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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
12/41

黒と赤の眷属7

 ソイエさんのお屋敷に来て数日。

 ちょっとずつ、お屋敷の人たちや、ここでの生活に慣れてきた。

 行儀見習いっていっても、ちゃんとしたお勉強以前の問題として、まずは食事の作法からなにから日常生活の基本を教えてもらわないとどうしようもないという、私のダメさ加減で。

 それでもソイエさんもウォレフさんも、屋敷の人たちもみんな優しくて、見る物すべてを珍しがって、いろいろ質問する私にもちゃんと答えてくれる。

 ……お屋敷の人に関しては、ソイエさんに言われたからそうしてるだけの人もいるみたいだし、ソイエさんが私を連れて出かけるのをよく思わない人もいるみたいだけど。それは無理がないと思う。

 たとえ巫女姫であっても、実際の私は、教養どころか常識もない身元もわからない、ただの女の子。

 竜皇っていう後ろ盾がなかったら、たとえ使用人としてでも、こんなお屋敷の敷地に入ることはできないと思うから。




「……うるさいわね」

 ここに来てからの習慣で、ソイエさんと一緒に午後のお茶を飲んでいると、なんだか表の方がさわいでいた。

「……この声は秘書官だな」

 耳をすましていたウォレフさんが、つぶやいた。

 秘書?

「追い返すように言ってきて」

 ひらひらと手を振るソイエさんに、さらに一言。

「無駄な様だが」

 その視線の先で植え込みがゆれて、姿を現した人に向かって、何かが飛んだ。

 そして、それは吸い込まれるように、その人のみぞおちに入って。

「ぐはっ」

 うめいて、胸を押さえてしゃがみこむ人と、地面に落ちたのは……扇子?

 え。

 でも扇子があたったくらいで、あんなに痛そうなの?

「……こ、公爵様……」

「やかましい。勝手知ったる他人の屋敷とはいえ、主の(ゆる)し無く入り込んでくるとは何事か?」

 うずくまる若い男の人前までつかつかと歩いて行ったソイエさんは、近くにいたメイドさんが拾いあげた扇子を受け取ると、びしっと背筋を伸ばして立って、目の前の人を見下ろす。

 空気が張りつめたみたいな、すごい、威厳。

「何用か?」

「か、火急の件が……」

「内容を聞いている」

 男の人は完全に気迫負けしてる。

 なんて言うんだっけ、こういうの。

「ヘビににらまれたカエル?」

 隣に立っているウォレフさんを見上げて言うと、ちょっと複雑そうな顔でうなずいてくれた。

「まぁ、そのような物です」

 ソイエさんから静かに、でもものすごい圧力をかけられていた男の人は、助けを求めるように視線をさまよわせて、ウォレフさんを見つける……と同時に私に気がついたらしくて。

「あの……あちらのお嬢様は?」

「かわいいでしょ。誰だと思う?」

「やはり御息女で、うがっ」

 扇子は、今度は頭に叩きつけられたみたいだった。

 でも。なんか……鈍いというか、重い音がしてたけど。

「い、痛いです……。なんなんですか、その扇子。なんでそんなに威力があるんですか。おかしいですよ」

「私の持ち物が、普通の物であるはずが無いでしょう」

「……説得力があるのも、どうかと思うが」

 ウォレフさんはぼそりとつぶやく。

 どう普通じゃないのか気になるけど、それより。

「息女って、娘のことだよね?」

「はい」

「……私が、ソイエさんの?」

 いくらなんでもそれは無理だと思う。

 私がいくつに見えてるのか、っていう問題があるけど、二、三歳下に見えてたとしても、たぶんソイエさんが私くらいの時に子供産んだことになっちゃうはず。

 貴族だから、結婚してるのはあるかもしれないけど、ソイエさんは結婚してないみたいだし。

「私が幾つで子供産んだ事になるのかしらねぇ?」

 うぅ。後ろ姿なのに怖いよソイエさん。

「こ、公爵様だったら、何でもありな気がするじゃないですか」

「で? 他には?」

「他にとおっしゃいますと……」

「誰が何に賭けてるの?」

 かけ?

「あ、あのぅ、それは……」

「手堅いのは?」

「それは、ごしゅっさ……ん……」

 張りつめていた空気が、一気にはじけた。

「私のこの細い腹の何処に、そんなモノが入ってるって?」

 思わず、ウォレフさんの影に隠れる。

 こ、こわいよぅ……。

「ちなみに大穴は?」

「ウォレフ殿が御出産というのが」

 え。

「面白味がないわね」

 え、え?

