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一方その頃

 一方その頃。


 ルイスとレッカは、どうにかこうにか自警団の詰所から引っ張り出したロコンと睨み合っていた。原因は、少年の腕の中でいまだ大事に抱えられているセツの生首だ。


 じりっ……とルイスがにじり寄れば、ロコンは近付いた分だけ後退し。壁際に追い詰めたと思ったら首を抱えて犬のように唸るばかり。この捕り物に、ロコンの声を聞きつけた同僚たちが代わるがわる部屋を覗くが、誰の目にも好奇心が覗くばかりで手助けしてくれる気配はない。相手が子供だと知ると、一様に苦笑し去って行った。


 力づくで取り上げられないこともないのだが、育ちのいい誇り高き帝国軍人であるルイスにはそんな発想露ほどもない。ルイスは唇を噛んでロコンを睨みつけた。


「あらあら、まあまあ。なんって恐ろしいお顔でしょう」


 膠着状態がどれほど続いただろうか。不意に聞こえた女の声に、ルイスはびくりと肩を震わせた。振り返ると、立ち姿も美しいひとりの女が、八重歯の覗くぽってりした唇を皮肉っぽくゆがめていた。薬師はこいつだったのかとルイスは知らず顔をしかめた。この女――ノエルが、カズサの懇意にしている相手だと知っていたからだ。


 鈴を転がすように笑ったノエルは、右手ですくった髪を耳にかけ、ルイスを押しのけてロコンの前にしゃがみ込む。一瞬、怯えたような表情を浮かべたロコンだが、ゆっくり差し出された手に警戒しつつも鼻を近づけた。匂いを嗅ぐように鼻をうごめかせ、まだ若干の不審を抱きながらも舌を伸ばしてペロリとノエルの掌を舐めた。

 ぎょっとするルイスたちとは裏腹に、ノエルは笑みを深め務めて優しい声で少年に語りかけた。


「ねえ、坊や。ロコンくんだったかしら?私はノエル。薬師をしているわ。少し君の診察をしたいのだけど、男の子だもの、ちょっとくらいお母さんと離れても平気よね?」


 正しく猫なで声というやつだ。ロコンは戸惑ったように瞳を揺らし、セツの首をぎゅっと抱きしめる。彼の頬に優しく手を添えて、ノエルは辛抱強く言い募った。


「お母さんも怪我をしているでしょう?手当をしなければいけないのだけれど、私じゃ力不足なの。奥に国家認定医の資格を持ったお医者様がいるから、そちらまであちらのク……失礼、軍人さんたちが丁重にお連れすると言ってるわ」

「――っ、」


 誰もそんなことは言ってない!だいたい、そいつは怪我人どころか死人じゃないか!


 叫びそうになったルイスの口を、レッカの大きな手が塞ぐ。直情的で思ったことをすぐ口に出してしまう性質のルイスを、必要な場面で黙らせるのはいつもレッカだ。首を横に振る同僚を見上げて、ルイスはぽんとひとつ彼の腕を叩いた。直情的ではあるが、すぐに冷静になれるのはルイスのいいところだ。レッカは彼の口を塞ぐ手を離し、ロコンの前に膝をついた。


「きちんとお母さんを医師のところへ送り届ける。俺たちは軍人だ、嘘はつかない」


 なるほど、絶妙に嘘にならない言い回しを選んでいる。こういった部分で、レッカはルイスやユキジより狡猾だ。短く刈りこんだ暗い茶髪に、紅茶色の瞳。精悍だが威圧的でない顔立ちも誠実そうに見せるには一役買っていることだろう。職業軍人に憧れていた幼い頃のルイスなら、一発で落ちそうなシチュエーションだ。

 ロコンもしばらく迷っていたが、やがてそっと母の首をレッカに差し出した。


「確かに預かった。では、我々はお母さんの護送任務に入る。君はここでノエル殿の治療を受けてくれ」


 レッカの力強い腕が、優しくセツを抱きとめた。宝物でも扱うような丁寧さで、レッカはセツの首を大事に抱え、ロコンに向けて略式の敬礼をして見せた。こくりと頷くロコンは涙で潤んだ目でレッカとセツを見つめていたが、ノエルがそっと肩に触れるとそちらに意識を向けたようだった。


 立ち上がったレッカに続いて、ルイスも部屋を出る。本当なら、カズサの知人とは言え部外者であるノエルだけに任せきりにするのは良くないのだが、あの場にルイスが残っても、ロコンは警戒するだけだろう。それなら、部屋の外で待つ方がいい。両開きの戸を半分だけ閉めて背を持たせかけたルイスをレッカが意外そうな顔で見遣った。


「いいのか?」


 部屋の中で待機しなくて。そう言われた気がして、ルイスは苦笑いを返す。


「あの場にいても警戒させるだけだからな」

「そうか。じゃあ任せた」


 レッカは真意を探るようにルイスを見たが、やがて頷きセツをフヨウのところへ運ぶために歩き出した。同僚を見送って、ルイスは小さく息を吐く。


 ルイスとカズサは、軍学校の同期だった。入学はカズサの方が半年遅かったが、それは彼がエキ家の養子で、読み書きに遅れがあったからだと悪意ある噂が流れたこともあった。

 その時、確かにルイスはカズサに好意的で、なんて下らない噂話だと思ったものだ。少なくとも学生時代のカズサは絵に描いたような優等生だったし、座学も実技も優秀だった。だから、首席で卒業して六階となったカズサの下で働くことに誇らしさすら覚えたものだ。


 なのに、二年が経った今も、カズサは六階のまま昇級する気配もない。いつの間にか、第三軍兵団の落ちこぼれと呼ばれるようになっていた。カズサの部下であることで散々軽んじられてきたルイスが、カズサを疎むことを誰が責められようか。


 だけど、きっとカズサが落ちこぼれと呼ばれるに甘んじているのは、政治的判断だ。


 今、政治屋の貴族たちは皇家の後継ぎ問題で割れている。兆候はルイスたちが学生だった時からあったが、誰の目にも明らかなほど激化したのはこの半年ほどのことだ。


 軍のトップであるエキ大将軍の義息子であるカズサが下手に動けば局面が変わる可能性すらあった。カズサ個人ではなく、エキ家として関われないと踏んでいるのだ。先頃母親に呼び出されて実家に戻った時に兄から聞かされたことがぐるぐると脳内をめぐる。


 カズサはいい。彼は、家柄、実力ともに申し分なく上に行ける人材だ。だが、自分たちは?これから先、いくら忠誠を誓っても、カズサが自分たちを重用してくれる保証はない。疎ましさと将来への不安は態度に現れるようになり、いつの間にか遠かった距離はさらに開いた。今ではもう、後入りのセイレーンの方がカズサと近しいくらいだ。


 扉の向こうでロコンが時折上げる小さな悲鳴をBGMに、ルイスはため息を飲み込んで木目の浮いた天井を見上げた。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字、感想などいただけたら嬉しいです(^^♪

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