―第二話― 動画
…………は?
頭の中を疑問符が渦巻き続ける。
こいつが何を言っているのか全くわからない。
『適当に殺した中から選ばれた、無駄に運のいい皆様。今日から数えて一月後、もう一度同じことをします。……要するに、皆様にも死んでもらいます。今生きているのは、私の単なる気まぐれですので。そのことをお忘れなく。というわけで、残った短い時間をせいぜい謳歌してください。……それでは、また一月後に』
そこでプツリと動画は終わってしまった。
「……これが、三日前に国中に放送されたの」
「…………」
絶句するしかなかった。
私が寝ていた間に、何が起こっていたのだろうか。
いや、それ以前に、どうやって殺したんだ?
遠隔で殺すなんて、そんなマンガや小説じゃあるまいし……。
「失礼致します」
突然響いたノック音とともに、病室に謎の男が入ってきた。
……さっきの動画と同じ仮面……!?
「……どちら様でしょうか?」
ゴクリと唾を飲み込み、なんとか声を出す。
背丈は……百七十くらいだろうか。
仮面の目の部分が開いているが、その眼差しは非常に鋭く、威圧感を放っている。
「そんなに緊張しないでください。私は、あなた方に危害を加えるつもりなど、一切ございません」
「……。……それで、何の用なのかしら? あと、さっきの私の質問にも答えてください」
「かしこまりました。私の名はカガチと申します。主人より命令で、あなた方のサポートをしに参りました」
「……主人?」
「先ほどご覧になっていた動画に出られていたお方です」
……やっぱり、さっきの奴とかかわりがあったのか。
「それで、サポートって何のことなの?」
「主に、主人との遊戯についてですね。それ以外のことも、主人の命に背かない限りは遂行いたします」
茉莉の質問に対して、カガチはすらすらと答えた。
「主人は、この一月大層暇になると嘆いております。それを解決するために、あなた方二人と遊ぶ計画を立てられました」
「「…………」」
そう言ってカガチは一拍の間を置いて。
「お二人には、我が主人を逮捕していただきます。制限時間は主人が残りの人間を殺すまでです」
「は!?」
思わず、声が出てしまった。
何を言っているんだ、こいつは!?
逮捕することを、遊びって!?
「もちろん、このまま遊びを始めたところで、あなた方は主人を捕まえるどころか、見つけることさえ不可能でしょう。そこで、主人はあなた方に一つずつ能力を授けました」
ベッドに向かって、思い切り拳を振り下ろす。
「何を言ってるの、あんた!? あんたも、あんたの主人も、この世界をゲームかなんかと勘違いしてんじゃないの!? まったく、馬鹿馬鹿しい。揶揄うんなら、もうちょっとマシな嘘を言いなさい!!」
「嘘などでは決してございません。実際に、私が今から能力をあなた方にお渡しします」
その瞬間、カガチが突然私たちの方へ素早く腕を伸ばし……!?
「あぐっ!?」
「がっ!!」
私たち二人の頭を覆うようにカガチの手が置かれた。
それと同時に、全身に電流が流れたかのような衝撃が走り……。
「終わりました」
パッと何事もなかったかのように手を離し、カガチは元の態勢に戻った。
「能力の説明をさせていただきます」
未だ呆然としている私たちに、カガチは平然とした様子で話を始めた。
「風花様には、他人の心を読む能力を。茉莉様には、未来を見る能力をお渡ししました。……一応、使いこなせるように調整しましたので、今すぐにでも使うことはできるはずです」
心を、読む……?
「今後、何か連絡がございましたら、こちらの携帯からおかけください。それでは、失礼致しました」
未だボーっとしている私たちを尻目に、カガチは来るときと同じようにあっという間に消え去った。
『なに、あいつ? 何が起こってるの? 能力って? お姉ちゃんは大丈夫なの?』
「づっ……!」
その瞬間、頭を内側から叩かれるような痛みに襲われた。
これは……茉莉の声……?
でも、茉莉の口は動いていない……。
……とうとう、私の頭がおかしくなったの?
