―第三話― 呼び出し
あれから数日が経過した。
茉莉に威勢のいいことは言ったものの、今のところ、一切手掛かりも掴めていない。
「……今日もやりましょうか」
人混みの真ん中に立ち、じっと意識を集中させる。
…………。
『あいつまた遅刻かよ』
『こんな緊急事態でも出勤とか……』
『まだ全然立ち直れてないのに……』
……ぐッ……!
これが限界か……。
心を読む能力。
これを使って、少しでも手掛かりを得られないか調べているのだが、今のところは一切成果が上がっていない。
それに、一度にたくさんの心を読むのも不可能なようで、一度に五人が限界らしい。
五人の心を少し読み、また別の五人の心を読み……。
もう、それくらいしか手はない。
あとは、茉莉の能力だ。
茉莉に見れる限りの未来を見てもらい、犯人の動きがないのかを調べてもらっている。
……だが、茉莉の能力にも限界があるようで、どう頑張っても一日先までしか見えないらしい。
……とりあえず、今日はもう会社に戻ろう。
こんな成功するかも分からないような調査よりも、会社で行っている捜査の方がよっぽど効率がいいだろう。
……とはいっても、今はどちらも手掛かりを得られていない状態だが。
「……どうも、いつぞやぶりですね」
「!?」
私の仕事部屋に、なぜかカガチがいた。
「な、なんであんたがここにいるのよ……!?」
「主人からの命令です。……それよりも、能力の具合はいかがですか? お気に召されましたか?」
「……そうね。今のところは一切役に立ってないけど」
「まあ、そうでしょう。ですが、もう少ししたら……。……いえ、なんでもありません」
そんな意味深長なことを言ったカガチは、不気味に口元を歪めながら。
「その能力は、いずれ必ずあなたの役に立ちます」
「……あっそ」
…………。
「……一応言っておきますが、私の心を読むことは不可能です。少々、特殊な事情がございますので」
……ばれてたのか。
まあ、能力を渡してきたような奴が、それの対策をしてないわけがないか。
「……さて、今日は能力の具合を確かめに来ただけですので、そろそろ失礼させていただきます。……それでは、またいつか」
「あ、ちょっと待ちなさい!!」
私の制止も効かず、カガチは足早に部屋を出た。
急いで後を追うが……。
「!?」
カガチの姿は、どこにも見当たらなかった。
曲がり角のないこの廊下で、本当に影も形もなく、消えていた。
……カガチも、能力を持っているのだろうか……?
その瞬間、胸元の携帯が、けたたましい音を立てて鳴り出した。
……誰だ?
…………!?
「……まずいわね……」
面倒だけど、行くしかないか……。
「風花様、到着いたしました」
「ご苦労様」
車を降り、足早に目的地へと向かう。
さっき呼び出してきやがったのは、この国の首相だ。
早く行かないとどう、ということはないが、遅くなるとこっちの業務に支障が出てしまう。
……本当に面倒。
「おお、風花君か。すまんね、急に呼んでしまって」
こいつが、この国の首相だ。
……相変わらず、張り付けたような笑顔を浮かべてる。
「いえ、大丈夫です」
「早速話したいことがあるのでな。ほら、そこの椅子に座りなさい」
「はい、失礼します」
機械的に返答し、促されるまま椅子に腰掛ける。
「……さて、大方の想像はついてるんじゃないかな?」
「……今回の事件の事ですか?」
「ああ、そうだ。……どうだね、捜査の調子は」
「……恥ずかしながら、今のところ一切手掛かりを得られておりません」
「……そうか」
首相は優雅に啜っていた紅茶を机に置き、
「早急に解決しろ。国の威信にかかわる」
「……はい。全力を尽くします」
「頼むぞ。……私の政治生命もかかっているのだ。こんな馬鹿みたいな事件のために、私の生活まで脅かされるのは死んでもごめんだからな」
ま、それが本音よね。
……心読んでたから知ってるけど。
「もしも解決できれば、お前らへの補償金も上げてやろう。資金繰り、あまり上手くいっていないのだろう?」
「…………」
「まあ、とにかくだ。早いところ解決してくれ。……私と、風花君の安寧のためにもな」
「……はい」
車に乗り込み、大きくため息を吐く。
「会社までお願い」
「かしこまりました」
……まあ、事件解決の催促だろうとは思っていたけど……。
……資金のこと言われると、どうにも弱くなってしまう。
確かに、資金繰りは上手くいっていない。
国からもらっている金は高額ではないにしろ、打ち切られるとこの先の活動が上手く行けるか……。
……はあ。
……だが、一部私の思惑も上手くいった。
カガチの存在を国から隠せた。
これは大きいだろう。
カガチの存在を国が知ってしまえば、唯一の情報源を断たれることになるかもしれない。
……万が一、カガチのことを知られてしまえば、調査を国の方で始めてしまう可能性が高い。
……それが、犯人への刺激になってしまうこともありうる。
……はあ。
とりあえずは、国の事なんて気にせずに捜査に取り組まなくてはだ。
あんなのを気にしている方が時間の無駄だ。
携帯を取り出し、しばらく画面を眺め、気持ちを奮い立たせる。
……シオン。
早いところ解決して、あんたの仇を討つから……!
だから、もう少し待っててね。
最後にシオンと撮った写真を記憶に焼き付けるように見つめ、もう一度ポケットに入れる。
……涙が鬱陶しい。