 そろっとウォレフさんを見上げる。

 うんざりした顔でソイエさんたちを見てるその姿は、どこからどう見ても、男の人、だよね? 人間じゃないけど、性別男性、これは変わらないはず。

「誰が言ったのか、すぐにわかるあたりがなんだかね……」

 はぁ、と大きくためいきをついて、ソイエさんは別の背の高い植え込みの方に向かって扇子を投げた。


「相変わらず、物騒な物を持っているね。危ないから、投げるのは止めた方がいいと思うよ」

 のんびりした声がして、姿を現したのは、若い男の人。

 あわい草色の服に、黒に近いくらいの暗い茶色の髪の組み合わせは、なんだか、春になって野原が草に覆われ始めた頃みたい。ほんわかしたこの人の雰囲気によく合ってる。

「殴りつけるか、投げつける以外に用途がある?」

「扇子は、そういう使い方をする物ではないはずだけれどね」

 その人はそう言うと、ソイエさんの足元でうずくまる人に声を掛けた。

「火急の用件は、早く済ませないと大変なことになるよ?」

 その一言に、秘書官らしい男の人は一気にあおざめて、あわてて手紙を取り出した。

「……ベルタの字じゃない。馬鹿話してないでさっさと出しなさいよ」

「馬鹿話になったのは誰のせいだ」

「それは言わない方が賢明だよ、ウォレフ」

 この男の人と、ウォレフさんも知り合いらしい。

 並んで立つとウォレフさんよりも背が低いけど、多分、背が高い方なんだと思う。がっしりしててきたえてる感じがするウォレフさんと違って、細くて柔らかな印象。

 だから、背は高いけど、そんなに威圧感はない。

 その一方で、手紙を開いたソイエさんは、目を通した瞬間に、また雰囲気ががらっと変わった。

「……これ、合ってるの?」

 最初に、秘書官の人が出てきたときと同じ威厳で。

「合っています。五回検算しましたけれど、一度も違った数字は出ていません」

「ふうん……。仕方がないわね、明日から登城するわ。それでいいわね、グレン」

朝議(ちょうぎ)までに、方針を固めておいてくれれば問題はないよ」

 グレン、というのはこの人の名前らしい。

 でも「ちょうぎ」ってなに?

「執務室の面々に伝えておきなさい。明日の朝までに、私が仕事をしたくなるような状況にしておく事。ついでに、家族としばらくの別れでも惜しんでおきなさい。この程度の案件に私を呼び出さなきゃならないなんて、私が国際会議に出ていたり、何かあったときとかにどうするの。その根性から叩きなおすから、十日は家に帰れないし、三日は眠れないと思うのね」

「そ、そんな……」

「まぁ、今日だけはゆっくり寝ておきなさい。それと」

 ソイエさんは扇子がなかったからか、丸めた手紙を秘書官さんに突きつけて。

「掛け金没収。全部歳費に回すから、城の隅々からきっちり回収してらっしゃい。この私を賭けの題材にした時点で、まさかその程度の覚悟はできてるんでしょうから」

「ええええ……」

「私財を投げ打って、国庫に貢献する財務官はじめ役人たち。麗しいじゃないの」

 「こっこ」? 「ざいむかん」?

 なんか、聞きなれない言葉ばっかりが出てくる。

「ソイエさんって、お仕事なにしてるの?」

 公爵様って、自分の領地管理してるだけじゃないんだ? 隣にいたウォレフさんに聞いたつもりだったけど、答えはソイエさん本人から返ってきた。


「私は、このフルヒリング王国の財務大臣を務めております」


 ……だ、大臣!?

「あれでも一応、既に数年間務めております。意外に思われるかもしれませんが、有能らしいです」

 ウォレフさんが付け加えてくれる。

「だ、だって、普通、大臣とか国の偉い人って、おじさんっていうか、おじいさんばっかりじゃ!」

 たまに神殿にも来ることがあるけど、みんなかなりの年の人だし、女の人で大臣なんて聞いたこと無い。

「それだけ、この国が普通ではないという意味でもありますわね。最近は、近隣の国との揉め事が一段落して、賠償金や通商関係の案件が多いせいで、外交関係もかなり押し付けられておりますけれど」

 そ、ソイエさんって、実は、いや、今までもある意味すごい人だと思ってたけど、本当に、すごい人なんだ……。びっくり。

「ちなみに。そこでのほほんとしてるのは、この国の王太子です」

 ……え。

 この場で、のほほんという表現が似合う人っていったら。

「まぁ、一応ね」

 思わず、まじまじと見てしまったら、グレンさんがにっこり笑って答えてくれた。

 王太子って、王子様だよね?

