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第2部 16

 タクヤがマキに調査をお願いして一週間ほど経った火曜の夜。

 タクヤとマキ、二度目。今日はまた違う公園で。

 大きな蛸の中ではなく、ベンチに座っている、夜空にはところどころ黒い雲が浮いているが、星がきれいだった、月のない夜だ。

「『マーク』『マーカー』『窃盗団』で掲示板やブログ、SNSを調べてみると、まあいろいろと出てきました」

 キャップに眼鏡、マスク、長袖のシャツにカーゴパンツか、マキの怪しさ。

 中が入れ替わってても気付かないんじゃないか。

 タブレットをみたまま顔も動かさないし、声もわからないし。

「『影盗団』て呼ばれてるって出てましたけど。犯人たちがまるで影みたいだって、警察の人がいったとかいわないとか」

「ダッセ。中学生かよ」

「(警察)ぽいですけどね」

 いうな。

「他には」

「自衛隊、自衛官、消防士、スポーツ選手、アクション俳優、格闘家、『サスケ』なんてのもあったし、跳び箱とかね。忍者はなかったけど。まあ、マークの開発と自衛隊が繋がってるってことはネット界隈では公然の秘密というか、一部のネット民の間では半ば事実として受け取られてるから。テレビのニュースとかワイドショーとかでやらないのが不思議なくらいで。やっぱり圧力かかってるのかな」

 キィ、キィ。

「メンバーが殺された、なんて話しも既に載ってるから、全部が全部憶測ってわけじゃなさそうだけど。あとは」

 メンバーが一人殺された話が既にネットに流れてるのか……。

 キィーイ! キィーイ! キィーイ!

「ジュンペイ、すまん! ちょっと、止まろうか」

 タクヤが堪らず声をあげる。四人は今、公園のブランコに横並びで座るということになっていた。

 ジュンペイが、つまらなさに耐え切れずにブランコを漕ぎ出したが、そこはもう少し我慢して欲しい。

 元はといえば、マキがブランコに座ったためだが、真下がそれを止めずに一緒にブランコに座るのなら、タクヤがそれを阻止する術はない、トゥギャザーする以外に仕様がない。

 一番端をマキが使い、隣に真下、その隣がタクヤ、タクヤの隣がジュンペイだった。

 タクヤの片方の耳から入ってくる真下の言葉が、ジュンペイのブランコによって弾き飛ばされるのではかなわない。

 中島たちが自衛隊などと協力してマークの研究をしていたという話は、真下がさっきいった通り事実である。「軍事」と祖父が結びつくため、タクヤとしては不愉快だった。

 だから、マーク、マーカーと自衛隊が絡んで掲示板などに載るのはある意味当然ともいえる。

 もっとも、警察内では(知ろうと思えば)知られた話も公に告知されたわけではない。

 軍事機密、国家機密とまではいかないが、こういった話が掲示板などに載るというのは困った、怖い世の中ではある、とタクヤのような人間には感じられた。「影盗団」にしても、だ。

 タクヤの注意を惹いたのはその「自衛隊」ではなかった。ここでいうべきかどうか迷ったが。

「『消防士』なんてのも出てるのか」

「『メンバーに消防士がいる』なんて書き込みがありましたね。まさか当たり?」

 それでも一瞬躊躇った、「信頼」なんて言葉が浮かんでしまった、「仲間」なんて言葉が浮かんでしまった。「警察に向かねぇ人間だ」そんなセリフが鼓膜を内側から振るわせたようだ。

「こないだの死体な、元消防士だった」

「へぇぇ」

 声を出したのはジュンペイだった。心なし得意気だったが、真下は

「そういう情報はもっと早く欲しいものですが」

 と、少々おかんむり。

「マキだって、暇なわけじゃないんで」

「一般人に話していいこととまずいこととある、わかるだろ」

「そんなことにこだわってる場合ですか? 犯人捕まえたいんじゃないんですか」

 真下の言葉に、さすがにそこは拘らせてくれ、とはタクヤもいえない。真下が続けていう。

「兵は拙速を聞く。スピード感もってやらないと」

 誰かさんが妙な用事を持ってくるから『孫子』ばかりになる、ボソッと真下が愚痴る。

いつを以て労を待つ。ときにはゆとりを持つことも大事だ」

「ゆっくりやってていいんですか?」

「急いで欲しい」

「どっちだよ」

「すまん。なるべく情報は出す。だから急いで欲しい」

 我々も忙しいんですけどね、と真下が一つ勿体をつけて、

「手数料払うなら、優先的に調べますよ、無論、額にもよりますが。ビットキャッシュ方式ね」

「考えておこう」

 千円札を一枚出そうとしたが、それは止まった。冗談にならなそうだ。

 タクヤには以前から一つ考えていることがあったが、二の足を踏んでいた。そろそろいい加減、実行に移さなければならないのだが。


 一〇月一四日深夜、柳町交番の電話が鳴る、タクヤと斉藤が飛び出した。マンションに何者かが侵入したという通報だった。

「マンションに向かってくれ!」

「タクさん」

 タクヤは狭い路地を疾駆した、前を走るたぶんを追って。

 ヤツが今夜の犯人かどうかはわからない、しかし、怪しい、臭う。

 そう、まさしく臭う。

 速い、加えて、特徴的な走り方、独特のリズムに幻惑されるよう(言い訳するわけではないが)、装備が邪魔なのはいつものことだが(これも言い訳だ)。

 マークを胃の府に放り込んだタクヤだったが、男には逃げられた。

 間違いない、マークを飲んだタクヤが置き去りにされるということもだが、道路のこちら側に残る臭い。

「あいつ、マーカーか」

 片側二車線の道路を飛び越えてその向こうに消えた「あいつ」の後ろ姿を記憶に焼き付けるように、タクヤは暫く向こう側を眺めていた、追いかけてきた路地を戻りつつ、微かに漂う残り香を虚しく辿り返っていた。

 

 当番をあがると、タクヤは署を出るなり電話を入れた。

 マーカーの存在、その本質を、タクヤは結局同僚にも上司にも、警察内の誰にもいえずにいる。

 マーク、マーカーのことを口にするものは誰もいなかった、少なくとも、それと犯罪、それと警察を関連づけて語るものは。

 電話の先では、タクヤの申し出をすんなり受けてくれた。裾をバンドで絞って、通勤用のクロスバイクに跨る、欠伸を一つ、クロスバイクはゆっくりと動き出した。

 当番明けの体に早秋の朝の空気が心地いい、ひんやりとして熱を奪い、疲れをとってくれるよう。

 今日はこの後もう一勝負することになった。家に帰るまでの一〇分程、束の間息の抜ける時間……。気を抜きすぎるなよ、自転車でもしっかり安全運転しなければ。

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