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2の3 OH MAMA!!

 2の3 OH MAMA!!



 「で、ここの所が本当に不可解なのだが」


 馳家のわたしの部屋に入った瞬間、ベッドを指しながら先輩は言いました。


 「下着ですよね? お母さんから聞いたんじゃないんですか」


 わたしは、その話題はあんまりしたくありません。なぜなのかよくわかりませんが私はですね、そのなんというか下着がすぐに破れてしまうのです。そのせいで下着の買い置きはかなり必要でしかも私は成長期。お母さんは成長の記録だとか言ってこんなことをするらしいのですけれどね。ベッドの上に飾られた破れた下着の数々。造花の庭園から目をそらします。


 「見せしめにベッドに飾るとは娘に対してあんまりな仕打ちだと思った。ほら、母上は何というか寛容な人じゃないか。僕の身の上を話してそのまま受け入れる人はそうそういないからね」


 そういってから先輩はわたしの顔をじっと見ました。


 「合言葉はラブ&ピース&マッスルですからね、お母さんは。ああ見えても重量挙げの選手だったんですよ」


 わたしは力こぶを作りながらなんとなく鼻高々です。


 「ああ、ヒッピー的な人なのかな。ならば自然崇拝とまではいかなくとも僕の生い立ちに理解を示すこともできるだろう。君がそうであるのもその流れを汲んでいるのだね」 


 先輩は指をパチンと鳴らしながら答えを導き出しました。


 「まあ、ハーブの中に含まれていた物質のせいでドーピング疑惑をかけられて失格してしまったらしいですけどね」


 わたしはベッドの上に飾られた下着を片付けながら肩をすくめました。


 「面白い母上だね。もちろん娘としてどう思うかは別問題なのだろうけれど」


 先輩の観察眼は鋭く、わたしの心によく刺さります。


 「良くお分かりですね」


 わたしが真っ当なスポーツマンとして育つことができたのは、お父さんの熱血指導のたまものなのですが、ここでは割愛させていただきます。


 「羨ましい限りだ」


 先輩は部屋の中を眼帯を外して一通り確認しながら呟きます。先輩の眼帯に覆われていた方の目はうっすらと金色に輝いていました。


 「先輩のお父さんとお母さんはどんな方なんですか?」


 話の流れで気になったことをそのまま口にします。


 「ふむ……」


 先輩が答えようとしたところで部屋のドアが開きます。


 「ご飯できたわよ!」


 いつも元気なお母さんの声もほんの少し余所行きな感じがしました。


 「まあ、その疑問には後で答えるとしよう。まずは母上と晩餐と行こうじゃないか」


 そしてわたしは先輩と一緒の夕食をとったのでした。



 数日後。わたしと先輩は馳家の風呂場前にある脱衣スペースにいました。既に夕食も終わりお風呂に入る予定です。


 「他人と一緒に風呂に入るなんて、もしかしたら人生初かもしれない」


 感慨深げにつぶやく先輩。


 「嫌ならいいですよ!」


 ササっと脱衣するわたし。先に風呂場に足を踏み入れます。


 「嫌とは言っていない。だが、未知の世界ではある」


 先輩は決意を固めてエイヤ! と脱衣してから風呂場に入ってきました。


 「ちょっと。その。ちょっと待って下さい」


 先輩の体、どことなく丸いような。


 「どうしたのかい?」


 風呂場に響く先輩のセクシーボイス。


 「あの、その」


 言いにくいですね。


 「だから、どうしたんだい。単刀直入に言ってみるといい」


 先輩はそう言ってくれました。これこそ渡りに船というあれです。


 「多分ですが、太ってます!」


 叫び声は割と大きく響きわたりました。


 「僕は妖精だよ」


 肩をすくめる先輩。


 「ではこちらへ!」


 わたしは先輩の手を引き、脱衣スペースにある体重計の前に案内します。割と最新式の体重計のはずです。もちろん詳しいことは全くわかりませんけれど!


 「この機械に乗れと言うのかい?」


 先輩はやけに機械という部分を強調しました。


 「正確ですから!」


 わたしはセールスマンか何かなのでしょうか。


 「やれやれ、魔女発見機とかじゃないだろうね」


 しぶしぶながらも先輩は体重計にのります。


 「どうですか?」


 乙女の情け。数字を見ることは仁義に反するのです。


 「増加と言ってしまえば、増加ではある。しかしこれは……」


 煮え切らない態度の先輩。


 「増えたんですか」


 介錯、です。


 「ふえた……」


 先輩の体が少し震えたような気がします。


 「しかしだね、君も増えているように見受けられるのだが、どうだろうか」


 体重計の上から一歩横にずれてからの、先輩の鋭い反撃。少し胸周りが窮屈な感じはしていたのですが。


 「確かにランナーとしては把握しておかなければいけませんね!」


 先輩の後に体重計に乗るわたし。


 「そ、そんな……」


 背中を電撃が走るような衝撃。


 「その様子なら、増えているんだね」


 断定する先輩。


 「あうあう」


 冷酷な事実を突き付けられたわたしは、意味のない言葉を繰り返すしかできませんでした。


 「明日だ」


 先輩はポンとわたしの肩に手を置きます。


 「ふえっ!? 明日がどうしたんですか」


 わたしは先輩の言葉の意味が分かりませんでした。


 「体重は日々変わりゆくもの。今日だけの分じゃあ、分からないさ。明日計って駄目だったなら観念しよう」


 希望に満ちた先輩の言葉。


 「はい!」


 わたしは力強くうなづきました。その日のお風呂は長めだったような気がします。お母さんが呼ぶまでわたしと先輩は風呂桶に浸かって頑張っていましたので!



