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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
11/41

黒と赤の眷属6

「うわぁ……」

「私は店主に用がありますので、こちらを御覧になってお待ち下さいませ」

 塔を下りて、街の中を馬車で走って行った先は、ぬいぐるみがたくさん置いてあるお店だった。

「ウォレフ、よろしく」

 そう言い残して、ソイエさんはお店の人と奥に行って、私はウォレフさんと一緒にいろいろなぬいぐるみがずらーっと並んだ部屋に残された。


「姫は、どの動物がお好きですか?」

 好きとか嫌いとか言う前に。

「これ、なに?」

 私が指さしたのは、四本足だからたぶん獣なんだとは思うけど、顔のまんなかだけが、足下までだらーってのびてて、顔の両脇がひらひらしてるぬいぐるみ。

「これはゾウといいます。南の暑い地域にいる、ちょっとした小屋くらいの大きさの動物です」

 ……小屋!?

「そんなに大きいの!?」

「皇よりは、遙かに小さいですが」

 あぁ、うん、そういわれれば確かに。

 そんなふうに、いろいろな動物を教えてもらいながらお店の中を見て回る。そういえば。

「ソイエさんって、ぬいぐるみ好きなの?」

 お店の人の態度だと、よく来てるみたいだし、かわいい物好きみたいだし。それに、プレゼントの山の中にもぬいぐるみがいくつもあった。

「……好きと言いますか、なんと言いますか……」

 ウォレフさんは言葉をにごした。

「確かにこの店は、ソイエが幼い頃からよく足を運んでいる場所ではありますが」

 あれは、ぬいぐるみを好きだと言う表現に当たるのかどうか……、とぶつぶつ呟くウォレフさんの顔は、なぜか暗い。

「私も、ソイエさんみたいに素敵な人になりたいなぁ」

 ぬいぐるみの棚を見上げながら呟いたら、となりでウォレフさんが固まったのがわかった。

 どうしたんだろう? って思って振り向くと、私の視線にあわせるようにひざを付いてくれた。

 そして、ものすごく、真剣な顔で。

「あれを手本にするのだけは、どうか、お止め下さい」

 その、あんまりの真剣さと、気迫にちょっと押されて。

 でも、ウォレフさんって、いつもソイエさんと一緒にいて仲良しだし。さっきみたいに、強くて優しいソイエさんを沢山見てるはずなのに。

「どうして?」

「……世界の、平和の為です」

 ?

 世界の……平和?

 どういうこと? って聞こうとしたら。


「なかなか聞き捨てならないわね」


 ウォレフさんが、凍った。

 声の方を見ると、ソイエさんと、ちょっと年をとった男の人。

「詳しい話は、あとでたっぷり聞かせてもらいましょうか?」

「……い、いや、あれは」

「あれは、何?」

「……事実だろう」

 ぼそりと呟くウォレフさんに、ソイエさんは「にっこり……」と呼ぶにはなんだか違うものがある笑顔で。

「夜にでも、ゆっっくりと、話をつけましょうか、ね?」

 そして、私の前でひざまずいたままの、ウォレフさんの耳元にかがんで。

「逃げるんじゃないわよ」

 と、普段よりも二段くらい低い声でささやいた。

 完全に凍りついたウォレフさんを押しのけると、ソイエさんは私のそばに並ぶ。

「何かお好みのものはありまして?」

 どれもかわいいけど、「これ!」って言うのは、別にない。

 もともと、ぬいぐるみなんてぜいたくな物が、自分のものになるなんて考えたことがなかったし。

 ソイエさんは目の前の棚を見て、はぁ、とためいきをついた。

「それにしたって、どうしてよりによって、こんな棚の前で立ち止まっていらっしゃいますかしら」

 何のことはなくて、入り口からぐるって回ってきたら、ちょうどここにいただけなんだけど。でも、確かに他の棚よりも長く立ち止まってたかも。

「もしかして、毛皮よりも鱗のほうがお好きですか?」

 そういうわけじゃないけど。

 目の前の棚に並んでるのは色とりどりの、えーっと、さっきウォレフさんに聞いた限りでは、トカゲとワニとカメ。あと、ヘビとか。

 ちょっと、このトカゲに翼をつけたらちょっと似たようなものになるかなって、思ってただけだけど。

 それでも、「ウロコのほうが好き」になるのかなぁ。

 オオカミになったウォレフさんも、好きなんだけど。


「これはこれは、かわいらしいお連れ様でいらっしゃいますね」

 ソイエさんと一緒に、奥から出てきた男の人が声をかけてきた。

 年は、おじさんって呼ぶにはちょっと上だし、おじいさんって呼ぶのはちょっとだけ早い気がする。

「かわいいでしょ? もっと言ってちょうだい」

 あう。

 ソイエさん、そんなにがしって抱きしめられたら、ちょっと痛い……。

 今まで、神殿長様とか副神殿長や、下働きのおばさんなんかにも抱きしめられたことはあるにはあるけど、こんなに強くなかったよ?

