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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
10/41

黒と赤の眷属5

「よ、予想外でしたわ。健脚ですのね、姫」

 ちょっとあがった息を深呼吸で整えながら、ソイエさんが呟いた。

「けんきゃく、って?」

「長い時間歩いたり走ったりできる、と言う事ですわね」

 そうなのかな。

「神殿は急な山の上にあったし、お城も無駄に広かったし」

 このくらいは、普通に動いてた気がするなぁ。

 ソイエさんは、ふぅ、と大きく息をついて、もたれていたウォレフさんの肩から離れ、扇子を取り出して扇ぎながらちょっと考える仕草で呟いた。

「最近ちょっと運動不足だったから、体力落ちてるかしら」

「……その格好で、神殿の尖塔を休憩無しで上れるだけで、十分だと思うが」

 確かに、ドレスにかかとの高い靴で、こんな普通のお家を四軒か五軒くらい縦に並べた高さの塔を上る人って、多分あんまりいないと思う。




「おでかけしましょうか」

 山のような贈り物を見て回った後。ちょっと早いお昼ご飯を食べて、外出用の服に着替えて、髪もなおしてもらって。

 まず連れて来られたのは、街の中にある神殿だった。

 入り口でソイエさんを見た神官がものすごく嫌そうな顔をしていたけど、何か言葉を交わして、ついでに何か渡して、礼拝堂にも寄らずにまっすぐ塔に登ってきた。

 いいの? とは聞いたんだけど「神に直接会える方が、ただの石像拝んで何になりますの」と言われて、それもそうかな、と思った。私もいまさら神殿の説法聞いてもしょうがない気がする。

 山の上にあった北神殿は平らな作りだったけど、王都の神殿は建物が空に向かって高く高く伸びている。

 そして、その中でも三つある塔のうち二つは時を告げる鐘があって、ここは残りのもう一つ。

 どういう理由なのかはわからないけれど、ここは他の塔と同じ形で鐘を吊り下げる形に壁もくりぬいてあるのに、その穴には何もない。

 そのおかげで王都全体を見ることができるんだけど、なんとなく、ただ景色を見るためのものではないような気がする。

「どうして、ここだけ鐘がないんですか?」

 初めて見る大きな街を見渡しながら、隣で街を見下ろすソイエさんに聞いてみる。

「詳しいことはわかりませんが、魔術的な意味があるそうです。その辺りは、あちらの方が詳しいかと」

 視線で促されたのは、影のように控えているウォレフさん。

 たまに、ぼそっとソイエさんに口を挟む以外は、基本的に物静かな人。だけど、ソイエさんとの一瞬の隙もないやり取りを聞いてしまうと、実は結構おしゃべりなんじゃないかなぁっていう気もする。

「ウォレフさんは、どうしてか知ってますか?」

 そういえば、眷属は魔法を使うはず。

「人間の作った魔術の体系には疎いので」

 そう前置きをして。

「魔術的な意味合いを持たせようとして、失敗した駄作だということはわかりますが」

 穏やかに言ったセリフは、かなりきつかった。

「駄作……」

「神殿の建設当時、ここは王都の中心部でした。ですから、防御系魔法の発動体として建設したと言うのが、最も妥当な考えです。しかし実際の建造物としては、攻撃魔法の発動体の形を成しています。そして、その攻撃が向かう先は」

 ウォレフさんが指し示した窓の先には、大きな建物。

「王城」

 ソイエさんの呟きに、ウォレフさんが頷いて続けた。

「王城の位置は王都建設の時期から変わりませんから、王城に対して攻撃をしているとも言えます。その両方の要素を持ったが故に、どちらの意味にも使えないものになってしまっています。建設者の不勉強故か、途中で指導者が変わったせいかはわかりませんが」

 わかったような、よくわからないような

「それで、どうして鐘が二つなの?」

 普通、時間を告げるだけなら、鐘つきの塔は一つで十分なのに。

「それぞれの魔法の効果を相殺する為、といえますね。この塔を使わないのは、ここが魔法の発動の起点になるためです。実際に鐘を置く段階の指導者は、魔術の知識があったようです」

