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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
1/41

夏の日の決断1

「儀式の文言は、きちんと覚えていますね?」

「はい」

「本来ならば、お前などがこのような大役を任されることなど、ありえないのです。これは、非常に名誉なことなのですよ」

「わかっています」

 もう何度聴かされたかわからない神殿長の言葉に、いい加減うんざりしてきた。

 巫女服のすそを直しに、神殿長が背中に回っている隙に、こっそり溜息をひとつ。

 何が『非常に名誉』なんだろう。

「良いですね、オニキス。くれぐれも、竜皇様に御無礼の無いように」

「はい」

 そもそも、私が巫女に立つこと、それ自体が無礼千万な気がするんだけど。


 壁に据えられた、大きな姿見に映る姿を見る。

 白い布地に、銀と青の濃淡でもようが刺繍(ししゅう)された、豪華だけれど清楚な印象の巫女の正装。

 肩口で切りそろえられた真っ直ぐな黒髪は、上半分を結って、銀と青い石の髪飾りに、透けるような薄い布のリボンで飾られ、残りはそのまま下ろしている。

 唇には淡く紅をさして。

 外見だけを見るならば、巫女として何の問題もない。

 用意された巫女服の大きさが合わなかったので、あちらこちらを詰めた分ちょっと模様がずれているとか、装束を着ている私が、小柄だというだけでなく、どこからどう見ても正真正銘の子供であるとか以外は。


「それにしても」

 神殿長が、しみじみと私の姿を見る。

「馬子にも衣装とは言いますけれど、本当に」

 ひどい言いかただけど、事実だからしかたがない。

 実際、私だって、鏡の中の女の子が自分だなんて、ちょっと信じられない。

 ほんの何日か前までは、質素な古着のシャツとズボンにバサバサの髪、手足だってスリ傷だらけの、下働きでしかなかったのに。

 上等な絹の巫女服を着せられて、肌も髪も体中手入れされて。

 まるで別人のように見えるのに、それでも私なんだと分かるのは、この地方には珍しい黒髪と、鏡の中から不機嫌そうに私を見返してくる、少し吊り目がちの深緑の瞳。その、ぶーたれた顔。

「その顔はなんです?」

 あ、いけない。

 慌てて、顔が筋肉痛になるんじゃないか、ってくらい練習させられた『気品ある微笑』とかいうものを形作る。

 それを見た神殿長は、あからさまに溜息をついた。

「そろそろ刻限です。参りますよ」

「はい」


 神殿長の少し後ろを、慣れない長いすそを踏まない様に気をつけながら歩き出し、ふと、いまさらながらのように、大切なことを思い出した。

「神殿長。ひとつ、おうかがいしたいのですが」

 う、舌かみそう。

「なんです?」

 神殿長は不機嫌そうに、振り返った。

「竜皇様に、巫女と認められなかった場合、私はどうなるのでしょうか?」

「お前、巫女と認められると思っているのですか?」

 巫女姫を選ぶ儀式に出させようとしながら、それはないんじゃないのかなぁ?

 確かに、選ばれるなんて思ってないけど。

「巫女選びの儀式に臨み、選ばれなかったものは、神殿を去るのがしきたりです。お前には、神殿を出て行ってもらいます」

「でも、私は……」

「何処の何者とも知れぬお前を此処まで育ててやった上に、通常ならば、家柄ある、美しく教養と気品に満ち、正式に修行を修めた巫女でなければ臨めない、竜皇様の巫女選びの儀式に挑む栄誉まで与えてやっているのです。感謝なさい」

 そう言い捨てると、神殿長は踵を返して歩き出す。

 その肉付きのいい背中に、ちょっと大きな木の実とかを投げつけてみたくなる気持ちをぐっと抑えて後を追う。

 でも、影だけは踏んじゃおう。えい。




 5年前。山の上の神殿への参道の途中で倒れていた私を拾ってくれたのは、前の神殿長様だった。

 一緒に倒れていた人は、見つけられた時には、もう息をしていなかったらしい。

 生きのびた私も、どうしてそんな所で倒れていたのかも、自分がどこの誰なのか、拾われる以前の記憶をまったくなくしていた。

 そんな私を助けてくれたのも、神殿で育ててくれたのも、神殿長様。

 神殿に仕える巫女は十四歳からと決められているので、それまで神殿にいて、いずれは巫女になってもいいし、どこか養女にしてくれる所を探してもいいと言ってくれた。

 私はもちろん、神殿に残るつもりでいたけれど。

 でも、その神殿長様は、半年前に亡くなってしまった。

 そして、その代わりに派遣されてきたのが、今の神殿長。

 このおばさんは私が嫌いみたいで、巫女の見習いという形で神殿においてもらっていた私をただの下働きに変えた。

 別にそれに不満は無い。

 もとから、力仕事はちょっと無理だけど、儀式の準備のお手伝いとか、掃除、洗濯、厨房のお手伝いはしていた。他の下働きの人たちとは仲が良かったし、皆、私を可愛がってくれている。

