第二章 私生活まで見られるなんて! 2ー1 であぼりっくましーんを使うのはいけません
第二章 私生活まで見られるなんて!
2の1 であぼりっくましーんを使うのはいけません
「やあおはよう」
朝早く玄関から出たわたしにかけられる先輩の声。
「なんだか、元気が無いようですが大丈夫ですか」
先輩の声は微妙に低いような気がしました。
「そうか僕を気遣ってくれるんだね。でも即気付く事があるんじゃないのかい?」
先輩はしつこく笑います。
「うーん、眼帯が復活してる!」
見たままを表現するわたし。確かに左目を覆う眼帯が復活していました。
「あちらのものが常時見えていると困るからね。違うよ、わざと気付かない振りをしてるんだろう?」
先輩の言葉を聞きながらも左手に巻かれた包帯からなんとか目をそらそうとする私でした。
「左手に巻かれている包帯は新しいものですね」
左の手首に包帯が垣間見えます。まだ冬服ですからどこまで巻かれているかはわかりませんが。
「そこまで確認したうえで一つ聞くが、君は昨日した約束を覚えているのかい?」
先輩は左腕に手をそえ、さすりながらわたしを問い詰めます。
「全力で移動しない事」
元気よく答えます。
「ふむ。その通りだ。確かに君は全力で移動はしていない様子だね。だが何らかの試練を乗り越えて来たということは分かる」
じっとわたしを見る先輩の目。
「試練ですか?」
ほんの少しギクリとする。
「ああ、日陰者の妖精には眩しいぐらいの勇者のオーラ。それが今日の君は一段と輝いて見える!」
情熱的にわたしを観察する目。
「ちょっと、恥ずかしいです」
わたしは何となく両手で胸元を隠してしまいます。
「僕の元にも試練は訪れた」
話の流れがかわりました。
「え? 先輩も試練を? 走ったのですか!」
思わず口走った言葉がこれです。
「やっぱり走ったのか。僕の試練はやはり君が走った事の報いだったのか。昨日深夜科学の使徒があらわれてね」
おや、聞きなれない言葉が登場です。
「科学の使徒ってなんですか?」
分からないことがあれば聞く。これは家訓です!
「自然は誓いを破った者に報いという形で罰を与えるが、僕のような魔法使いに罰を与える存在は他にもいる。それが科学だ。科学は現在ではほぼ全ての論理で絶対的な優位を保っており抗うとなると厄介な存在となる。誓いや魔法が科学に干渉すると、報いは具現化し奴ら使徒はあらわれるんだ」
えっと? わかったような、わからないような?
「干渉? わからないです!」
やはりわからないので、もう一回聞きます!
「つまり、僕の魔法に対して何らかの科学的干渉が行われて破術が試みられたのだと……。ああ、分からないか。僕が聞きたいのは、もうすでに走ったとかいう言質は取ってあるがこういうことだ。僕は移動さえしなければ大丈夫だと思ったんだ。しかし真実は違った。君は何らかの方法で動かないままで運動を行ったんだろう!」
びしっと指を突き付ける先輩。うう、ちょっとかっこいい。でも具体的に何をされたのかさっぱりわかりません!
「いえ、その。食後の運動をしないことを両親がおかしいと思いまして」
わたしは観念して自供を始めます。
「そうか、食後の運動とか僕も初めて聞いたが、両親さんは君の陸上競技に賛成なのだね」
腕を組んでわたしの言葉を聞くモードに入る先輩。
「そうなんです、両親とも競技者で! それで、先輩と激しい移動はしないと約束したことを説明したのですが」
だめです。先輩と目が合わせられません。結局裏切ったのはわたしなのですから。
「それで、道具を使って運動したというわけだね。しかし君の英雄的特性は走る事に特化しているようだから、君の言ったように走らなければここまで輝く事はないと思うのだが」
あごに指をあて考え始める先輩。
「先輩、こちらに来てください」
わたしは先輩の手を引いて、家の中に入っていきます。
ここは馳家のトレーニング小屋。以前は庭があったようですが、今は大きな別棟になり様々なトレーニング器具や道具の管理をする部屋として家族の皆に使われています。
「ふむ、ここは?」
小屋の中を見回す先輩。
「昨日、ここで走っていました」
ルームランナーの前で告白をするわたし。
「こ、これは?」
目を細め、遠巻きにルームランナーを観察する先輩。
「こうするんです!」
わたしはルームランナーのスイッチを入れます。
「ぶぅぅぅん」
機械が回り始めます。
「走ったという事は、この上で!? 確かにこれなら移動せずとも走る事ができる! これは空間拡張のパラダイムだ!」
目をキラキラさせる先輩。しかしすぐに態度を反転させます。
「こ、これはまさに悪魔の機械だ! 横紙破りもいい加減にしてくれ!」
あわてふためく先輩を見てかわいいと感じてしまうわたしでした。
「ごめんなさい! この上で走ってしまいました!」
わたしは力いっぱい頭を下げます。
「君に対して怒っているんじゃない、科学に対してだ」
先輩はルームランナーを恨めしそうに見ながらぶつぶつと言っています。
「わたしが悪いんです!」
理解してもらうためにここに来ましたが、この時の先輩はとても危険な感じがしました。
「しかし、君が悪いとしてもだ。どうやってそれを改善するんだ?」
先輩は優しくわたしに話しかけます。
わたしも正直に答えなければ。
「またやらないとは、言えません!」
言ってしまいました。でもこれが本心です。
「ふむ、そうだろうね。だからね、君の親御さんと話がしたいんだ。いいかい?」
先輩の温かい手がわたしの肩に触れます。
「はい!」
わたしはなんとなく嬉しくなって家の中にいるお母さんを呼びに行きます。 結局私は、外で待たされ先輩とお母さんは家の中でお話をすることになりました。