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第1章 速く走ったからって燃え尽きるわけないのです!  1の1 春! 中学一年生! 陸上部に向けてひた走りに走るのです!

 第1章 速く走ったからって燃え尽きるわけないのです!



 1の1 春! 中学一年生! 陸上部に向けてひた走りに走るのです!



 足取りの軽くなる桜満開の校門から校舎へと向かう道。周りの子はわたしと同じ新入生ばかり。


 「わあ! きれい!」


 道の端に並んでいるのは各部活の先輩たち。スポーツの名門明春中学に入ったからにはわたしも陸上で頑張るつもりでした。


 溢れる力が抑えきれず足が動き出して。二歩でトップスピードに!


 「たったっ」


 春の日差しを受け頭の後ろで結わえたポニーテールが躍動しています。制服姿のその体は先輩方よりは貧相で男の子みたいだけど走るには都合がいいですから。


 「ふむ、馬の尾か」


 後ろで落ち着いた声がして、私の後頭部は後に引っ張られることになりました。


 「なにするんですか!」


 わたしは、ポニーテールの付け根を抑えながら後に振り向こうとします。誰かに髪を掴まれたのですから。女の子の髪を掴むものではありません。


 「ふむふむ、骨格は子供の様を呈しており、男子の如き陽の相」


 髪を引っ張った人は女の人の様でした。少し目が見えませんので。というのは自分のポニーテール部分に阻まれて見えなくなっていたから、これは声から判断してのお話です。


 「掴んで髪を見るのは止めて下さい!」


 私みたいな子供に興味を示すのは変態とか言われる人なんじゃないでしょうか。


 「ふむ、しかし。本当に対象なのか見極めなければならない」


 その人は、やっと髪を手放してくれました。けれど今度は私の体を近くでジロジロと観察し始めます。


 「なな、殴りますよ!」


 涙目ながらにこれは最後の手段だけど仕方がありません。


 「女人ながらにアダムの林檎の形跡。これは英雄の資質」


 その女の人の髪は紫がかって長く厚いレンズの入った眼鏡をかけていました。部活の勧誘の先輩たちはユニフォームを身に着けているので勧誘ではないのかもしれません。けれども目の前の人は一年生とは言えないぐらい女の子としては成長していました。


 「わたしは男の子じゃないですよ!」


 そう指摘して初めてその人は私の目を見たのです。


 「これは失礼。存分に見分させていただいた。僕は菅沼霧すがぬまきり。貴方の運命が燃え尽きないように見守る妖精だ。今後ともよろしく、馳初日はせはつひ君」


 霧先輩は私のフルネームを的中させます。


 「なんですか! 妖精って?」


 名前を当てられた私は少なからず動揺してしまいました。


 「そんなに体を見まわさなくても大丈夫。君は、名前の分かるものなんて身に着けていないよ」


 霧先輩はニヤリと笑うのでした。


 「もう、中学生ですから! それより妖精ってなんですか?」


 わたしは体が抑えきれずだだを踏んでしまいます。


 「僕は怠惰の妖精。君を休ませに来た」


 霧先輩は、わたしをびしっと指さしながら簡潔に述べます。妖精って本当にいるんでしょうか。知りません。知らないからこそ無下に否定するものではありません。


 「これから陸上で頑張るんです! 休んでる暇なんてありません!」


 そんな事より私には、前に進む理由があります。理由も無く休むなんて甘えは許されません、私たちはまだ若いのです。


 「まあ、そうだろうね」


 苦笑いの表情も私なんかと違って女性らしい。


 「ですので、いきますね!」


 向かうは陸上部の勧誘! わたしは、くるりと体の向きを変えて走り出そうとしました。


 「待ちたまえ。まじない部に入らないか?」


 性急な霧先輩の提案。


 「これって勧誘だったんですか!? でしたらお断りします!

 先輩の言葉には、いったん足を止め対面して言葉を返すのが礼儀でしょう。わたしはキュキュッとブレーキをかけて性急にターンしてから叫びました。


 「そうか、でもやめておいた方がいい」


 霧先輩は微笑しました。


 「と、いわれましても困ります! 陸上部に入って走るんです! わたし、走る事がとっても好きなんです。ご飯より!」


 ここは先輩にはわかって欲しい。ですので心をこめて説得することにしました。


 「勧誘ではないんだ。ただ、君の体が心配で」


 霧先輩は、わたしの体の何かを知っているのでしょうか。そう思うと胸の奥から熱いマグマのような感情が湧きだしてきました。


 「いやああ! 恥ずかしい!」


 羞恥心から出たマッハの拳が霧先輩の頬を襲ってしまいます。


 「おぶう。いや、よし、思った通りだ。やはりそうだ。君こそが勇者だ。君じゃないといけないんだ!」


 頬を軽くさすった後、何やら叫びながらこちらにロミオみたいに手を差し伸べてくる先輩。うう、やっぱり変態なのでしょうか?


