1の2 恐怖です! 怠惰の呪い
1の2 恐怖です! 怠惰の呪い
「あれえ? おかしいですね」
翌日の放課後、わたしは陸上部に入部するために部室を探していました。
「卓球部とサッカー部の間と聞いていましたが」
卓球部の隣はサッカー部。サッカー部の隣はどう見ても卓球部なのです。なてな? しきりに首を捻り思案するわたし。
「コツコツ」
その後ろから迫る足音が一つ。
「やあ。困っているようだね」
したり顔で話しかけてくるのはあの憎らしい先輩の霧さんです。
「陸上部が見つからないんです」
捜し始めてからすでに丸一時間は歩いていました。走っているうちに分からない場所にいた事はありますが、歩いていて迷うようなのはなかったと思います。
「ふむ、このような形で現れたか。諦めた方がいい」
その時のわたしは、なにやらよくわからないことを言うこの先輩に対しては静かに怒りをためている最中でした。
「何をあきらめるのですか! 理由も分からずに?」
あきらめるのは逃げと同じ。わたしの心は燃え上がります。
「確かに。では理由を告げよう。僕は君に呪いをかけた。君は陸上部に入る事はできない」
わたしとは違って冷静な先輩。
「呪い? バカにしてるんですか」
彼女の冷静さがわたしを爆発させる原因になりました。
「いや、いたって真面目な話だ。どうか冷静になって聞いて欲しい」
わたしは、いまあなたのことをバカにしたんですよ。どうしてそんなに冷静なんですか?
「それが理由だとしても、わたしはあきらめませんよ!」
わたしはだまされているに違いない。陸上部がサッカー部と卓球部の間にあるという話もこうなるとあやしいでしょう。
「君は呪いにかかっている。本当なんだ」
わたしは先輩の声を振り払うように走り出しました。別の場所に陸上部があるに違いない。でも他の建物も、もちろんグラウンドも探しましたが結局のところ陸上部を発見することはできなかったのです。
「一体どういうことなんですか!?」
翌日の放課後。わたしは呪い部の部室に乗り込み大声を上げていました。
「おや。冷静に話を聞いてくれるのかい?」
部室の中にいたのは先輩だけでした。
「あれからどれだけ探しても、見つかりませんでした。あなたがやっていることでしたら、即刻やめて下さい!」
わたしは頭を下げます。
「そうだろうね。君は陸上部に入る事ができないよう呪いをかけられている。そしてこの呪いを止める事はできない」
きっぱりと断言する先輩。
「止められない。止める方法はないんですね?」
こうなるとわたしも退けません。あきらめることはできないんです。
「なんというかな、僕の大切なものを壊すことになってしまうからね。僕の大切な物を誓いによって縛り、そこから魔力を得たのさ」
微笑する姿が様になっていましたが、それがかえってわたしの怒りを煽ります。
「それじゃあ、わたしの大切な物はどうなるんですか!」
わたしはぐいっと先輩に寄ってにらみつけました。
「確かに。納得できるものではないか。今の時期だけ我慢するだけでいいんだ。どうか受け入れてもらえないだろうか」
今度頭を下げたのは先輩の方です。
「あきらめませんからね!」
そんなことをされたら、わたしも引き下がるしかありません。先輩の顔をひとにらみしてから退室しました。
「やっぱり陸上部の方々はいないみたいです」
体育座りをしながらグラウンドを眺めるわたし。他の部活が活動する中、陸上部が活動しているはずのトラックはがら空きです。
「何してるのかな、キミ」
落ち着いた、でも色気を感じさせる女性の声がしました。
「えっと、保健の先生ですか?」
わたしが振り向くと白衣を着た大人の女性がいました。
「私は粕谷ひとせ。正確には養護教員だけどね! で、そんな所で何してるの?」
どうどうと張られた胸がぷるんとたわみます。わたしは見ていられなくてその部分から目をそらしました。
「陸上部に入りたいのです」
空虚なトラックをみつめるわたし。絶対にあきらめないと思ってはいても途方にはくれていました。
「入ればいいじゃない! 小鹿ちゃんみたいな足してるし向いてるんじゃない?」
ひとせ先生もトラックの方を見る。明らかに動いている物を追いかけているような仕草でした。
「そうですか、嬉しいです。ってそうか見えてるんですね」
頭がおかしくなりそうです。
「えっと? 一年生よね。目が見えない生徒が入ってきたらこっちに連絡が来るはずだし。あなた、大丈夫?」
ひとせ先生の柔らかな視線がこちらに突き刺さると、その同調圧力についビクッとしてしまいます。
「いいいえ、見えてますよ! 見えてます! それよりひとつだけ頼みごとをしてもいいですか!」
変な人と思われてはいけません。私の中で一つだけ案が浮かんだのです。陸上部の位置を聞くことはできました。では次は
「陸上部の人を呼んできてくれませんか?」
どうにか接触をしようという作戦です。
「!? ああ、あなたシャイなのね。分かったわ呼んできてあげる」
ひとせ先生は人を蕩かすような大人の女の笑みを浮かべながらわたしのいうことをきいてくれました。
三分後先生が連れて来たのはモザイクがかかったような人型のなにかでした。
「あべろろぶしぱはるりゅりもげん。ぷるんぽぺろんぱてるれるまえ」
その言葉もさっぱりわかりません。すごいですね、呪い。でも負けません!
「えっと、先生。この先輩の方が何をいってるかわかりますか?」
この際怪しいのはしかたありません。人生攻めの姿勢が大切なんです!
「えっと! あべろろぶしぱはるりゅりもげん。ぷるんぽぺろんぱてるれるまえ?」
うわあ、なんだか現実が崩壊する声が聞こえました。先生は先生の声色で先輩と同じ言葉を発したのです。
「これは長くなりそうですね」
謎の言葉を理解しなければ陸上部には入れないというのですか! なんだかわたし燃えてきました!
先生を介して試行錯誤した結果。NGワードにはモザイクがかかるものの文章でのやり取りは何とかできました、しかし肝心の入部届には全面例のモザイクがかかってしまっています。
「どうしましょう」
困り果てているわたしからモザイクの先輩はペンをひったくります。
「あぱぱ」
先輩が何かをかき込むと入部届からモザイクが消えました。入部届けの頭に「仮」と添えられています。
「これなら、いけます!」
自分の名前と学年、希望種目の長距離走というもの忘れてはいけません。
「言葉が通じなくなったときはどうしようかと思った!」
モザイクのとれた先輩。日に焼けた肌でお猿のようなベリーショートの似合う女の子でした。
「仮入部できたんですね! 走っていいんですね!」
前途に光がともったようなそんな気持ちになりました。
「私は百瀬九十九。女子陸上部の部長だよ。よろしくね」
百瀬先輩は太陽のような笑顔で笑いました。わたしもこんな風に輝きたい!
「二日もろくに走ってないんです! 走りたいです!」
抑えきれない気持ちが爆発しそうです!
「先生の承認ももらってないけどいいかな。体操服は持ってるよね? 走ろう!」
百瀬先輩は陸上部の面々を軽く紹介したあと新入生歓迎のタイム計測を実施してくれました。
「六秒五四!!」
「おおっ!」
「短距離でもいけるんじゃない?」
「いけるどころじゃないでしょ、これは!」
追い風参考記録ではあるものの破格にいいタイムを出すことができたわたしは先輩方に褒められて悪い気はしませんでした。しかし確実に影は忍び寄り、その時のわたしには光しか見えていなかったのです。