした。

「……あれは、『ちょっと』か?」

 疲れのにじむ声がした方を見ると、扉を開けた姿勢のまま、力なく肩を落としたウォレフさん。

「あら、起きてきたの? 寝ててもいいのに。邪魔だから」

 『邪魔』ってソイエさん……。

「姫にどんな悪影響を及ぼすかわからんお前を、放置できるか」

 でも、見た目にもものすごく疲れてるけど……。

「でも、ウォレフさん、すごく疲れて見えますよ? 大丈夫?」

「御心配には及びません」

「でも、ちゃんと休んでおきなさいよ。後で魔力を使ってもらう予定があるんだから」

 魔力?

「だったら、もう少し手加減というものを」

「不甲斐無い男共が悪いのよ」

 男、ども?

「だから、お前はもう少し敬意というものを」

「うるさいわね。陰気な顔さらしてないで、少し寝てなさいよ」

 いつもどおり会話はいまひとつ読めないけれど、ウォレフさんにまったく勢いがない。

「ウォレフさん、少し休んだ方がいいと思いますよ?」

「ですが」

「姫もこう言ってるし。どのみち、仕立て屋呼んで巫女服の仕上げとかするから、部屋から追い出すわよ」

 巫女服。本当に必要なのかな。

「今日の予定は」

 あきらめたように、ウォレフさんが聞いてくる。

「姫で着せ替え。秋物用意しなくちゃね」

 ……。

 うん、まぁ、ソイエさんが選んでくれるお洋服は、好きなんだけど。服が可愛すぎて、私が着たんじゃもったいないかなって、思うのよね。

 大体、そんなにいっぱい作ってもらっても、私は……。

「わかった、少し休む。くれぐれも、余計なことを姫に教えるな。いいな?」

「私は、必要なことしか教えてないわよ」

「頼むから、その認識を少し改めてくれ……」

 背中に影を背負い込んだまま、ウォレフさんは出て行った。

 ……何があったんだろう。

 それに、ウォレフさんの魔力が必要って、ソイエさんの言う「用事」ってなんだろう。




 巫女選びに出るときの装束と、巫女姫になってからの装束は違うものらしくて、巫女姫の正装の方が豪華だ。

「フリルとかレースとか付けたいですわよねぇ」

 いや、それは、決まってるからダメだから。

「折角、ベルタからレース地を預かってきましたのに」

「ベルタさんから?」

「ええ、これです」

 箱の中、薄い紙に包まれて大切にしまわれている布を取り出してくれた。

「うわ、きれい」

 扱い自体がかなり違うけれど、確かに、それだけの扱いをしないといけないものだってことがわかる。

 でも、ごめんね。

「もったいないから、いい」

 そんなすごいレース、使えない。

「あら、ベルタが嘆きますわ」

 ベルタさんが、せっかく用意してくれたのは、わかるけど。

「だって、まだ服の大きさ変わるもの。もったいないよ」

 まだ、背とか伸びてくれなきゃ困るもの。

 すぐに着られなくなる服に使うなんてもったいない。

「そうですわね。では、姫が大人になったら使いましょうか」

 大人になったら。

 大人になった時、私はそんなものを着られる立場に、いるのかな?


 巫女服の仮縫いも終わって、既に注文されていたらしい秋物の普通の服を合わせる。

 まだ、ちょっと暑い。

 だけど、夏よりも重ねられるから、可愛い服が多い。

 少し余裕があるのは、成長することを祈って。

 特に問題がないのを確認して、仕立て屋さんは帰っていった。

 後に残ったのは、山のような服と、小物類。

「これを姫の衣装部屋に運ばせて、午後は服を決めますね。まずは、ちょっと早いですけれど、昼食にしましょう」

 うれしい。着せ替え人形にされるのって、結構体力使うの。

 でも。

「服を決めるって、なんの?」

「戦闘服、ですわね」

 戦闘?

「なにと戦うの?」

 戦うのに、この、ひらひらふわふわの服なの?