 「いやあああ!」


 ただ、ただ恐怖感しかありませんでした。もう逃げるしか。


 「駄目だよ」


 追いかけてくる先輩。どう見ても走るには不向きな体を全力でこちらへと差し向けてくるのです。


 「追っかけてこないで! 先輩は変態なんですか!」


 どうにか向こうに行って欲しい。でもこんな時に限ってわたしは気の利いた言葉ひとつ言えないのでした。


 「変態という定義に当てはまっていると思ったことはないけれど」


 先輩は息も切らさず私についてきます。


 「中学生でこんなに早く走る事ができるようになるなんて!」


 先輩が日頃運動しているようには見えません。それなのにわたしに追いつくほどの速度が出せるなんて。


 「ああ、まあ、走っている訳ではないんだがね」


 走っていない。本気を出していないって事でしょうか? 運動しているようには見えない先輩が私を楽に超えているという事実に激しく動揺してしまいます。


 「中学生でそこまで体力が伸びるのなら、一層鍛錬をあきらめるわけにはいかなくなりました!」


 負けられないと心が燃え盛る。ここは是が非でも陸上部に入らなければ!


 「あ、前。危ないよ!」


 燃え盛るわたしの耳には、多分こう言っただろう先輩の言葉すらろくに入ってきませんでした。


 「あふう!」


 壁に顔をぶつけるわたし。


 「大丈夫?」


 先輩が寄ってきてわたしの顔を覗き込みます。


 「うう、くらくらします!」


 わたしは、その場でぺたんと座り込みました。


 「落ち着いて、ベンチにでも座って話をしよう」


 私の手を引く先輩。その姿に少し違和感があるような気がします。


 「あの? 地面に足がついてないような!?」


 先輩の足は地面から5mm程度浮いていました。


 「妖精だからね。飛ぶぐらいの事はできるさ。君は足が速かったからね」


 そうして二人で並んでベンチに座りました。


 「あの、わたし呪い部は無理ですし、陸上部に入りたいんですけど!」


 いくら状況が変わっても、わたしの言いたいことは変わりようがありません。


 「それは心配だね」


 憂い顔の先輩。本当にわたしの事を心配してくれているのでしょう。


 「何の心配をなさっているのか、さっぱりわかりません!」


 これがわたしの偽りない本心でした。


 「確かに。では、秘密にしてくれるならば教えようじゃないか。君は秘密を守ってくれるかい?」


 わたしの目を射る眼光。


 「はい!」


 わたしは元気よく返事をしました。元気のいい返事は気持ちのいいものです。


 「いいだろう。神代というのを君は知っているかい。神々が活動的に動いていた神話の時代のことさ。僕はその時代に遡れば怠惰の妖精の血を引いている。神代の頃には疫病神ぐらいの位置づけだった僕らだが現代ではやるべき事を見出している。君達のような英雄の気質を持っている者を見つけ怠惰の道へと導く事さ」


 霧先輩はとんでもない事を言いだしました。


 「待ってください! 怠惰にされたくありません!」


 ビシッと手を上げて発言するわたし。


 「まあ、そうだよね。でもね神代に働いていた癒しの力が現代では働いていないのが問題なんだ。英雄が英雄らしく動けば簡単に怪我をしてしまい、しかも簡単には治らない。現代は凡人の時代なのさ」


 ため息をつく先輩。


 「えっと、わたしが怪我をしてしまうのですか? 良く分からないです」


 わたしは頭は良くないので混乱してしまいました。


 「子供のうちは神性による加護はある。しかし中学校ともなるとその加護も怪しくなってくるのさ」


 先輩はわたしを心配してくれてはいるのでしょう。


 「でも、走りたいです!」


 あきらめたくはありません。


 「体に無理がくるんだよ? ある日突然に。君の体の能力は英雄らしく高いものだろう。しかし高ければ高い程それが破滅する時は酷く酷く壊滅的なんだよ?」


 ごめんなさい先輩。わたしはバカなのでしょうね。


 「走りたいんです!」


 体がつい動いてしまって、わたしは立ち上がりました。


 「走って、走り続けて、どうなるというんだ?」


 先輩の口調が激しいものになってきました。


 「でも、走れなければ生きている意味がありません!」


 本当に好きだと言う事を心で噛みしめながら叫ぶわたしです。


 「いいかい? そのまま走り続ければ、君は全てを失うだろう。それでもいいのかい?」


 わたしなんて放っておけばいいのに見逃さない。決してわたしを悪く思ってではないのでしょう。


 「はい」


 最後の返事は元気よくはできませんでした。


 「いいだろう! とでも言うと思ったかい? 僕は伝説の英雄に従う妖精じゃないんだ! 僕は君の事が気に入ってしまった! 君には、傷つく事の無い人生を送って欲しい。故にここに誓いを立てよう!」


 先輩の周りの空気が重たくなります。


 「誓い、ですか?」


 わたしの言葉は先輩には届きませんでした。彼女は目をつぶり集中していたからです。


 「我誓う。馳初日の御身御心を怠惰の小径へと誘わんことを。


  我、菅沼霧の身と心を捧げ追難追苦を退けたもうことを」


 短い言葉でしたが妙に印象的でした。この時に誓いの内容について気付いていれば良かったのですが当時のわたしに気付く余地はありませんでした。


 「なんですか? もう終わりですか。では失礼しますね!」


 先輩に力いっぱい頭を下げてからその場を去るわたし。その日はもう夕方になっていたので陸上部への入部届は明日にしようという事になり帰宅することにしました。

Xの方で投稿もしましたが全年齢層でも新しいのを投稿します。

GLの項目にチェック入れたけど、どうなるかはテンション次第だと思われ!

ペース的には両方週1ぐらいになるといいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 清々しい春の日と、初々しい少女の描写が素晴らしく。そしてミステリアスな先輩との出会い。とても追いかけ甲斐のある作品です。これからどんな展開が待ち受けるのか。続きを、楽しみに読ませていただき…
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