 確かに、ちょっと貴族っぽい感じの人だとは思ったけど。

 私、今、実はものすごい人に囲まれてるんじゃ……。

 

 


「で、アンタは何しに来たの」

 ソイエさんが秘書官さんをびしばしと叱ってお城に帰らせたあと。グレンさんも加わって、午後のお茶再開。

 一緒にいるのが、大臣とか王子様なんだって考えたら、緊張してしまう。

「あの、政務第一のソイエが、珍しく長期休暇をとった理由の偵察に。というのはどうかな」

 お茶を片手に、にっこり笑う姿は、確かにオウジサマかも知れない。

「新作のタルトを作ったのに、食べてくれる二人のうちソイエは休暇だし。でも、最近かわいい女の子を連れて歩いていると聞いたから、それなら持って来て、その子にも味を見てもらおうかなと思って」

 その言葉に合わせるように、きれいに切り分けられた、色鮮やかなタルトが運ばれてきた。 

 うわぁ。赤に紫に、いろいろな木イチゴが乗っている。

 果物だけでも、短い夏と秋だけのぜいたくだったのに。お菓子なんて最高のぜいたくで、目にすることもほとんどなかったし、口に入ることなんてもっとなかったのにっ。

 竜皇のお城でも、果物やお菓子が毎日出てきて。ソイエさんのお屋敷に来てからさらに手の込んだお菓子が毎日出てきて、こんなぜいたくしちゃっていいのかなって思ってたのに。

 なのに。

 今まで見たどのお菓子よりも美味しそう。人目を気にしなくていいんだったら、このまま、ぱくっていきたい。

 でも――。あれ?

 さっき「新作のタルトを『作ったのに』」って……。

 思わず、目の前のタルトと、グレンさんを見比べてしまっていたら。

「……まぁ、普通はおかしいと思うわよね。王太子の趣味が、お菓子作り。しかもその腕は、その辺の菓子職人以上って」

 優雅にタルトを口に運びながら、ソイエさんが言った。

「もともと、王子として育ったわけではないからね。何の間違いか、父に王位が回ってきたと言うだけで」

「それでも、普通ここまでならないわよ。……おいしいじゃないの」

「それはどうも」

 グレンさんは、タルトに手をだせないでいる私に気が付くと、不意に立ち上がって、そばに来た。

 え、な、なに?

 別に、タルトが嫌いなんじゃないです。むしろ今すぐ食べたいです。キレイに食べるにはどうしたらいいか、考えてただけで。

 目の前でひざをつくと、視線をあわせてくれる。

「名乗るのが遅れまして申し訳ありません。王太子、ウラフ・フルヒリング・グレンと申します」

「あ、はい」

 うわぁ、どうしよう。どうするんだっけ、こういうとき!

「何とお呼びすればよろしいか、お教え願えますか?」

 ええと、ここは「『姫』と呼ばれています」と答えるところなんだろうけど、自分で『姫』っていうのもなんだか。しかも、呼び名と私が合ってないし。

「私は『姫』とお呼びしているけど」

 ソイエさんが、助けてくれた。

 うわーん、ダメだ。あいさつの作法、もう一回見直さないとっ!

「では、私もそうお呼びしてよろしいでしょうか?」

「は、はい。そうしてください」

 ついでに、ソイエさんに話すみたいに、普通に話してくれると助かります。

「事情は概ね存じ上げております。私どもは眷属ではございませんが、何かご要望が御座いましたら、お気軽に申しつけ下さい」

 ソイエさんとウォレフさんを見ると、小さくうなづかれたので、グレンさんは、ソイエさんが巫女の眷属であることも、ウォレフさんが眷属であることも知ってる人なんだとわかる。

 でも、そんなこと言われても……。

「何かお好みのお菓子があれば、御注文通りにお作りしますよ」

 ぴく。

 思わず、体で反応しちゃった私を責めないでっ。

「ところで、何か、苦手なものでも御座いましたか?」

「ええと、そうじゃなくて」

 キレイに食べられないかもしれない。汚しちゃうかもしれない。でも、このタルトは魅力的過ぎ! お作法よりも、食欲に負けました。

「いただきます」

 ナイフが上手く使えないから、フォークだけで。ざくって刺して、切った部分を口に運ぶ。

「お口に合いましたでしょうか?」

 ……。

「おいしい……!!」

 タルトのさくさくと、クリームのとろとろと、木イチゴの甘さとすっぱさと、香りと。

 おいしー、おいしいー! しあわせー!

