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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
13/41

『姫』1

「では、姫さま、おやすみなさいませ」

「はい、おやすみなさい」

 お湯を使った後の、髪の手入れやそのほかをいろいろやってくれたメイドさんに、あいさつをする。

 扉の鍵を閉めて、足音が遠ざかるのを確認して。

「つかれたぁ……」

 ばふ。

 ベッドに倒れこむ。

 ごろごろ転がって、ベッドの上に置いているぬいぐるみに抱きつく。

 こんなだらだらした姿は、メイドさんたちには見せられない。

「りゅうおー、つかれたよぉー」 

 抱きついて顔をうずめるのは、ソイエさんにお願いして作ってもらった青い竜のぬいぐるみ。

 寝そべった形の大きな方は、ベッドの上に。

 座った形の小さな方は、机の上に。

「うう、背中が痛い……」

 今日はダンスの日だった。

 運動は嫌いじゃない。動くのは好き。でも。

 『姿勢が歪んでいます!』『背筋は真っ直ぐ!』って、怒られてばっかり。

 姿勢を気にすると、足元が狂ってすそを踏んだり、練習相手のウォレフさんの足を踏んじゃったり。

 気にしなくていいって言ってくれるけど、気にならないわけがない。

 だって、思いっきり踏んじゃってるんだもの。最近は回数が減ってきて、今日は一度だけだったけど。

 背中が痛いのは、相手役のウォレフさんと身長が全然合わないっていう問題も、かなり大きい気がしないでもないんだけど。

 そもそも巫女なんだし、覚えたって踊る相手いないんだけどなぁ。


 あ、日記書かなきゃ。

 起き上がって、机に向かう。

 机の上には、ぬいぐるみと小物がいくつか。それに、読みかけの本と、勉強したことを書きつけていく手帳と、鍵付きの日記帳。

 座った形の、竜のぬいぐるみの翼の根元にかくしてある小さな鍵を取り出す。

 鍵の飾りの部分は、宝冠――お姫様がつける小さな冠の形をしている。

 これは、日記の表紙のすみにも、シーツのすみにもあって、私専用のものっていう印。

 ソイエさんは何種類かの花をつないだ花輪を印にしてるけど、それはソイエさんの家、プリマヴェーラ公爵家の紋章を略したものらしい。

 ウォレフさんは、オオカミの印を入れてる。

 こういうのは、特別な立場の人以外は名前の頭文字を使うことが多いんだけど、よく考えたら私は名前のつづりを知らない。

 竜皇以外の誰かに呼ばれることもない、何かに書く必要もない名前だから、それも仕方がないのかもしれないけど。

 竜を入れたかったけど、巫女姫としての持ち物じゃないからそうもできなくて、いろいろ考えてもらった末『姫だから冠』ということになった。

 これはこれでかわいいけど。

 でもね。




 かちり。

 音を立てて、小さな錠前が外れる。

 この日記帳は、ここに来て何日か目にソイエさんがくれたもの。

『勉強したことについて書いてある手帳は、復習や、間違って覚えていることがないかを確認するのに時折拝見いたします。ですから、その時の勉強とは関係のない出来事や日々考えたことは、こちらに書かれるとよろしいですよ』

 そう言われてもらったときは、そんなに書くことがあるなんて思わなかったけど、実際に書きはじめてみると毎日欠かさず書いている。

 日付と、ここに来てからの日にち。

 気が付いたら、竜皇のお城にいた日にちよりも、ソイエさんのお屋敷に来てからの日にちの方が長くなって。

 前の方のページをめくると、はっきりとわかるほど誤字や脱字が少なくなって、反対に使える言葉が多くなって、文字も少しはきれいになったと思う。

 今日は、いつも通りに起きて、ソイエさんと朝ご飯を食べて、お仕事に出かけるソイエさんを見送った。

 ちなみに、髪を結って普段着よりも暗い色で飾りの少ない細身の仕事用のドレスを着たソイエさんは、普段のかわいいって言う感じでも、きれいって言うのでもなく、かっこいいって表現が似合う。私のあこがれ。そう言うと、ウォレフさんはものすごーく複雑な顔をするけど。

 その後は日によって違うけど、お勉強の時間。今日は午前中は歴史、昼食後はお裁縫、午後のお茶の後はダンス。それが終わってから夕食までが自由時間。

 大体はウォレフさんと一緒に庭をお散歩するか、書庫で本を読んでいたりが多い。

 ソイエさんの帰りが早ければ、一緒に夕ご飯。遅ければ、独りで食事をして部屋に戻る。

 メイドさんに手伝ってもらって、お湯を使ったり髪や爪なんかの手入れをされたり。

 神殿では、もちろん体を清潔にするのは必要なことだったけど、普段は体をぬらした布でふくのがせいぜい。たっぷりのお湯につかるのは、ある程度身分があっても、大事な儀式の前くらいにしかできない。

