0曲名「うたうたい」
「なんとなく」
その言葉が当てはまる中学生活だった
朝起きて、朝ごはんを食べて、歯を磨いて、顔を洗って、学校に行って、おはようと言って、おはようと返されて、授業を受けて、友達と喋って、授業を受けて、バイバイと言って、家に帰って、夕飯を食べて、宿題をして、動画サイトを漁って、音楽を聴いて、寝る
ただそんな日々を繰り返した。たまについてくるおまけみたいなイベントに少し心踊ろされたりしたけど、それすらもなんとなく過ごした
友達がいる、家族もいる、犬のハルがいる、いじめられてもない、いじめてもない
ただ、たまに心臓に風穴を空けられたように、孤独に似た何かを感じた。痛みがない苦しみを感じた。ラーメンを食べたあとの油のように不快感と、少しの気持ちよさがあった
今日は卒業式だった
不思議と涙は出なかった
そんな自分を僕は心のない人間だと思った
「もう二度とこの日々には戻れないけど、友達やけんな!」
と、友達が言った。嬉しかった。同時に無理だろうなとも思った
人は忘れる生き物だ。どんなに仲が良くても、信頼を築いていても、時が経てば忘れる
本当に悲しい生き物だと思う
涙は出なかった
そんな自分が嫌いだった
特技も好きなことも夢もない僕が、僕は嫌いだった
家に歩いて帰る途中、なんとなく桜の木を見に来た。
川沿いの、遊具も小さな滑り台とブランコ程度しかない小さな公園に咲く、たった1本の桜の木。小さな頃はここで家族でお花見とかもしたっけ。
まだほとんど咲いてなかったが、よく見ると、上の方が少し咲いていた
「綺麗」
思わず声がこぼれた。なにを言ってるのか自分でも分からなかった。ただ、確かに綺麗だと思った
それと同時にまた、心臓に風穴を空けられたような何かに襲われた。ただ、不思議と不快感はなかった
それどころか、快感だった。まるで、流れ星をみたような快感と、喜びに似たなにかがあった
「綺麗でしょ」
僕は飛び跳ねるように驚いた
誰だって誰もいないはずの後ろから急に声をかけられたらビックリするに決まってる
「ビックリしすぎじゃない?」
そう言い、名前も知らない彼女はケラケラ笑っていた
「…誰ですか?」
「名乗る時は自分からって知らないの?」
「…立花 夢です」
「夢くんって言うんだ!なかなか珍しいね〜!」
また彼女はケラケラ笑っていた。彼女は僕とほぼ同じ背丈で、髪は肩上くらいまで、少し整った顔に、クリっとした目、そして、ギターケースを担いでいた
「ギター弾けるんですか?」
「あ、いや全く?さっき買ってきたの!」
そう言うと、彼女はおもむろにギターを取り出して近くのブランコの柵に座り右手でジャーンと鳴らして見せた。色は茶色の誰もが想像するような色のギターだったが、普段黒い穴の横にある部分に鳥のようなイラストがあり、綺麗だった
「上手いでしょ?!」
「全く」
「こういう時は上手いって言っとくの」
よく分からん
「夢くん弾けるの?」
よくもまあ、初対面の男子を名前で呼べたものだ。狙ってか、はたまた天然か
「触り程度なら。父がギターを持っていて少し、というか結構練習してました。結構前ですが」
「じゃあ弾いて!」と、持ってるギターを押し付けるように渡してきた
僕は新品の美しいギターを丁寧に持ち、彼女と同じようにブランコの柵に座り太ももの上にギターを乗せた
そして、僕が一番好きなアーティストで練習して唯一弾けるようになった箱舟の記憶というバンドのMusicという曲を弾いてみせた。曲の1番を鼻歌で歌いながら弾き終えると2番から彼女が一緒に歌ってきた
上手かった
めちゃくちゃ上手かった
声を張り上げて歌ってるのに繊細で、透き通るように綺麗で、気を取られた何回もミスしてしまった…違う、ただ忘れまくってたから何回もミスした
弾き終えると、彼女は満足そうな顔をしていた
「下手くそでごめんね」
「え、うそ、歌もギターもめっちゃ上手いじゃん!」
お世辞の上手い小娘だ
「夢くん!私にギター教えて!」
「他の上手い人に教わって」
「上手い人が君しかいない!教えて!」
「無理」
「お願い!」
「他を…」
「私、粘り強いよ?いいよって言うまで帰さないから!」
めんどくさいのに捕まったと思った。けど、少しだけ嬉しかった。初めて本当の意味で頼られた気がした。それが女の子だったからなのか、この日だったからなのか、彼女だったからかは分からない
けど、簡単に答えは出てた
「無理」