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―第一話― 始まり

 静けさに包まれた室内に、単調なタイピング音が響く。

 この空間には、私を邪魔するものは誰もいない。

 ひたすらに作業をこなし続けられる。


 だというのに、どこからともなく耳障りな鼻歌が聞こえてきた。

 ……本当に、この男は。


「ただいまー!!」


 反射的に手元のペンを鷲掴みにし、


「シオン、覚悟!!」

「あっぶねっ!!」


 チッ。

 全力投球だったというのに、外してしまった。


「風花、ペンなんて投げてくんなよ!!」

「あんた、昼休みはとっくに終わってんのよ!?」

「とっくにって、まだ三分くらいしか過ぎてねえじゃねえか!!」


「この仕事の山が目に入らないのかしら?」


「誠に申し訳ございませんでした」


 速攻で土下座をするなんて、この男にプライドなんてものはないのかしら?

 ……まったく。


「ほら、早く席についてちょうだい。今から始めれば、二時までには終わるわよ」

「それは、午後の?」

「言わずもがな。午前よ」

「潰れてしまえ、こんなくそブラック企業」

「あんた、よく私の目の前でそんなことが言えたわね!?」


 私、一応この会社の社長なんですけど。


「社長権限で仕事減らせないんですかねえ? せっかくいい気分で帰ってきたんですから」

「無理よ。……というか、何かあったの?」

「フッフッフ。よくぞ聞いてくれました。なんと、さっき賭博でぼろ儲けしてきたんですよ!!」

「よし、あんたは明日から来なくていいわ」

「そんな!! 社長、どうかご慈悲を!!」

「なら、さっさと仕事を片付けなさい」

「はーい」


 本当に、シオンは何をしているのよ。

 昼休みに賭博で儲けてきたことを社長に自慢する男。

 ……ヤバすぎるでしょ。

 ただ、仕事だけは一流なのよね。

 ……仕事だけは。

 まあ、家族以外では、シオンが一番会話しやすいんだけどね。

 だから、さっきみたいな雑談も、かなり息抜きになる。

 シオン以外のみんな、ガッチガチの敬語しか使わないんだもん。




「はー、ようやく終わったわ」

「お、マジか」


 あれ、私の方が早く終わった?

 ……まさか。


「…………」

「ちょっと待ってくれ。俺ももうすぐ終わるか……いたっ!!」


 思わず殴っちゃった。

 でもこいつ、さぼってパソコンでゲームしてたんだけど。


「ハァ……。飲み物買ってくるけど、どうする?」


 なんか、いつものこと過ぎて、これ以上咎める気も起きない。


「いつも通り、コーヒーで」

「りょーかい」




 ……ミルクティー美味い。

 仕事中もずっと飲んでいるが、ミルクティーはやっぱり美味い。

 うん、美味い。

 シオンはいつもブラックコーヒーばかり飲んでいるけど、甘党の私からしたら、まったくもって理解できない。

 というか、あいつの存在自体理解できない。

 仕事をしながら鼻歌を謳いだすし、私の悪口を堂々と言ってくるし、業務さぼって賭け事始めようとしたりするし……。

 この間なんか、私をパシリに使いやがったからね!?


 ……まあ、そんな彼を好きになった私も、相当変な人間なんでしょうけど。


 部屋に戻ったら、少しだけ手伝ってあげましょうかね。

 もう、ほとんど残っていないだろうけど。


「シオーン。仕事終わったー?」

「もうちょっとでーす」

「……ねえ、少しだけ手伝」

「ありがとうございます! これとこれと、あとこれもお願いします!!」

「私、最後まで言ってないんだけど!?」


 ……はぁ。

 やっぱ、こいつのこと嫌い。


「というか、こんなに簡単な奴だったら、あんた一人でも終わるでしょう?」

「そっちを風花さんにやってもらえれば、ちょうど同じくらいのタイミングで終わるはずなんで」

「……分かったわ」


 明らかにあんたの持っている奴の方が作業量多いんだけど。

 ……絶対にシオンよりも先に終わらせてやる……!




