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第1部 13

 三人を見送った加藤が戻ってきた。機材を片付ける、黙ったまま。

「一番前にいた年嵩の人間、あれは旅団長だ」

「え?」

「林旅団長、眼鏡の飯島二等陸尉か」

 面白そうだ、そんな風に中島の口が「にやり」と笑ったようだった。およそ一月前は、大きな溜息を吐いていたというのに。

 向こうがこちらを値踏みしているように、こっちも向こうの値段をはかっている。

 自衛隊という組織は魅力的だが、安売りするつもりはない。

 林は旅団長であり、旅団長が直々にこういった場所に出向いてくるということは珍しいことだろう、しかし、それを以って「身に余る光栄」などと畏まってしまうほどウブではない。

 先ほどみせたデータが最新でベストな「一軍のデータ」だなどとは一言もいっていないのだから。

「次は出すんですか?」

 やつらの鼻をあかしてやりたい、という加藤の思いはわからなくはない、が。

「さて、どうするか」

 彼らの焦れる様子もみていて楽しいのだが。

 飯島という男を思い返すとき、中島の頭の中に『狼』の文字がちらつく。「ちらつく」というのは即ち認めたくないということでもある。

「狼」は、実際には群れで行動する臆病な動物であるが、「文化」という側面でみれば、ある場所では恐怖の対象として描かれ、また別の場所では神として、また建国にかかわるものとして「大いなる力」の象徴として描かれる。

 神秘的な生き物というイメージがついて回る。

 飯島は、頭はきれるだろう。あれで恐らく、林などのためには身を削って仕事するような面もあるに違いない。

 狼……。ふっと、中島の顔に微笑が浮かんだ。みつかった、別の言葉が。

蛇蝎(だかつ)

 爬虫類的な目、表情、態度、ぴたりとはまった。 

 中島が好きな小説の主人公が近しいものから「蛇蝎」といわれた。なるほど。その小説の主人公と飯島が重なった。

 彼らの前に仮面を被って出る日がくるかもしれない、なんとなくそんな気がした。

 蛇蝎のような飯島と向かい合う仮面を被る「自分」、そんな絵がふっと浮かんだ。


「どうした、サッカー部! 試合にも出ているそうだが、まさか転がるボールと猫のようにじゃれているわけではあるまい! いつになったらわたしの前を走ってくれる!」

 速くなっているのは間違いなかった。二人とも、走力持久力ともに格段に上がっていた。

 二人に向かって声を張り上げる自分がいる。研究所に潜っているより、一人で走っているより、彼らをみていることに張り合いを感じている。

「教育者も悪くない、か」

 科学者でも教育者でも、やっていることは同じだ、子どもを利用するという点において。

 ――ダメかな、仮面を外せないようでは。

 教育者でも、科学者でも。仮面をしているときのほうが、むしろ普段隠している自分を出せている。

「神はまだ存在しない。そういった哲学者がいる」

 杉の木の枝が高く頭上張り巡らし、薄暗い。坂も急で歩きづらく、人とすれ違うことは滅多にない。

 曇り空がここの暗さに拍車をかける。まだ午後四時前だというのに。

「未来において、神が現れ、救済してくれる。不思議なボールを七個集めると龍が出てきて願いを叶えてくれる、という類の話でない」

 仮面は立ち止まっている、二人も立ち止まる、仮面の背中の、すぐ後ろ。仮面の背中を、リクはなんとなく不思議なものにみていた。

「ありえない話だと思うか?」

「……」「……」

 車が走り去る音が聞こえる、意外と車道は近い。

 近い、が、交わることはない。

 三人はこのとき「現在」から浮き上がりずれ落ちた存在になる。

「質問を変えよう。神はいると思うかね」

 仮面は背中を隠そうとしない。なぜか二人はその背中に、その声に、この時間に、引き込まれている。あたかも、「答」のない質問そのものである。

「神はいないのさ、まだ」

 雷が鳴るからきみたちも早く帰るのだな、仮面はそういって城山の奥へと消えた。残される二人は、その背中を追うそぶりを微塵もみせ合うことはできなかった。

 車が通る、鳥が鳴く。坂道を下りた二人、城山から出た二人は、家へと帰っていった。いろいろ話しながら笑いながら帰る中で、「神」という言葉は一度も出てこなかった。


 仮面と二人が分かれたその場所に、スッと、鳥たちさえ気付かないかというほど静かにさりげなく姿を現した男。

 少年たちが城山から出て少し、男も坂を下りて車道に出た。

 入り口で振り返り、一礼、キャップを被り、ゆっくりと走り出した、少年たちの後を追うように。

 一時間もしないうち、激しい雷雨が町を襲った。

 雨はじきにやむ。

 くすんでいた町が綺麗に洗われた、遠く西の山に沈みかける夕日にキラキラと輝いた。

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