「もしも、ここにも鐘を置いたら?」

「攻守両方の魔法が発動します」

 えーと、それって。

「……大変なこと?」

「王都が壊滅するくらいには」

 ……。

 それは、ものすごく、大変なことじゃ。

「壊滅って、どの程度の?」

 今まで黙って聞いていたソイエさんが言った。

 なんとなく、声が堅い。

「今の王都の規模ならば、全域が灰燼に。ただし、防御魔法の効果で一定の範囲外には攻撃魔法は及ばない」

 ソイエさんが、手に持った扇子をにぎりしめる。

 よっぽど力が入っているのか、わずかに震えていて。

「それを、アンタは今まで知ってたワケ?」

「見ればわかるな、この程度は」

「どうしてそれを言わないのよ!!」

 ソイエさんの赤いドレスのすそと髪がひるがえる。

 そして、ばしぃっ! という、鈍い音。

 一瞬の出来事にあっけにとられて。そして、ソイエさんが握り締めている扇子と、左ほほに赤い筋の入ったウォレフさんを交互にみて。やっと、何が起きたのかを理解した。

 え? え?

「今まで、黙ってた理由は? いつもと同じ? 聞かなかったから?」

「……そうなるな」

「これだから、眷属って言うのはっ!」

 もう一度振り上げた手を、ウォレフさんがやんわりと止める。

「姫がいる」

「……あとで覚えてなさい」

 ソイエさんは腕を振り払うと、ちょっと険しい顔で視線を街に戻して、背中を向けたまま呟く。

「ベルタには、言うわよ?」

「好きにするといい」

 ベルタ、って誰だろう?

 ソイエさんは、私を見ると、穏やかにほほえんだ。

 まるで、さっきの事なんか、何もなかったみたいに。




「この街をご覧になって、何か感じますか?」

 そう聞かれて、改めて窓から外を見る。

 大きな街。

 王都なんだから当然なんだろうけど、神殿の門前町の何倍もある。

 でも、なんだろう。なんか、なんだか、どこか変な感じがする。

 こんな大きな街、見たのは初めてなんだから、見慣れないのは当たり前なんだけど。

「……なんか、変」

「どのあたりが?」

 ソイエさんは、静かにそう重ねた。

 私がそう言うことが、わかってたみたい。

「こんな大きな街を見るのは、初めてだし、今まで門前町くらいしか見たことがないから、もしかしたら王都とかでは普通なのかもしれないけど」

 何が、おかしいんだろう。

 あ。

「街が、途中で、切れてる……」

 古い街と、新しい街が、すっぱりとキレイに分かれてる。

 もう何十年も経っているような色あせた屋根と、最近建てたばっかりのような真新しい屋根。それに、新しく建てている途中の家も目立つ。

 そして、その中間の、ちょっと古くなってきた、って言う程度の屋根が見当たらない。

 城壁も。

 一部だけ、変に新しい。古いところも、あちこちで修理しているのが見える。

 他の窓から他の方向も見てみる。

 他の場所も。

 まるで、街がところどころ切り取られたみたいに。

「……なんで?」

 馬車で神殿に来る間は、きれいな街だと思ってた。

 塔から見る街も、たしかにきれい。

 でも。

 狭い塔の中を何周かしながら街を見て、絵がつながった。

 竜皇にこの街の上を飛んでもらえれば、もっとはっきりするのに。

「模様に、なってるの?」

 どんな模様かは、わからない。

 でも、それはとても意図的につくったもの。

 街を、まるで紙の上の絵みたいに、切り裂いて、余分なところは切り抜いて。

 そうやって、描いた「絵」




「もともと、この王都は、精密に計算されて造られていました」

 私に向かってうなづいて、窓の外に視線を向けて冷たい目で街を見ながら、ソイエさんは静かに語り始めた。

「完全に円に近い城壁。正確に街を分断する道路。地下と地上に張り巡らされた水路。計算され配置された、神殿や王宮といった大きな建造物。かつて、フルヒリング王国以前に大陸の東方を支配していたトゥーカ帝国の時代に、学問――主に魔法を研究する為の都市として作られていた名残です」

