─第四話─ 尾行
…………。
部屋に戻るや否や、すぐさまサングラスとマスクを外し、もたれかかるように椅子に座り込む。
「……ハァ」
本当に、やりきれない。
今日も今日とて街に心を読みに行ったのだが、まったくもって証拠は掴めなかった。
それどころか、さっきしていたような返送でもしないと、おちおち外も歩いていられない。
それほどまでに、国民のヘイトは溜まっていた。
二日前、いつものように私が捜査に行った時、どこかの誰かに足を踏まれた。
初めは偶然かと思ったが、その後も背後から小突かれたり、石やら紙屑やらを投げられたりと、それはもう散々な目に遭った。
「私は、ただ捜査してるだけなのに……」
本当に、やりきれない。
なんで私が、こんな目に。
人々の為に働いて、その人たちに虐げられる。
こんなの、おかしいわよ。
なんで、なんで……。
「失礼します」
突然響いてきた声でに反応し、急いで視線を扉の方に向ける。
「……なんだ、茉莉か」
「ノックしたの、気付かなかった?」
「うん。その、ごめん、ね」
「ううん、大丈夫。疲れてるんでしょ? 少しは休みなよ」
「ありがと。でも、仕事はまだまだ残ってるから」
以前に比べればかなり減ったとはいえ、私が処理しなければならないものは山のようにある。
……だが、不幸中の幸い、といってもいいのだろうか。
この国の犯罪数は、激減していた。
例の遊戯が始まって以降、犯罪行為を行うものは目に見えて減っていった。
以前から、エイリアンでも攻めてくれば世界平和は訪れるだろう、などというジョーク交じりの説は存在していたが、この国で起こっていることは、正しくそれなのだろう。
おかげで、多少は仕事が減った。
でもその分、この大量殺戮の件での仕事がとてつもない量になっていた。
最早、捜査どころではなくなっていくかもしれない。
「お姉ちゃん、私、手伝わなくても大丈夫?」
「うん、大丈夫。すぐに終わらせるから。というか、もうそろそろ定時でしょ? 早く帰りなさい。私もすぐにお惣菜でも買ってから帰るから」
「……うん」
「というか、何か用があったの? 私の部屋にまで来て……」
「…………」
しばらくの間、言いにくそうにもじもじとしていたが、やがて、茉莉は口を開いた。
「多分だけど、明日、カガチが来る」
「……そう」
平静を保ちつつ、なんとか返答する。
……明日、か。
何の目的かは知らないが、来てくれるなら、それだけでもありがたい。
なんとしてでも、奴から証拠を引き出してみせる。
「それでなんだけど、ね」
「ん? どうかしたの?」
言いづらそうにしている茉莉に問いかけながら、悪いとは思いつつも、少しだけ心を覗く。
…………!?
「ダメよ、茉莉!! そんなこと、私が許さない!!」
「でも、私ならできるでしょ!? 先のことが分かるから、ある程度のことには対処できる。だからお願い!!」
一呼吸置き、茉莉は深く頭を下げた。
「私に、カガチの尾行をさせて!!」
茉莉の口から出た言葉は、私が先程読み取った心と一言一句変わらなかった。
…………。
「……尾行くらいなら、他の職員だってできるわ」
「私が、やりたいの。だって、そのための能力でしょう?」
「…………」
「大丈夫。私を信じてちょうだい」
「……万が一のことが起こったら?」
「私には、未来が視えるわ。だから、その万が一も回避してみせる」
「……そう」
「だから、お願い。私に──」
──ダン!!
茉莉の言葉を遮るように、机を思いきり拳で叩く。
「いい加減にしなさい、茉莉!! そんなこと、絶対に許さないわ!! あなたは、……茉莉は、私の大切な家族なの!! 唯一の家族なの!! それなのに、茉莉まで失うことになったら、私、どうしたらいいのよ……」
零れ落ちる涙を両手で押さえながら、呻くように叫ぶ。
……茉莉は、私の唯一の家族だ。
姉妹揃って孤児院に預けられたあの日から、ずっとずっと固めていた。
茉莉を守る決心を。
なのに、なのに……。
「……ごめん、お姉ちゃん。分かったわ。尾行は、他の職員に頼むから」
『……ごめん、お姉ちゃん。我が儘でごめん。他の職員には頼めないわ」
「ううっ……!!」
二つの声が、頭の中で反響する。
なんで、なんで分かってくれないのよ……!!
お願い、茉莉。
お願いだから、私の言うことを……。
「じゃあね、お姉ちゃん。……なるべく早く帰ってきてね」
その言葉を残して、茉莉は扉を閉じた。
「なんなのよ……。なんなのよ!!」
再び机を殴る。
なんで、カガチは私にこんな能力を渡したの!?
本音なんて、知らずに生きていく方が楽なのに!!
表向きにでも納得してくれた妹の姿が見たかったのに!!
なんで、見たくもない心を見なきゃいけないの!!
「どうしてよ……!!」
やり場のない怒りがこみ上げ、それはやがて叫び声に変わった。
……明日。
明日、茉莉は尾行をするんだ。
なら、なんとしてでも、それを阻止しないと。
私は、絶対に家族を手放さない。
それに、もう二度と、大切な人を失いたくない。
……明日。
明日が、天王山だ。
私にとっても、茉莉にとっても、この事件にとっても。