「では、本日はそちらのお嬢様に?」

「そう」

「それは光栄でございます」

 ちょっと小柄なそのおじ……おじいさんでいいかな。たぶん、私とおなじくらいの孫がいてもおかしくないし。おじいさんは、ちょっとかがんで、私に目の高さをあわせてくれた。

「こちらの棚には、お好みのものはございませんでしたか?」

 やさしく、そう聞かれた。

「みんなかわいいけど、でも……」

 どれか、って言うのは、ない。

「じゃぁ、棚一つくらい適当に買って行こうかしらね」

 ……えぇ?

 ソイエさんの言葉に、耳を疑ってふりかえる。

「姫の部屋、殺風景ですし。ぬいぐるみの二〇個や三〇個、どうって事ないと思いますのよね」

 どうって事あるしっ!

 そんなに置いたら、ぬいぐるみであふれ……お部屋広いからそれはないか。でも、そんなにたくさんはもらえない。だってもう、あんなにたくさんのお洋服作ってくれたんだし。それに、「殺風景」って、あんなにキレイなお部屋が? 家具だって一個一個すごくこってるし、シーツやカーテンも、壁紙もキレイなのに?

「ソイエ。姫が困っておいでだ。自分の趣味を押し付けるのはやめろ」

「あら、復活したの? 帰るまで凍ってればいいのに」

 いつもどおりの二人の会話が始まっても。

「お二方とも、お変わりのないようで」

 と、おじいさんがにこにこして見てる所を見ると、本当に、よくここに来てて顔なじみなんだろうなぁ。

「お好きな動物などは、ございますか?」

 おまけに、きっぱり無視してるし。

「動物も……あんまり知らないんです」

 ほとんど、ウォレフさんに教えてもらうまで知らなかったものだし。

 ふむ、とおじいさんはちょっと考え込んで。

「では、物語はお好きですか?」

 と、聞いてきた。

 なんでここで物語? とは思ったけどうなずくと、それでしたら、と、おじいさんはソイエさんのほうを向いた。

「奥の部屋の方が、お嬢様のお好みに合うものがあるかと思いますが、いかがでしょうか?」

 ウォレフさんの鼻先に扇子をびしっと突きつけて、何かを言っていたソイエさんはその声に振り向いた。そして、ちょっと眉をしかめた。

「『奥』って……ああ、あっちか」

 納得したようにうなずいて。

「そうね。そうかも知れないわ」

「まさか、いくらなんでもあちらにはお連れ出来ませんよ」

 おじいさんは、奥につながる扉の方に案内してくれた。

 『奥』っていくつもあるのかな? ソイエさんが、ちょっとイヤそうな顔してたのはなんでだろう。

「丁度、最新作を作りまして。女公爵様にもご覧頂きたいのですよ」




「こちらでございます。お気に召すものがあれば、よろしいのですが」

 そう言って、開かれた扉の向こうには。

 う、わぁぁぁ……。

 まるで、物語の中の一場面のような世界が広がっていた。

「どうぞ、よろしければ、中へ」

 うながされて、部屋の中に入る。広めの部屋の中には、実際よりも二回りも三回りも小さな作り物の木がいくつもあって、小さな林を作っている。

 木の枝には、色とりどりの小鳥。もちろん、これもぬいぐるみ。

 近づいてみると、木も、草も、ほとんどが布や糸で出来てる。

 天窓から射す光を受けて光る小川や泉も、水色や銀の糸。

 小さな木の隙間から、動物の姿が見える。

 何だろう?

「上がってご覧になってください」

 え、クツでいいの?

 振り返ると、おじいさんは、にこにこ笑って、林の中を指している。

 えっと、じゃぁ。

「おじゃまします」

 そろりと草に足を乗せる。

 ふわふわした感触は、本物の草より少し柔らかい。

 木の隙間を抜けて、林のまんなかの泉に近寄る。

 うわぁ!