「昨日も申しましたけれど」

 そう言って、ソイエさんはにっこりと、でも、なんだか凄みのある笑みを浮かべる。

「人と、神の。もしくは、女と男の」

 それは、つまり。

「……会える、の?」

「はい」

「用事って、そのこと?」

「そうです」

 急なことで、びっくりして声が上ずってるのが自分でもわかる。

「ですから、しっかり食べて、きれいに飾って、念入りに準備しますのよ」

「で、でも」

 覚悟ができてない。

 頭の中も、言いたいことや、でも、否定されたらどうしようっていうのがぐるぐる回って混乱してくる。

「確認したいことが、あるのでしょう?」

 優しく、問いただされて。

「……うん」

 そう、答えを聞きたくないけど、はっきりさせなくちゃいけないこと。

「ご自分で、聞けますね?」

「てっきり、伝言されるんだと、思ってた」

 自分で、竜皇に聞くなんて、考えもしなかった。

「私やウォレフの口から伝えられて、それで納得できますか?」

 言われてみれば、確かにそうだ。

「納得、できないと、思う」

「私もそう思います。ですから、怖くてもご自分で確かめた方が、結果としては姫の為でしょう」

 例え、どっちの結果が出たとしても。

 怖いけど、ソイエさんの言うことは正しい。

「ですから、準備は入念にして、行きましょうね」

「はい」

 はっきりさせることを望んだのは自分。だから、自分で、自分の声で、自分の耳で、自分の目で、確かめなくちゃ。




 そんな訳で。

 ソイエさんが選んでくれた服は、いつにもまして、ひらひらふわふわの服。

 ちょっと緑がかった水色の服。襟は少し開いているけれど柔らかい布の白いフリルで、首元を覆っている。袖はひじ位までは普通だけど、そこから先は手首くらいまで大きなフリルで、腕を上げると扇子みたいに広がる。ひざ丈のスカートは、中に何枚も薄いスカートを重ねてふんわりふくらませた。ひざの下までの靴下も、フリルつき。靴は足首に幅の広いリボンを結んで固定する形。ちょっと底が厚くて、転びそう。髪も、上半分を結い上げて服と同じ色のリボンを編みこんでいるし。

 なんていうか、ここまでやらなくてもいいんじゃないでしょうか、ソイエさん。

「うん、可愛い可愛い」

 戦うんじゃなかったの?

「姫の場合、可愛さが最大の武器ですから」

「服ばっかりかわいくても、仕方がないと思うの」

「よくお似合いですわよ」

 そうなのかなー。

「そうです、忘れるところでした。はい、お守り」

 そう言って渡されたのは、小さい方の竜のぬいぐるみ。

 昨日の夜、ほつれたところがあったから、直してもらってたんだ。

「え、もう直ったの?」

 それに少しよれた中の綿も詰めなおされたみたいで、形も整えられている。

「朝一番に、職人に渡して来ましたから」

「急がせちゃって、悪いことしたかな」

 自分できれいに直せないから、誰かお裁縫の上手な人に頼もうとしたのに、お店まで持って行ってくれたんだ。

「向こうも仕事ですから。気にすることはありませんわ。それにほんの少しでしたし」

 ぬいぐるみを抱きしめる。ちょっとだけ、落ち着いた。

「一度、何を言うか、ぬいぐるみにでも話してみるといいですわね」 

 

 ウォレフさんは先に竜皇のお城に行っていたみたいで、私とソイエさんが神殿に入ると祭壇の前で出迎えてくれた。

 私を見ると、ウォレフさん「お似合いですよ」って言ってくれたけど、でも。

「……巫女服じゃなくて、いいのかな」

 隠し通路を抜けて、地下の鏡がある部屋に入る頃には、不安が急に大きくなってきた。落ち着かなくて、ここまで持ってきてしまったぬいぐるみを強く抱きしめる。

「巫女は、竜皇に仕える者です。巫女服は、竜皇に仕える意思の表明。ですから、巫女服では、戦えません」

「……何故そんな物騒な単語が出てくる」

 鏡に向かって、魔法をかけていたウォレフさんが振り返る。

「自分の居場所は、勝ち取るものよ。自分の意思を通すのも、戦い」

 鏡の前で立ちすくむ。

 動けない。

「姫」

 隣に、ソイエさんが私に視線を合わせるように、かがんでくれた。

「ひとつだけ、覚えておいてください」

 襟や髪を少し整えて、にっこり笑ってくれる。

「例え何があっても、神や、世界の全てを敵に回しても、私は姫の味方ですよ」

「……どうして? 私が竜皇の巫女姫で、ソイエさんが巫女姫の眷属だから?」

「それもありますけれどね。でもそれ以上に、私が個人的に、姫を大好きだから、ですわよ」

 優しく、頭をなでてくれる。

「思い残すことのないように、言いたいことは、全部吐き出していらっしゃい」

 そう、もしも、いらないって言われたら、もう、竜皇には会えない。

 ぬいぐるみを抱きしめて、大きく深呼吸をする。

 そして、ソイエさんにぬいぐるみを渡して、鏡に向かって、背筋を伸ばす。

「行きます」

「かしこまりました。では、御手を」

 鏡の中に足を踏み入れる前に、ソイエさんに振り向く。

「いってらっしゃいませ。また『遊びに』来てくださるのを、心待ちにしておりますわ」

 『遊びに』を強調してくれた。

「いってきます」

 ソイエさんの笑顔に背中を押されて、そして、鏡をくぐった。




 懐かしい、がらんと広い、大きすぎる大広間。

 その奥、一段高くなった玉座に、竜皇が目を閉じてたたずんでいる。

 久しぶりに見る竜皇は、大きくて、威厳に満ちていて。

 私に読み書きを教えてくれたり、私がお皿の値段を気にしてうなっていたり、慌ててお茶をこぼしたりするのを、あきれたり、笑ったりしてくれていた竜皇とは、まるで違っていた。