 そして次の日。


 先輩は第三の観測者がいた方が正確かつ公平だと主張しましたので、お母さんが体重計測係につくことになりました。


 「うん。霧ちゃんは運動不足ね。この短期間に5kgは危険かも! でも筋肉をつけたいなら」


 お母さんが先輩の手を両手で握ります。


 「ちょっと、ダメですよ! マッスル面に落ちちゃダメ!」


 そうはさせません!


 「あら、残念。初日ちゃんも増加傾向にあるわね。じゃあ色々頑張ってね!!」


 お母さんは手を振って脱衣スペースから出ていきます。


 「理由は何だと思う?」


 先輩はお母さんがいなくなったのを確認してから言いました。


 「食べすぎでしょうか。でも前はこんなことは無かったので運動不足ですね!」


 やはり運動することは素晴らしいのです!


 「君の母上の料理だが、非常に美味しいんだ。僕としてはこれが原因だと思うね」


 先輩は腕組みをしました。


 「そんなのはわたしにとっては関係ありませんね! やはり運動しないとダメでしょう!」


 胸を張るわたし。


 「まあ、美味しすぎるのが難点だとしても食べなければ済むわけだから、量を減らせばいいだけの話さ!」


 先輩も胸を張ります。大きいです。


 「そうですね! それぞれに合った方法をとるべきですね!」


 それぞれの道で減量できればいいのです。目指せ痩せボディです!


 「いや、君にも食事の量を減らして欲しいのだが」


 がーんです。いきなりわたしの道を全否定ですか?


 「何故ですか!」


 まあ、それはそんなことになるような気もしましたが。


 「運動されては困るからね。勇者適性が上がってしまうだろう。せっかく落ち着いてきた所なのに」


 先輩の冷酷な宣言。


 「うう、仰る通りですけれど。運動してモリモリと食べて次の運動に備えるというこの素晴らしいシナジーを崩すのはきついです」


 自分でも何を言ってるのかさっぱりですけれど、ともかく運動がしたかったのです。


 「確かに弛まずに続けて来た鍛錬を捨てるというのはきついのかもしれない。つまるところは、僕のいう通りなのさ。母上の料理は美味しすぎる。これにつきるだろう?」


 た、たしかに。食べるなといわれると猛烈に拒否したくなります。これは美味しいせいなのでしょうか?


 「運動もできて食べられるのが最高じゃないですか!」


 わたしは、やはりこちらの結論にもっていきたいのです!


 「母上はプランターでハーブを栽培していた様だが、料理にもかなり使われていたね。この依存性はもしや……いやそんな事はありえない! 食べられないものを出すわけがないだろう!」


 先輩が拳を固めてそう言った次の瞬間、お母さんの声がします。


 「あら、嬉しいわ。信頼してくれているのねえ。もちろん食べられないものは出さないわよ。ハーブでは一度痛い目に合ってるのだし、娘にそんな目に合って欲しいなんてさすがに思わないわ」


 いつのまにか先輩の後ろにお母さんがいました。


 「では初日さんと僕が少食になっても驚かないでくださいね」


 先輩はお母さんに軽く頭を下げます。


 「うーん。ダイエットメニュー考えちゃうわ!」


 ダイエットメニュー! その言葉を聞いただけでわたしの背筋に悪寒が走りました。


 「それはありがたいですね」


 ちょっと先輩! 危険! 危険なんです! お母さんのダイエットメニューは!


 わたしは涙目になりつつも何とか無言でそれを伝えようとします。


 「ふふふ。効果抜群よ! 期待して待っててね」


 うわあノリノリです、この人。本気で先輩を断食させようとしているのです!


 育ち盛りの断食というのは厳しいどころの話ではないのです。そしてお香を焚いた部屋で延々と繰り広げられるヨガ地獄。もちろん絶食の本番でしたので水だけしか口にできません。本当に危険ですから皆さんも簡単に行ってはいけませんよ。


 「うふふ、何か言いたそうね、初日ちゃん」


 お母さんは意味ありげにウィンクをします。これは黙っていろというサインなのでしょうか。


 「違うのですお母さん! 先輩に断食はきついかもしれないと思うのです!」


 黙ってはいられません。これが馳家の正義の道です。


 「お母さん感動したわ」


 太陽のような笑顔。娘の成長を喜んでくれているのならいいのですけれど。


 「では!」


 断食は無しですね! 良かった!


 「断食はあなただけね、初日。ここ数日あなたと霧さんと一緒に食事をしたのだけど霧さんと比べて明らかに食べすぎだわ。お母さん少し恥ずかしくなっちゃった。あなたは、もう少し食を細くしてもいいと思うの」


 ここまで考えているお母さんの決定はそれはもう絶対でした。


 「ならば、僕は?」


 先輩!? なんだか解放されたような、ほっと胸を撫でおろしたような表情してませんか?


 「霧さんの方は運動不足だし、運動すればすぐに解決すると思うの」


 お母さんは優しく微笑みます。


 「なんだって!?」


 その時の驚愕に満ちた先輩の顔に思わず吹き出してしまうわたし。でも、わたしと先輩、その両方に地獄は待ち構えていたのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 合言葉はラブ&ピース&マッスル! まったりスローペースどきどきライフに忍び寄る、マッスル面の威容。成長期が運動を控えれば、そうもなりますなぁ…… 地獄の始まり、とくと拝見させていただきたく…
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