「――ね、言ったでしょ?」

「ぐぅ……!」


 本当に同じくらいで終わった。

 ……何なら、シオンの方が若干早く終わってた。


「ほら、さっさと帰りましょう」

「……ごめんけど、今日も送ってってもらっていいかしら?」

「もちろんですとも。……というか、そんなの聞かずにいつでも乗ってくださいよ」

「ありがと」


 恥ずかしながら、私は免許を持っていないのだ。

 というか、そんなことをする時間がなかった。


「にしても、いつまでたっても治安良くなりませんねー」

「そうね……」

「せっかく俺らが働いてるってのに、国民は何やってんですかね……」

「そんなこと言わないの」


 まあ、シオンの言いたいこともわからんでもないが。

 私の会社は、国内で唯一治安維持を行っている会社なのだが、いくら働けど、一向に犯罪はなくならない。

 ……一応、国の警察もいることにはいるのだが、上が腐ってるせいでちゃんと機能してくれていない。

 ……溜め息が出る。


「いつか、俺らが働かなくてもいいくらいになればいいんですけどね……」

「……私が言うのもなんだけど、当分先になるでしょうね」

「「……はあ……」」


 本当に、うんざりしてくる。


「……っと」

「どうかした?」

「いや、ちょっと目眩がしただけっす……」

「……あんまり疲れが溜まってるんだったら……」

「いえ、ご心配なさらずですよ!!」


 ならいいんだけど……。


「……そういえば、なんだけどさ」

「なんすか?」

「……シオンって、恋人とかいないの?」

「いるわけないじゃないすか、そんな時間も容姿もないし」

「……ま、まあ、そこはかとなくいい感じなんだし、いつかできるわよ」

「バカにしてないですか!?」

「してないわよ」


 少なくとも、私の目には格好よく映っている。

 彼の姿、性格、彼のすべてが。


 ――ドサッ!!


「……うっ……!!」

「……シオン?」

「う、ぐっ……がはっ……!!」

「ちょ、シオン!? シオン!?」


 突然、重たい音を立ててシオンが倒れた。

 胸元を抑え、口からは血が零れている。

 ……明らかに異常事態だ。


「ちょっと待ってなさい! 今、救急に連絡するから……!!」


 携帯を取り出し、大急ぎで連絡を取ろうとする。

 ……が。


「なんで、なんでつながらないの!?」


 いくらかけても、一向に繋がる気配がない。


「ふ、ふう……か……!」

「なに!? どうしたの!?」




「ごめんね」






 眼を開くと、そこは一面真っ白な部屋だった。

 ……どこだろう、ここ。


「あれ、茉莉(・・)!?」


 横には、妹の茉莉が椅子に座ったまま眠っていた。


「……あれ、お姉……ちゃん……!? 良かった、目覚めたんだ!!」

「……どういうこと!?」

「あのね、お姉ちゃんは三日前からずっと意識不明だったの」

「……ってことは、ここ病院?」

「……うん」


 そうだったのか……。

 ……ということは、さっきまで見ていたのも、ただの悪夢だったのだろう。


「ごめん、携帯ってどこにあるの? このまま入院が続くんだったら、シオンに指示出さなきゃだから」


 普段は怠け者で賭博好きでどうしようもない阿保だが、いざというときには頼りになるのだ。


「……あの、ごめん。言いづらいんだけどさ……」

「ん? どうしたの?」


「……。……三日前に、シオンさんも死んじゃったの」


 …………。

 ……えっ……?

 …………。


「ね、ねえ、茉莉? いつもの冗談なら、面白くないから……」

「冗談なんかじゃないの。シオンさんも、みんな、みんな……!!」

「……どういうこと?」


 茉莉は返事もせずに、スマホの画面をこちらに見せてきた。

 そこに移っているのは、白色に変な模様の入った仮面をつけた男性が椅子に座っている動画。

 私が恐る恐る再生ボタンを押すと、スピーカーからは静かな声が聞こえてきた。




『突然ですが、この国の約半分の方に死んでいただきました』

かなり長い時間かけた作品ですので、ブックマークしていただけると嬉しいです!

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