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「……ううん、なんでも……!?」
『何かあったのかな? 頭抑えてるし、頭痛? カガチとやらの影響?』
……これ、もしかして、茉莉の心の声?
自分で考えても馬鹿らしく感じるが、そうとしか思えない。
「あいつの言ってたことって……」
「えっ、本当にどうしたの!? ……病み上がりなんだし、もう休んだら……?」
「……ううん、違うの。……気が狂ったかと思うかもしれないけど……。本当に心が読めるようになった、かも……」
「……?」
『……?』
……そりゃあ、そうよね。
自分でも何を言ってるのかわかんないんだし。
「……ごめん、くだらないこと言っちゃった。忘れて。……そういえば、携帯ってどこ? さっきの動画が本当なら、指示出さないとだし」
「う、うん……。はい、これ」
「ありがと」
あれから、数日が経過した。
遅々として進まない捜査とは対照的に、私は自分の体のことが少しずつ分かってきた。
私は、人の心を本当に読めるようになっている。
色々と自分で実験していくうちに、疑いはどんどん確信に変わっていった。
私が心を読めるようになった、ということは……。
茉莉も、未来を見れるようになっている……?
……非科学的、非現実的なことだが、もう既にそんなことは起きているのだ。
人が、何の原因もなく、突然死ぬ。
そんなことが、もう起こっているのだ。
……そのせいで、国民のヘイトも相当なことになっているが。
突然、自分の愛する人が殺されたのだ。
その気持ちもわからんでもない。
私だって、やり場のない怒りに襲われている。
……だからと言って、うちに電話までは掛けてこないでほしい。
昨日はずっと電話が鳴りっぱなしで、対応してくれていた皆も顔がやつれていた。
……こんな緊急事態で、通常の通報が激減したのが唯一の救いだった。
「茉莉、大丈夫かな」
茉莉もうちの会社で働いてくれているのだが、昨日も、一昨日も、ずっと捜査続きで一睡もできていないそうだ。
……かくいう私も、その口なのだが。
国の上層部からも、国民からも捜査を早く進めろと圧力がかかっている。
早くこの事件を片付けないと、私も、皆も、会社も持ちそうにない。
……どうにかしないと。
「あの、失礼します……」
「茉莉? どうぞ、入って」
書類に目を通しながら、茉莉を部屋に入れる。
「……あの、仕事の邪魔しちゃうかもしれないと思ったんだけど、緊急事態だったから……」
「……どうしたの?」
「……! あ、危ない!!」
茉莉がコップを指さしながら、小さく悲鳴を上げた。
「……どうしたの?」
『……五秒後』
「……?」
ここ最近は、自分の意志で心を読めるようになったが、茉莉が何を思っているのかいまいちわからない。
「ねえ、コップがどうかし……!?」
椅子から立ち上がった瞬間、その衝撃でコップが地面に落ちて砕けた。
『……また』
「……まただ。ねえ、お姉ちゃん、私、おかしくなったのかな!? ずっと、こんなふうに先読み……? みたいなことになっちゃうの……!」
…………。
これは……。
「……茉莉、カガチとか言う仮面の男言ってたこと、覚えてる?」
「覚えてるけど……。……まさか……!?」
「私はそう思ってる。……この間は濁したけど。ここ最近、正確に言えば、カガチに言ったあの日から、ずっと心の中が読めるようになってるの」
「で、でも、そんな非現実的な事って……」
「実際、あの動画の男は国民の半分を殺した。これは紛れもない現実なの。……だったら」
「だったら、私たちの能力? があってもおかしくないって言いたいの……?」
茉莉の問いかけに、私は静かに頷いた。
「……そんなのって」
「わからない。私には、何が起こっているのかも、私たちに何をされたのかもわからない。……それでも、利用できるものは利用したいの。あいつを、人を殺したあの男を捕まえるために」
「……お姉ちゃん……」
だから、と一言置き。
「国を、私たちを、混乱に陥れてきたあいつを、私たちの手で捕まえましょう……! この能力も、カガチとか言う奴も、全部を利用して。絶対に捕まえて見せましょう……!!」