「それはよかった」

 そういって、グレンさんは席に戻っていった。

 私は、一口食べたら止らなくて、一口一口味わいながらもぱくぱくとタルトを口に入れていく。


「噂で、随分可愛い子を連れていると聞いたから、どれほどかと思ったけど。本当に可愛いね」

「可愛いでしょー。貸さないわよ」

「やっぱり女の子はいいよね、華があって。いいなぁ、あんな娘が欲しいなぁ」

「じゃ、さっさと作れば? さっきの阿保な賭けの話じゃないけど、何だったらアンタが産めば? ベルタに休まれるとかなり痛いから、その方が効率的だし、むしろ自然な気さえするわ」

「そうなんだよね。そうできたら、大家族になるまで頑張るのだけれど」

「……否定しないところが、アンタのすごいところよね」


 ソイエさんとグレンさんが何かものすごい会話をしてる気もするけど、食べるのに集中してて、それどころじゃない。

 食べながら、これは何? ってウォレフさんに聞いたりはしてたけど。

「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」

 よかった。なんとかこぼさないで食べられた。問題は、多分食べ方がキレイじゃないことだよね。

「どういたしまして」

 おだやかに笑うグレンさんの視線が、私の髪にあることに気が付いて、はっとする。

 出かけるときは、下のほうまで編みこんでもらったり、毛先を髪飾りの中に入れ込んだりして、長さがわからないようにしてもらってる。

 でも、今は。ただていねいにとかして、そのまま。肩の上で、切り口がゆれている。

「黒髪はいいね。それに、真っ直ぐだと、切りそろえるのも可愛いし」

「可愛いでしょー、もっと言ってちょうだい。姫に全然自覚ないみたいだから」

「そうなの? こんなに可愛いのに? ベルタの黒髪と瞳の緑に、僕の髪質だったら近くなるかな。そうしたら、力いっぱい可愛がるのに。絶対国から出さないし、一回は『貴様みたいな男に娘はやらん!』ってやってみたいよね」

「……まだ影も形もない子供に、親バカするのやめなさい。それとくれぐれも、頭の中身はベルタに似せて作って頂戴。いきなりまた国が存亡の危機になるわ」

 ここに来てから、みんなかわいいかわいいって言ってくれるけど、何でだろう。

 この、真っ黒な髪も、この短さも、寝ぐせさえめったにつかないけど、ついたらついたでなかなかなおらない強情さも、きらい。


「姫?」

 ウォレフさんが小さく声を掛けてくれた。

「なんで? 黒いのに。真っ直ぐなのに。……短いのに」

 美人の条件は、陶磁器のような透ける白い肌に、長くて波打つ太陽の黄金の髪、それに青空の瞳。加えるなら、コルセットで細めにした胴に、適度な胸と、きゃしゃな手足。

 だから、黒髪は、むしろ嫌われるのに。

「簡単なことです」

「なんで?」

「大陸の東方では、真っ直ぐの黒髪が、美人の最高の条件なのです」

 ……え?

「他にも、肌の色が濃いほうがいいという土地もありますし、髪を短く揃える風習の土地もあります」

 え、美人の条件ってそんなに違うの!?

「そういった土地柄の違いを除いたとしても、姫は十分、可愛らしいですよ」

 そう、なのかな……。全然、そう思えない。




 明日から、ソイエさんは昼間はお城にお仕事に行くし、遅くなることも多いからって言うことで、なるべく朝ご飯だけはソイエさんといっしょ。あとは、このお屋敷のメイドさんや執事さん、それにウォレフさんにもいろいろ教えてもらうように、勉強の時間割が作られた。

 なんだか、やっと行儀見習いらしくなったかな。

 早く、偉い人たちと一緒にいてもあわてないくらいにならなくちゃ。

北大陸で名前は「姓・名」の順になります。

ウラフ(家名)・フルヒリング(王・王太子位)・グレン(個人名)という順。

ソイエのフルネームは「プリマヴェーラ(家名)・イス(当主)・ソイエ(個人名)」です。

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