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第2部 3

 ナイフ男の事件から二ヶ月ほど、およそ週一ペースで錠剤絡みの事件は起きていた。

 無論、押収された錠剤は鑑識に回るが、その中の幾つかはタクヤが個人的に拝借していた。

 大学病院にいる同級生の関口に渡された。

「あんまりあれこれ持ち込んでくれるなよ。警察の方々も最近よく病院に出入りしてるしさ。ばれたらクビ、下手したら臭い飯食うことになるんじゃねぇか」

「俺も一緒に食ってやるよ、檻の外でな」

「絶対お前の名前出してやるからな」

「地位と名誉を守りたいなら、他人に決してばれないよう用心することを勧める」

「警察官の鑑だね、ほんと」

 ここは関口のマンションである。

 グチグチいいながらもパソコンのキーボードを叩く関口の指は止まらない。なんだかんだいいながら、関口はタクヤの頼みを断れない。

「マイクロバイオームの組成はそれぞれ微妙に違う。カフェイン、エフェドリン、テストステロン、タウリンなんてのもある、栄養ドリンクと混ぜたかな」

 カフェインは摂り過ぎると腸内細菌に悪影響を与えることもある。

「粗悪品飲んで意識ぶっとんだか」

 今のところ、死んだ人間はいない。

「粗悪品というか急造品だな。にしても」

 どうやって手に入れたんだろ、と関口が呟くようにいった。

 入手方法はいずれも「ネット」だという。

 ネットを検索すればこの錠剤に関する書き込みはみつけることができるし、いろいろ辿っていけば実際買うこともできた。

 値段は一ケース五粒ほどで数千円から数万円。タクヤにいわせれば、こんなものは怖くて口に、腹の中に入れることなどできないが。

 リスクは大きい、しかし、効果という意味では確かにある。身体能力は格段に上がる。

 このまま状況がエスカレートしていけば、近いうちに、

「死人が出るな」

 クスリの影響で死ぬか、暴走して事故にあって死ぬか、飲んだものが誰かを殺すか。

 少しの沈黙があった。

 去年の夏休み、城山でクスリを飲んで潰れた中学生をタクヤはこのマンションに連れてきた。

 二人は、このクスリに関しては体験を共有していた、一年半程前から、いや、その前から「今日」までずっと。


 タクヤが祖父の葬儀のときにみつけた封筒、「東日本マイクロバイーム健康研究所」という機関。タクヤは密かにその研究所を調べていた。

 そんな中で「腸内細菌を利用して身体能力を上げる」という研究があることを知る。

 腸内細菌が肥満や糖尿病、自閉症やウツなどにも影響しているという。腸内細菌をきちんと育てることによって心身の健康を得られる可能性がある。

 もしかしたら、健康な人の腸内細菌を移植すればその「健康」を移植することもできるかもしれない。

 単純に「コピー&ペースト」とはいかないだろうが、その人にとってより良い健康が手に入る可能性はあるのではないか。

 身体能力の高い人のマイクロバイオームを移植すれば、より良い身体能力を手に入れることができるのではないか。

「より良い腸内細菌のキャリアー」として白羽の矢が立てられたのがタクヤの祖父だった。

 祖父がそんなものに興味を持つとは思えなかったが、実際データは残っていた。詳細な、祖父の設計図とも思えるようなデータが。

 そして、祖父に白羽の矢を立てた者たちの一人が中島だった。

 中島に近づきたくてその町に勤務希望を出していた。そこはタクヤの生まれた町でもあった。

 タクヤは数年間地元で勤務していた。

「東日本マイクロバイオーム健康研究所」の名前は既にない。

 足取りがわかり且つ接触できそうなほどの距離にいたのが中島だった。


 あいつは、仮面を被っていたな、なぜか、子どもたちと一緒にトレーニングしていたな、子どもたち、懐いているようにみえた……。

 子どもたちと仮面か……。


 奇妙な事件が続発している最中の五月一日火曜日。T崎市蓑町にある、そここそタクヤの生まれ故郷だが、北T崎警察署で講義が開かれた。

 その奇妙な事件について、ある人物から話を聞くという。

「錠剤」については鑑識も頭を悩ませていた。ドラッグの一種という認識ではあるが、なんせ中には薬物の他に細菌がわんさか入っているのだ。

 マスコミに対しても詳細の発表はしていないが、ネットなどで流れる情報には的を射ているものも多い。

 警察が掲示板で勉強するわけにはいかない。

 大学病院で一人の人物を紹介された。

 その人物を紹介してくれたときの先生の表情が、何か「めっちゃ苦い虫を噛み潰して苦いのを我慢するような」表情だったという。

 その話を聞いて、タクヤは、医学界におけるマークなどに関わる研究の位置づけ、その認識の微妙さを思って渋く笑顔を作ったものだ。タクヤも、この講義に出席することになっていた。


 講義が始まる、タクヤの前に現れた男をみて、大学病院の先生の「苦い顔」の真意、ほんとの意味が腑に落ちた、ようだった。

 講師は、中島だった。

 中島は確かに仮面など被っていなかった。しかし、タクヤにはまるで仮面のようにみえた、素顔であるとは思えなかった。

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