 竜皇といっしょだったのが、夢だったみたいに。

「姫」

 ウォレフさんが、うながしてくれる。

 うなづいて、竜皇の前に、歩いていった。

 深呼吸して。

「竜皇、ただいま!」

 声を掛ける。

 大きい声を出さなくても通じるのはわかっているけど、これは、自分にも勢いをつけるため。

 竜皇がまぶたを開く。

 私の大好きな、青銀と虹色の不思議な瞳。

 それが、私をとらえて、そして。

 その顔が、固まったのが、わかった。

 ほんのわずかな変化だけど、わかる。

 そして、それが、つまり、答えなんだろうと。

 沈黙。

 少しの間だけど、広い広い空間に満ちる静寂が、たえられなかった。

「帰って来ちゃ、いけなかったの?」

『……そんなことは、ない』

 ためらいがちに出された、懐かしい声。

「じゃあ、なんで今まで、帰りたいっていっても、帰れなかったの?」

 竜皇は、答えを探すように、視線をさまよわせた。

「私を巫女に選んでくれた訳じゃなかったの? 私じゃ巫女が務められないの? 神殿に捨てられそうになった私を、哀れんで拾っただけなの!?」

 しゃべりだしたら、もう、止らなかった。

「だったら、名前なんかくれなくてよかった! やさしくなんか、してくれなくてよかった!」

 視界がゆがむ。

「捨てるなら、どうせ捨てるんだったら、はじめから拾わないでよ……っ!」

 竜皇に名前をもらって、ちゃんと名前で呼んでもらえて。

 いつかは出て行かなくちゃいけない場所じゃなくて、ずっとここにいてもいいんだって、ちゃんとした居場所ができたんだって。

 短い間だけど、そう思ってた。

 目の前はもう、ぼやけて見えない。

 もうだめ。

 下を向いて、竜皇から目をそらす。

 本当は、今すぐここから逃げ出したかった。

 でも、立っているのがやっとで、足を踏み出したとたん、ひざがくずれてその場で泣き出してしましそうだった。

 しばらくして。

 本当は、ほんのわずかな間だったのかもしれないけど。

『シエル』

 久しぶりに呼ばれた名前。

 竜皇の声で、名前を呼んでもらうのが、大好き、だった。

『シエル』

 ――今でも、大好き。

 いつの間に、玉座から降りていたのか、竜皇は私のそばにいた。

 前と同じ様に、私に目の高さを合わせるように、横顔を向けて。

 体は大きいけれど、基本的に、竜皇は音もなく動く。わずかに風の流れでわかるくらい、静かに。今は、空気の動きさえわからなかった。

『人は、人の中で生きる方が良いだろうと思った』

 そうなのかもしれない、でも。

「私は……」

 頑張って顔を上げた。多分酷い顔になってるだろうけど、でも、かまわない。


「私は、竜皇といっしょが、いいのっ」


 竜皇の目が、少し、柔らかく細められた。

 この顔は、よく、知ってる。

『そうか』

 そして、頬をすこし、すぐ目の前まで、近づけてくれた。

『寂しい思いを、させたようだな』

 寂しい? そうか、これが、寂しいっていうことだったんだ。

『おかえり。シエル』

 たった一言。

 たった一言だけど、それは、何よりも聞きたかった言葉。

「ここにいていいの?」

『ああ』

「竜皇といっしょにいても、いいの?」

『シエルが、望むなら』

 なに、それ。

「わたしが、望むなら?」

『私には、拒む理由などない。シエルが此処にいたいと望むのならば、その方が良い』

 かすかに触れるかどうか、というくらいに、でも確かに、頬を寄せてくれた。

 私、ここにいても、いいんだ。

 竜皇と、いっしょにいていいんだ。

「竜皇」

 私が、安心できる場所。

 私を、受け入れてくれた場所。

 私を認めてくれた存在。

「竜皇ぉ」

 もう、涙をおさえるのもやめて、竜皇の目元にすがりつく。

 小さい子供みたいに泣きじゃくる私を、静かにつつんでくれる。


 ずっとずっと大きくて、その翼や、尻尾や爪にぶつかっただけでも、私なんかひとたまりもないだろうけど。

 抱きつくにも、腕も回らないけれど。

 その体を覆うウロコは、堅くて、冷たいけど。

 私にとっては、何よりも優しい。

 なでてくれる手もないし、抱きしめてくれる腕もないけど、全身を、余すところなく優しい空気で包んでくれる。

 私が一番、いたい場所。

 私が、いてもいい場所。

 いっしょにいたい存在。

イヌは、依代も本体もゲシゲシされてボロボロです。

竜も依代がそれなりにゲシゲシされてます。

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