 ただ、なんでそんなに嫌われるのかが、わからなくて不満だったけど、それも見てるうちにすぐわかった。

 神殿にいる巫女のうち、貴族とかの家柄のある人や、実家がお金持ちの人には、その格に応じて甘い。逆に、貧しい家の出や、私みたいな孤児には厳しい。ある意味、ものすごくわかりやすい人だった。

 それでも神殿にはいられたし、前の神殿長様が「オニキスが十四歳になったら、巫女にする様に」って遺言を残していてくれたから、ずっと、神殿にいられるものだと思ってた。

 けど。

 ここまで嫌われてたんだなぁ……。

 正確な年齢はわからないけど、多分十二歳くらい。そんな年齢の、身寄りも、何も無い子供を放り出そうっていうのはさすがにひどいと思うの。

 



 儀式の間の手前の広間には、巫女たちが並んでいた。

「あら、何とか形になっているではありませんの」

 そう言ったのは、本来ならこの巫女服を着て、儀式に臨むはずだった、貴族の令嬢。

「ええ、本当に。下働きの子供には見えませんわ」

「巫女としては、少々気品に欠けておりますけれど」

 その周囲でささやき合う、領主の娘に、商人の娘、その他数名。

 皆、本来ならこの儀式に出るはずの人たち。

 竜皇の巫女選びの儀式は四年に一度。十六歳から二十歳の巫女を選び、神殿に年に一度降りてくる竜皇様に引き合わせる儀式。

 それで、竜皇様に選ばれれば、どこにあるかもよくわからない竜皇様のお城に行って、傍にお仕えすることになる。

 竜皇様は、この世界に残る最後の神。

 その巫女になるということは、神に直接仕えるわけだから、すごく光栄なこと。


 一応は。


 だけど、どんなに名誉なことでも、巨大な竜と一緒に暮らしたがる人が、そうそういるわけじゃないのも確かで。

 それに、今の竜皇様に代替わりしてから八〇年以上。東西南北四つの神殿でそれぞれ四年に一回ずつだから、つまりは毎年、竜皇様は巫女の候補に会い、そして、今まで誰も選んでいない。

 何十年か前に、一度だけ巫女が選ばれたことがあるらしいけれど、その巫女はその後姿を見せたことがないらしい。

 本来なら、神と人の間に立って、竜皇様が神殿に降りる時には一緒に現れるはずなのに。

 だから今では、『竜皇は巫女を選んでも喰らってしまう』なんていう、大陸の守護者に向かって失礼な噂も信じられているくらい。

 かといって、儀式に出て選ばれなかった場合、神殿を追い出される上に、『選ばれなかった巫女』というありがたくない名前がついて回ることになる。


 もし、選ばれて、変な所に連れて行かれたり、殺されたりするのはイヤ。

 でも、不名誉な烙印をつけられるのもイヤ。


 だから、ここに並んでる巫女たちは儀式にでることを拒否して、神殿長もそれを許した。

 そして、回り回って、まだ年齢もまったく足りていない上に、巫女の修行もやっていない私の所に役目が回ってきてしまった。

 いずれは巫女選びに出ることになるだろうと、予想していなかったと言えば嘘になる。だけど、それは四年後のことだと思ってた。

 今の私では、どう見たって十六歳には見えない。

 巫女の修行だって、行儀作法の勉強だってしてない。

 いくらなんでも、これは神に対して失礼すぎるはずなのに。

 私を神殿から追い出したいなら、ただ、たたき出せば済むはずなのに。

 もしも、条件を満たしていない人間を巫女候補として立たせたことで、竜皇様の怒りを買ってしまったら、どうするつもりなんだろう。

 儀式の間に通じる扉の前で立ち止まり、皆を振り返り、まっすぐに見つめる。

「な、何ですの?」

 貴族の令嬢が一瞬たじろいだ。

 教えられたとおりの、形だけの笑顔を作る。

「このような栄誉をおゆずりくださいまして、誠にありがとうございます」

 そして、すそをつまんで、教えられたとおりの形に一礼をすると、きびすを返す。

 別に、怒っているわけじゃない。

 怖くもない。

 だけど、なんだか、哀しい。

 神の怒りに触れるかも知れないことを、平気でやってしまう神殿長が。神に仕えているはずなのに、本来の役目を放棄することにまったく気がとがめてない巫女たちが。 

 

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