そのアイドルは死にました。
みなさん、アイドルは好きですか? ぼくは大好きです!
――――だからぼくは死にました。
昔からアイドルが好きでした。ぼくの憧れでした。オーディションを受けました。受かりました。自分の部屋で大号泣したことを覚えています。
ダンスのレッスンも歌のレッスンも人一倍がんばりました。ぼくが一番がんばっていたと今でも胸を張って言えます。
でも、ぼくにはアイドルとして致命的な欠陥がありました。それは恋愛感情を知らないことです。
アイドルは恋を売るお仕事です。恋愛感情のない人が恋を売ることはできるのでしょうか?
想像力があればきっと大丈夫! そう考えたぼくは恋愛マンガ、恋愛小説、恋愛ソング……。とにかく恋愛に関するものに次から次へと手をつけました。
想像はできました。でも、わかりませんでした。自分にはない感情を完璧に理解することなど不可能です。
でも大丈夫! 所詮は商売。本物の恋を売らなくてもいいんです。買い手に偽物だとバレなければ。
それからぼくは努力しました。ぼくは完璧な商品を創り上げました。視線、口角の角度、目をどれくらい細めるか、声の高さ、首を傾げる角度、キャラ付け。
みなさん、買ってください! 完璧な商品が売っています。ぼくが創った恋を買っていきませんか?
グループでの順位はどんどん上がっていきました。ぼくは二位になりました。あと少しで一位です。ほら、もっと完璧な商品を買って!
どれだけがんばっても一位にはなれませんでした。一位の子は本物でした。レッスンもぼくと同じくらいがんばっていました。
彼女は視線も、口角の角度も、キャラも、全てが神様から与えられたものを磨き上げたものでした。
偽物は本物には勝てません。
だんだん自分が気持ち悪くなりました。アイドルが大好きだったのに、いざアイドルになってみると偽物しか売れない自分が。
偽物なんていりません。ぼくは本物になりたいです。ぼくは本物になれませんか? ぼくはずっと偽物ですか?
偽物は殺しましょう。
ぼくは事務所に辞めることを伝えました。もちろん事務所はぼくをひきとめました。一応、グループで二位のアイドルですから。でもね、事務所さん。僕の代わりはいくらでも見つけられますよ? 努力すれば誰でもぼくになれますから。
それらしい理由を並べて、辞めることを認めてもらいました。もちろんすぐには辞められません。こんな偽物でも買ってくれた人がいるんです。ぼくだってそこまで薄情じゃありません。
こんな偽物を買ってくれてありがとう。商品は偽物です。ぼくには本物は作れません。でも、完璧な偽物なら創れます。
最後まで偽物でごめんなさい。でも、ぼくにできる最高の恩返しは、今までで一番の最高の偽物を売ることです!
辞めると決めて3ヶ月後、卒業ライブが行われました。
追いかけてくれてありがとう。偽物なんて売ってごめんなさい。でも、ぼくが売れるのは偽物だけです。最後に最高の偽物を買ってくれませんか?
ありがとう。幸せだったよ。これがぼくの最期です。
卒業ライブが終わるとともに、ぼくは死にました。
僕は、慣れた手つきで配信アプリを開きライブを始める。
「あー、あー。音入ってる?」
コメント
:入ってるよ〜!
:入ってるー
「みんなこんばんはー。今日はね、質問コーナーやってくわ」
コメント
:質問箱で募集してたやつ!
:質問コーナー久しぶり!
:楽しみ〜!
「みんな僕のこと大好きじゃん。はい、初めの質問。リアコになってもいいですか? いきなり来たねー」
コメント
:おー! お決まりのやつくるか!?
:きちゃ!!!
:いきなり最高なんだけどwww
「ごめんねー。僕、恋は売ってねぇんだわ」
コメント
:恋を売るw
:マジでバッサリ切るよねーw
:普通もうちょっとアバウトに言うでしょw
「もう恋は売らないって決めたの。これは僕の覚悟だから。アバウトに言うのは覚悟が揺らぎそうでヤダ」
僕はいま、本物を売っている。