 歴史はあんまり詳しくないけど、トゥーカ帝国は聞いたことがある。

 昔の、魔法を使える人たちが、魔法で治めていた国だったらしい。神殿ではすごく悪いことをしていた国だと教えられた。

「計算して、その通りに街を造るのは時間がかかることです。その間に帝国は滅び、街の建設計画はそのままに、それぞれの建物の意味は変えられ……先程ウォレフの言っていたような、行き違いが起きたのでしょう」

 ソイエさんは、一度ウォレフさんを睨んで続けた。

「それでも、この街が魔術的に意味のある造りになっていることは事実で、そしてそれは、一部の力を渇望するものにとっては、格好の素材」

 窓の外の街を見下ろし、そして眼を閉じた。

「まだ、私が幼い頃です。もう十五年ほどになりますか。力のある魔術師がいました。その女は、当時の王に言い寄り、王妃の座を得ました。そしてその女は、思いのまま、王都に残された魔術の名残を使い……」

 言葉を切って、そして、忌々しげに、吐き出すように、言った。

「この街を魔方陣にして、大きな魔法を行おうとしました。紙に図面を引く様に、家々を打ちこわし、焼き尽くして」

 そ、そんな。

 それじゃ、そこに住んでいた人たちは?

「そして、その魔法は失敗しました。……竜皇が制裁を下したのです」

「竜皇、が?」

 じゃぁ、もしかして、これ……。

 窓の外を見る。

 切り取られるように破壊された街。

 圧倒的な魔力と、それがなくても巨大な爪に宿る力。

 竜皇なら、簡単にできる。

 竜皇が持っている力なら、簡単にできる。

 でも、竜皇は、そんなことしない。

 しない。

 そんなこと、するはずがない!

 だって、あんなに優しいのに!!


 でも。

 私は、竜皇をそんなに知ってるわけじゃない。

 それに、そうだ。

 私が巫女になったときも、一瞬だけ、ものすごく怖かった。

 『その罪、万死に値する』って。

 竜皇は神だから。

 だから、きっと、悪い人がいたら、裁くこともあって。

 結果として、それ以外の人も沢山死んじゃったりも、する……の?

「……竜皇が、壊したの?」

 自分でも、泣きそうな声だと思った。

「正確に言うならば、竜皇がなさったことは、その女の造った魔方陣を壊したことですが」

 そう、なんだ。

「結果的に、王都は半壊いたしました」

 ……それって、やっぱり、つまり、そういうこと、だよね。

「……仕方がなかったのです。竜皇が、人間に対し自ら制裁を下されるなど、数百年ぶりのことですからね。そして、その女の行為も、それだけの報いを受けてしかるべきものでした。そして」

 ソイエさんは、ブローチにしてある大粒の竜髄石をなでた。

「その愚かな行為を、身近にいながら止められなかったその時のプリマヴェーラ、私の母も、制裁に値するものだったでしょう」

 ソイエさんの家族はいない。まさか。

「ですが、国の再生に尽力するようにと言い置かれて、お咎めは、ありませんでした」

 竜髄石を、なでていた指が停まって、ブローチをにぎりしめた。

「神は、眷属は、人間に干渉しない。これは、不文律ですけれど、絶対的なもの。竜皇が制裁を下したのは、その魔術が世界の均衡を脅かすほどのものだったから。母に何も言わなかったのは、人間の罪は人間が贖わなければならないから」

 きつく、ウォレフさんを睨みつけた。

「人間にとって、神は、何かを知っていても何も忠告してくることはない、ただの傍観者。その眷属も。そして」

 視線は、私に向けられた。少し、悲しそうに。

「巫女姫である、姫も」


 え、でも。

「神殿に降りて、神託してるのは?」

「内容を、ご存知ですか?」

「うん」

 五年も神殿にいたんだもの、そのくらい。

「今年が、冬に雪が多くなるから準備をしっかりと、春は雪解け水に注意しなさい。その前は、冬が来るのが早くて、春が遅くなるから、備えをしっかりしなさい。その前は、夏が雨が多くて作物が育たなくなるから……」

「全て、自然現象ですわね」

 え?