 それが、ここでは当たり前にできる。

 水が多い土地だから、って教えてもらったけど、それでも一部の人だけができることなのは変わらないはずなのに。

 そして、おやすみなさいのあいさつをした後が、私の時間。

 ソイエさんやウォレフさんと一緒のときはそんなに緊張しないけど、勉強を教えてくれるメイドさんと一緒だと、かなり緊張する。

 一人でこのお部屋にいるとき以外は、全部が勉強だから。

 

 ご飯を食べながらも、お茶を飲みながらも、お作法は全部見られている。だから、気が抜けない。

 ソイエさんはやんわりと直してくれるけど、先生になってくれているメイドさんはかなり厳しい。

 なんでも、ソイエさんが生まれる前からこのお屋敷に勤めていて、今ではメイドさんの中で一番偉い人みたい。ソイエさんの先生でもあったとかで、たまにソイエさんもお小言を言われている。

 でも、本当は忙しいんだろうけど、本当に細かいところまで見ていてくれる。同じことを何回も聞いても、嫌がらずに、くりかえしきちんとわかるまで教えてくれる。すごくいい先生。

 それに、食事の時間に覚えることは作法だけじゃない。これはなんていうお料理で、材料はなんていうものでどこでとれた物か、どうやって食べるのか、なにで味付けしてあって、付け合せはなんだとか。飲み物はなんだとか。お皿はどこの国のなんていう職人のものかまで。

 食事中にメモなんて取れないから、もちろんその場で頭に入れていくしかない。

 朝、服を着る時も、素材や産地、生地の織り方や服の形、染め色や染料まで、いろんなことを教えてくれる。

 とにかく、全部覚えていくしかない。

 覚えることがいっぱいありすぎて、熱が出そうだけど。

 そして夕食の後に、手帳に書きつけた分は一通り見てもらって、覚え違いがないかを確認してもらう。

 それが、ここに来てからの日課。


 お屋敷にいる人たちは、みんな優しい。

 ソイエさんも、ウォレフさんも。

 厳しいメイド長も、無口な執事さんも、髪の手入れをしながらおしゃべりをしてくれるメイドさんも。

 みんな、みんな優しい。

 美味しいご飯が食べられて、ふかふかのお布団で眠れて。

 きれいなもの、上等のもの、ぜいたくなものにかこまれて。

 何の不満もないはず。

 不満なんか、持っちゃいけないはず。

 それなのに。

  

 ぬいぐるみを、ぎゅ、と抱きしめる。

 すわって翼を広げた形だけど、抱きやすいように、翼の付け根の位置をすこし変えてある。

 そのせいで、翼の下の胴体部分は、ちょっと、くたっ、てなってきている。

 それでも、抱きしめないと、いられない。

 私は、だれ?

 私は、なに?

 私はお姫様じゃない。

 『姫』なんて呼ばれる立場じゃない。

 どこのだれかも、わからない。

 もともと『オニキス』という呼び名しかなかった。

 生まれをあらわす家名や族名がない。それは、帰るところがないという意味。

 神殿で呼ばれていた名前も、今はない。

 竜皇がくれた名前は、竜皇以外に呼ばれることはない。

 だから。

 だれも、私の名前を呼んでくれない。

 だれにも、名前を呼んでもらえない。

 それは、呼び名すらないのと同じこと。

 それは、私という存在が、はっきりしていないということ。

 こんなにも長く、名前を呼ばれない日が続くと、不安になる。

 

 私は、だれ?

 私は『シエル』だよね?

 ね? そうだよね?

 でも、確認する相手もいない。

 ウォレフさんに、竜皇に会いたいって言っても、なんだか、うやむやにされてしまう。

 私は、巫女姫だよね?

 本当は、竜皇のお城にいるはずなんだよね?

 なのに、竜皇のお城にいけないの?

 竜皇といっしょにいられないの?




『ダンスも、ウォレフさんの足を踏まなくなったよ。

 ししゅうも、私の印の宝冠をちゃんとぬえるようになったよ。

 今度はね、巫女姫の印を教えてもらうの。

 ちゃんと、お勉強進んでるよ。

 ねぇ、竜皇。

 あと、なにをどのくらい勉強したら、帰ってもいいの?』

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