 泉で水を飲もうとしてるのは、額に角の生えた白い馬。

 泉の中には、胸から下が魚になっている馬が岩にもたれて、そばの岩場に立っているのはワシの体に獣の足が付いた生き物。

 大きな木の上で羽を休める、太陽みたいに金色に輝く羽根の鳥。

 草むらからこちらを見ているのは、ふさふさと尻尾が何本もあるキツネ。

 そのほかにもいろいろな、動物……ではない、神獣とか、魔獣とか呼ばれるもの。 

 全部、ぬいぐるみ。

「すごぉい!!」

 感動が声になったのは、林に入ってしばらくたってからだった。

 

「前見たときより増えてるわね。趣味の産物とはいえ、見事なもんだわ」

 ソイエさんの声は、何故か上の方から聞こえてきた。

 声のした方を探すと、林の中を見下ろせるように一段高い所があって、そこにソイエさんとウォレフさん、おじいさんの姿。

「恐れ入ります」

「神殿の手入れがあったら、一発だけど」

「それは、まぁ。この部屋だけで済めば、良いことです」

 神殿の、手入れ?

 ……あ。

 そうだ、神獣とかって、眷属とは違って人の姿にならないけど、大昔、眷属と同じように神様の使いだったから、勝手に姿を作っちゃいけないんだった。

「これって、いけないこと、だよね?」

 かわいいのに。

「家紋などの紋章にこれらの神獣を用いている家でしたら、石像などを作ってもよいのです。貴族には、神獣を家紋とする家も多いですから。お子様が小さい頃から家の紋章と親しめるように、またはお守りの一種として出産祝いにも注文される事がありますので、見本でございます」

「見本?」

「ええ。過去の実績と申しますか、ここまで精巧に作れますという意味でございます。普段、目にすることが出来る生き物ではありませんから」

 そうだよね、普通。

 この間、お城で本を読んでるときに、竜皇に「これってどんなの?」って聞いたら、実物を呼んでくれたけど……。


「で、新作っていうのは何?」

「ええ、それなのですが。どこに配置したものか、それ以上にどこまで上手く出来ているものか、ご意見を頂きたいと思いまして」

 台から降りてくるソイエさんにうながされて、林の外に出る。

 ああ、楽しかった。

「どうぞこちらへ」

 部屋のすみにある低いイスとテーブルに、私とソイエさんが座って、ウォレフさんはその後ろにひかえるように立つ。おじいさんが取り出したのは、一抱えくらいの箱。

「こちらなのですが」

 箱をテーブルの上において、ヒモを外す。

 底の上に物を置いて、フタと横の部分が一緒になった箱をかぶせる形の箱。

 フタになっている部分を持ち上げると。

「……これは、いくらなんでも洒落になんないわよ」

 ソイエさんの呟きも、耳には入らなかった。

 光沢のある布で作られたウロコ。

 深い青のその姿。

 いろいろ細かいところを見ると、違うんだけど、でもそれは。

「竜を注文する家なんて……」

「ええ、女公爵様くらいでしょうな。公に注文されても問題になりませんのは。ですが、今後注文が出てくる可能性がございますので」

「……早いわね、情報が。ま、仕事も速いけど」

 ソイエさんが、ぬいぐるみを手にとって、ひっくりかえしたりしながらあちこちを見てる。

「どこから流れてきた?」

「商人の情報網は、お役人よりも速いですよ」

「そのくらいわかってるわよ。ノールド? センテル?」

 おじいさんはちょっと苦笑して、女公爵さまにはかないませんな、とぼやいてから小さく。

「絹商人から」

「センテルね」

「そうなりますか」

「なんて聞いてる?」

「巫女姫が、選ばれたそうで」

 ……え?

「そうね。それで?」

「名のある家のご出身ではないそうですが」

 うぅ。

「ふぅん。で?」

「既に、様々な注文が出ているそうですよ」

 そういって、おじいさんはいくつか名前をあげた。

 宝石とか、小物とか、布地とか。

 そして、隣のソイエさんと、後ろのウォレフさんの機嫌が悪くなっていくのがわかる。

 な、なんで?

 両手ぐらい、いろんな品物の名前があがったところで、ソイエさんが低くつぶやいた。

「……舐めてる?」

「でしょうなぁ」

 なに?

 ソイエさんを見ると、どうぞ、とぬいぐるみを渡してくれるのと一緒に、こんなことを言われた。

「巫女姫への、贈り物の注文のことですわ」

 え、でも。

 そういうのの準備は、巫女の眷属がしてくれるのに?