「うん。それが、どうかしたの?」

「一昨年、ノールド王国で大きな内乱があったことは、ご存知ですか?」

「聞いた、ような?」

 確か、王子様同士が次の王様になる為に戦って。そして、国の南のほうでは、たくさんの人が死んだって。

「竜皇様から、神託はございましたか? 戦になるから逃げろとか、身を守れるようにしなさいとか」

 それは……なかった。

 もともと、神託は国に対してのものじゃない。夏至神殿に下ろされるのは、大陸の北部のいくつもの国の為のものだ。

「その戦乱による被害は、冷夏と長雨による被害よりも大きかったのです。戦に働き手をとられ、満足に耕作ができなかった上に、天候による凶作。貧しい者は冬さえ越せず、次の収穫までにかなりの人間が餓死しました」

 それは……知らなかった。

 同じ国だけど、遠いところの出来事だったし。

「神託で、そのことには一言も触れられていない、でしょう?」

「……はい」

 でも、竜皇は知らなかったのかもしれないし。

「竜皇は、ご存知だったと思いますよ。そうでしょう?」

 そんな思いは、ソイエさんの言葉と、うなずくウォレフさんに否定された。

「どうして!?」

「神は、眷属は、人間に干渉しない。それは、そういうことです。人間は自然に抗うことができない。だから、忠告してくださいます。でも」

 かみしめるように、言葉が続いた。

「でも、戦は人が起こすものです。だから、人が止めなくてはならない。人間同士が殺しあったところで、それは、神にはなんらかかわりがないのです」

 だから、と言って。

「だから、私は、神には祈らないのです」

 神に、恐らく二番目に近い人間ですのにね、とソイエさんはちょっとさみしそうに笑った。


 竜皇は言ってた。

 竜皇も、眷属も、人間のやることに口出しはしないんだって。

 そして、巫女になるときにも、すべての血縁や友人との関わりを断つことになるって、言ってた。

 それが、そういうことなの?

 戦争が起きそうで、沢山の人たちが死ぬかも知れないってわかってて、ただ、成り行きを見ることしかできないの?




「街を大まかに説明するつもりでお連れしましたのに、なんだか暗い話になってしまいましたわね」

 ソイエさんは、いつも通りに笑う。

 なんで、笑えるんだろう。

「ねぇ、ソイエさん」

「なんでしょう?」

「もしも、もしも、私がこの国で戦争が起こることを知ってて、それを、ソイエさんに黙ってて、そして、ソイエさんの大事な人が死んじゃったりしたら……」

 うらむ、よね? 怒るよね? 嫌いになるよ……ね?

「それはそれで仕方のないことです」

 きっぱりと、ソイエさんは言った。

「どうして? 私は知ってるのに! それを黙ってるのに!」

 ソイエさんは、優しく私の頭をなでてくれた。

「それは、姫が悩むことではありませんのよ」

「でも」

「この国で戦が起こったとしたら、それは、政を行う私達の力不足。それを予見できないのも、私の力が至らないということ」

 力強く、言い切られた。

「それに、知っている事を隠し続けることの方が辛いことを、多少なりと知っているつもりですから」

 ソイエさんは不思議だ。

 その時々で、まるで違った人に見える。それでも、その力強さは変わらない。いつも自信に満ちてて、強い。それなのに、優しい。


 私も、いつか、こんな風になりたいなぁ。

そうならない方がいいやつです。

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