約束
「おじいちゃん、それっていつも何してるの?」
小さな少女が何やら作業をしている老人に話しかけている。
「これか?これはね、お皿になるんだよ」
「お皿?粘土がお皿になるの?」
どうやら老人は陶芸を行っているようだ。
確かに老人の手元ではろくろが回っていた。
「どうしてお皿を作ってるの?」
「仕事で作るのが好きだったってのもあるが、そろそろばあさんの誕生日だから今年も送ってあげたいんだよ」
そうして老人は慣れた手つきで粘土の成形を行っていく。
最初はただの粘土の塊だった物が徐々にお皿の形へと変わっていく様は少女にとっては見たこともない魔法のように映るようだ。
そして同時にその魔法を起こす祖父はさながら絵本に出てくる魔法使いで少女にとって憧れの対象となった。
「おじいちゃん、あやもお皿作ってみたい!」
「あやちゃんも作りたいのか?」
「うん!」
そしてそんな魔法を使いたくなるのは当然だろう。
だからこそ祖父にこうしたお願いをするわけだが当の祖父本人は難色を示している。
「教えてやってもいいがその服を汚すわけにはいかないなぁ...」
「お洋服汚れちゃうの?それじゃあお母さんに怒られちゃう。この前お洋服汚したらお母さんにすごい怒られちゃった...」
老人は少女の服を汚してはいけないと思い難色を示していたようだ。
そのことを聞き少女も過去の出来事を思い出しお願いが叶わないと思い目に見えて落胆している。
老人もそんな孫の姿にどうにかできないかと考えを巡らしていると何かを思いついたようだ。
「そういえば陶芸教室を開いていた時に子供用のエプロンもそろえていたような?」
「本当!?」
叶わないと思ったところに希望が見えた少女は先ほどの輝くような笑顔を取り戻していた。
「あぁ、確か奥に置いていたはずだ。少し待っていなさい、探してくるから」
そうしてろくろを止めた老人が立ち上がろうとしたとき外から誰かを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
「あ、お母さんだ」
「あやちゃんの事を呼んでいるんじゃないか?戻ってやりなさい」
どうやら女性は少女の母親で少女のことを呼んでいるようだ。
老人は母親のところへ行くよう少女に促すが少女は不安げな顔で俯いてしまっている。
「どうしたんだ?何か不安なのか?」
「おじいちゃん」
「ん?どうした?」
「ちゃんとあやにお皿の作り方教えてくれる?」
どうやらこのまま母親のところへ行ったらもう陶芸を教えてくれないかもと不安になっていたようだ。
「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ、おじいちゃんはいつもここにいるからいつでも来なさい」
老人が優し気な笑顔で安心させるように言ったことで少女の不安もなくなったようで元気よく返事をした。
「じゃあねおじいちゃん!」
「あぁまた来なさい。いつでも待ってるよ」
「あやちゃーん、どこにいるのー!」
「おかーさん!ここだよ!」
少女の母親が大きな声で少女を呼んでいるところに元気よく返事を返して少女が小屋の中から顔を出した。
「あやちゃん、どこ行ってたの。親戚の方たちはもう来ているのよ、ほら早く行きましょ」
「はーい」
そうして母親が差し出した手を少女がつかみ親子は少女が出てきた倉庫のすぐ近くの邸宅へと入っていった。
邸宅の中には喪服を着た人々が数人いた。
「おー、やっと見つけたかこっちこっち」
その中の一人が親子に向かって手を振っている。
「おとーさん!」
少女は母親の手を放し手を振っている男性に向かって走っていき抱きついた。
「あやちゃんは元気だね」
その隣には一人の老婆がいる。
「元気すぎて困っちゃうほどですよ。お義母さん」
「はっはっは、子供は風の子。元気なうちは自由に過ごした方がいいんだよ」
どうやら老婆は少女の祖母のようだ。
「ははは、まぁまぁ母さんもああ言っているんだしこのままでもいいだろう」
「あなたはまたそんな適当なこと言って」
両親がお互いに話しているせいで暇になってしまった少女は自らの祖母へと話しかけた。
「ねぇねぇ、おばあちゃん」
「ん?どうしたんだい?」
「おじいちゃんがねあやにお皿の作り方教えてくれるって言ってくれたんだ!」
その言葉を発した途端この場の空気が一瞬固まってしまった。
その空気を少女は敏感に察知し自分が何かしてしまったと不安になっている。
母親はその言葉の真意を探ろうと少女に話しかけた。
「あやちゃん、おじいちゃんといつ約束したの?」
「えっと、さっき...」
その言葉でさらに場の空気は騒めいた。
少女の母親は深刻そうな顔をして少女に語りかけようとした。
「あやちゃん、聞いて。おじいちゃんは...」
「まぁまぁ、麻衣さん。子供にそんなこと教えるのはまだいいんじゃないかい」
このただならぬ空気の中いつもと変わらぬ雰囲気の祖母に少女は視線を向ける。
「あやちゃん、いい?おじいちゃんはずっとあやちゃんのそばにいるから安心していいよ。なんたってあの人は家族がだーいすきだからね」
「おじいちゃんはずっと綾のそばにいるの?」
少し涙目になりながら少女はそう返す。
「あぁ、もちろんだよ。あんたらも子供にそんな目を向けるんじゃないよ」
老婆は少女を安心させてから少女を不気味なものを見るような視線を送っていた人々にそう言い放った。
その言葉に人々はばつが悪そうに眼をそらした後、その場の空気はいつも通りの空気へと戻っていった。
「さすが母さんだ。母さんにはいつも頭が上がらないよ」
「ありがとうございますお義母さん」
少女の両親も少女の発言にはもう何も言うつもりがないようで、老婆へと頭を下げている。
「私も子供の夢を壊したいわけじゃないし、子供には時たま大人じゃ考えもつかないような世界を知っているときもあるんだよ」
そうして少女の頭に手を乗せて、
「この子の約束だって本当のことかもしれないしね」
「ほんとだよ?おじいちゃんおばあちゃんにお皿作ってるって言ってたもん!」
その言葉を聞き老婆は目を見開き驚いたようだ。
そして、少女の頭をなでながら
「もう、あの人ったら...」
そうつぶやくのだった。