「そんな中途半端なものを貢物にしようなんて、いくら出自がわからなくても無礼じゃないの?」

 みつぎもの。

 そういえば、朝、贈り物の山を見ながらソイエさんがそんなこと言ってた。

 物を贈ってくるのは、何かをして欲しいと思ってしてくることだから、気をつけなさいって。

「さようですな。それ故、女公爵様のお役目を知るものからは、それなりの売り込みがあるかと思いますが」

「……どおりで、出入りの商人から、見本が山のように届いてたわけね」

「ええ、おそらく」

 ソイエさんはためいきをついて。

「で、コレも売り込みなのね」

「そうなりますか」

 ソイエさんは、私がしっかりぬいぐるみを抱きしめてるのをみて、目元を和らげる。

「姫、何かお気に召したものは、ございまして?」

 えっと、えっと、えっと。

「ここにあるのは見本ですから。それを元に、大きさや色、姿勢、表布などの素材や、硬さ、表情も、お好きなように変えられますわよ」

 えっと、えっと、これって、絶対すごく高いよね?

 わがまま言っちゃいけないのに。

 いけないのに。

 でも。

 ごめんなさい、ソイエさん。

 あとで、お屋敷のおそうじでも、お手伝いでもなんでもするからっ。

「あのね、ソイエさん」

「はい」

「……このぬいぐるみ、欲しいです」

 おずおずと言うと、ソイエさんは、すっごく嬉しそうに笑った。

 なんで? 私は……わがままを言ったのに。

「では、細かいことを決めて、注文しましょうか」




 そのあと、爪をこうしてとか、翼はこうとか、目に入れるガラス玉はこんな色がいいとか。姿そのものを直してもらう為に、いろいろと注文するのを、おじいさんは絵に描いていってくれた。

 うん、かなり似てきたかも。

 体の色も決めて、表布も決めて。そこで、どうしても悩んでしまうことが。

 「大きさ」

 この見本みたいに、抱きしめやすいのもいいし、抱きつきがいがあるくらい大きいのもいい。

 ……悩む。

「何を悩んでおいでですの?」

「あのね、大きさ」

「どのくらいと、どのくらいで?」

「今の、このくらいのと、抱きつきがいのある大きいの」

 と、言ってしまってから、はた、と気づく。

 大きいのって、普通、高いよね?

「ち、小さい方でいいです!」

「遠慮しなくてよろしいのですよ、どちらがの方がより欲しいと思われます?」

 う。

 同じくらい欲しい。

 決められないよぅ……。

「別に、一つにする必要はありませんのよ?」

 迷っていると、ソイエさんがくすりと笑って付け足してくれた。

 え、それって。

「……あの、ね。大きいのと、小さいのと、欲しい……」

「よし、決まり」

 嬉しそうにそういって、ソイエさんはおじいさんに向かって言う。

「そういうことでよろしく。納品は出来た順でいいわ。小さい方が先になるかしら?」

「物が物ですので、使える職人が限られます。恐れ入りますが、小さい方から順に、となります」

「わかったわ。くれぐれも、いいもの作ってちょうだいね」

「お任せ下さい」

 いいのかな。こんなにいろいろ買ってもらっちゃって。

 でも、竜皇のぬいぐるみ。

 すっごく楽しみ。

  



 注文が終わって、帰りの馬車に、ウォレフさんが抱えても余るくらいの包みがあった。

「これは?」

「ああ。私が以前に注文していたものですわ」

 開けてみます? と言われて開けてみる。

 包みの間から見えたのは、黒いふさふさ。

 全体を取り出すと、それは大きな犬……じゃなくて、オオカミ。ウォレフさんのオオカミの姿に、毛並みも色も、大きさもそっくり。

 向かいに座るウォレフさんを見ると、ものすごーく嫌そうな顔をしている。

 どうして?

 ぬいぐるみにしておくほど、オオカミのウォレフさんが好きってことでしょ?

「……また作ったのか」

 また?

「前の壊れたから」

 壊れる? そんなに簡単に壊れるの?

「普通は、壊れない」

「だって、そういう目的に使ってるし」

 ぬいぐるみが壊れる、って、どんな目的??

 首をかしげていると、ソイエさんは、にっこりと笑った。

「姫が、もうちょっと大人になったら、教えて差し上げますわね」

 ……つまり、知らなくていいこと、なのかな?


 次の朝、大きなオオカミのぬいぐるみは、すでにちょっとよれていて、それ以上にウォレフさんがやつれていて、ソイエさんはなぜかものすごくすっきりした顔をしていた。 

そのぬいぐるみは、俗に「依代」などと呼ばれてます。

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