拷問じゃないんだから
サブタイトル……毎回すごく悩むんです。もういっそ、1話、2話に変えたろかしら。
「これはこれは。どうやったもんか、さっぱりだ」
ハヤテに連れられてやって来た医師は、ざっと遺体の様子を見て傷口を検めた後首をかしげた。
「まあ、おそらく首を斬られたのは死んだ後だろうけどねぇ」
「すごい!見ただけでわかるんですか!?」
「んん?そうだねぇ。ここのね、首の左側。大きい切り傷?ひっかき傷に近いかな……とにかくこの傷からはたくさん出血した跡があるんだけれど、そこに比べて頭を斬り落とした箇所からの出血が少ない。傷口はこちらの方が大きいのにね。ほら、人間って、怪我をしたら血が出るでしょう?それは、心臓が体中に血を送ってるからなのさ。死体の心臓は動かない。だから出血も少ない」
セイレーンにきらきらした目を向けられて、医師はうっそりと微笑んだ。嘘か本当か分からない説明を、セイレーンは熱心にメモを取る。
フヨウというこの医師は、見た目こそ三十そこそこなのだが、実は五十を過ぎているらしい。腑分けのキャリアは実に三十年以上。国家認定医の資格を取ってからでも、軽く十五年は経つのだとか。一部では『妖怪』と呼ばれているとかいないとか。
「一体なんのために首を落としたんでしょう?」
カズサが尋ねると、フヨウは口をへの字に曲げて「知らないよ」と吐き捨てた。
「ぼかぁ医師だからね。犯人を捕まえて、手口と動機を吐かせるのは君らの仕事じゃないか。巻き込まないでくれ」
それもそうか。なんとなく、彼なら古今東西の猟奇事件に精通しているような気がして聞いたが、本当の理由は犯人しか知りえない。馬鹿な質問をしたものだ。
「失礼いたしました」
「いいよ。ぼかぁ寛大だから」
にぃ……と蛇のような笑みでフヨウはカズサの頭を撫でた。六尺三寸はあろう長身に頭頂部を見下ろされて、カズサは居心地悪く肩をゆすった。義父であるエキ大将軍と旧知の仲であるフヨウは、時々こうしてカズサのことを幼い子供のように扱う。確かに、彼からすればカズサなぞまだまだひよっこなのだろうが、部下の前でくらい格好をつけさせてほしい。
余計に子供っぽい仕種だと意識しないまま、カズサはふるふると首を振ってフヨウの手を振り払う。フヨウが面白がって笑う気配がした。
「ま、死因は首の血管が破れたことだろうね。ここをやられるとまず助からない。それから理由は分からないけど、腹を裂いて中身を食い荒らし、首を落とした。腹と首のどっちが先かはちょっと判断がつきかねるけど。兎も角、ひとりの仕業じゃなさそうだ」
手についた汚れを瓢箪の水で洗い流しながら、フヨウは一転真面目な声で告げた。再び質問を差し挟もうとして、カズサははたと気が付いた。
さっき、フヨウはあの手でカズサの頭を撫でなかっただろうか?
今手を洗っているということは、さっきまで死体の腹に突っ込んでいた手で直接カズサに触れたということで……。
「あ、今日は念入りに頭を洗った方がいいよぉ」
青くなったカズサに、フヨウは今日一番いい笑顔で親指を立てた。
その後、カズサたちは借りてきた大八車にセツの体を乗せ、蓆を被せて軍兵団の詰所まで戻ってきた。遺体を安置するための氷室に、女の体を丁寧に寝かせ、傍に水を張った桶をいくつも並べる。こうしておけば、腐敗を多少なりとも遅らせることができると年配の軍兵の助言あっての行動だ。
フヨウは助言を聞くなりひとつ鼻を鳴らしたが、結局文句を言うことはなく「終わったらぼくの部屋においで」と言ってひとり先に執務室に戻ってしまった。
言われた通り、カズサとセイレーンが彼の執務室を訪ねると、フヨウは書類とにらめっこしていた。お茶を淹れてくれと言う彼に、セイレーンは物の場所を聞いてさっと動き出す。
カズサはまだ少し呆然とした様子で、時折泣きそうな顔で自分の頭に手を伸ばしては、触る勇気が出ずにそろそろと手を下ろすを繰り返している。さっきは頼もしく見えたのに……。セイレーンは内心ため息をつきながら、カズサの前にも茶器を置いた。
フヨウの言うことには、首を落とした浜野と切り裂いた刃物は別物らしい。鋭さが全く違うし、何なら首を落とした方は鉞や斧のような形態をしている可能性が高いらしい。
「刀や鋸でも切れないことはないんだけどねぇ。鋸じゃ切断面はもっと悲惨なことになるし、刀は上手く骨の間に入れないと折れちゃうしねぇ」
「骨の間?」
くるくると器用に筆記具を指で弄んで、フヨウは紙にいくつかの線を引いた。
元々その紙には簡略な人間の図が描かれており、そこに線を引いたり、細かな書き込みをして報告書とするのだ。フヨウが繊細な意匠のガラスペンをインクに浸す様子を眺めながら、カズサは呆然自失の体でセイレーンとフヨウの質疑応答を聞いていた。
「うん、骨の間。背筋の骨ってぇのは小さいのがいくつも積み上がってできているわけ。その隙間隙間に緩衝材のようなものが入っていてねぇ。その緩衝材のおかげで人間は滑らかな動きができるんだけどねぇ、そこにうまいこと刃が入ればよし、入らず骨に当たったりしたら、刀の方が負けちゃうんだよ。物語のように骨ごとすっぱりなんて、どんな名工の作でも無理」
「へえ、そういうものなんですか」
感心したセイレーンに、フヨウは一冊の本を渡す。開かれたページには、二本の柱の間に大きな刃を吊るした、見たことのない装置が描かれている。
「それね、外国の斬首刑で使う装置。その刃の下に、穴があいた板があるでしょ?そこに首を入れて、上から刃を落とすとザクっと首が落ちるの。執行人は紐を引くだけだし、結局、そういうのがやる側もやられる側も楽なんだよねぇ」
「…………そういうものですか」
思わず詰襟の制服の上から自身の首を撫で、セイレーンは青ざめた顔でフヨウを見る。カズサもちょっと顔をしかめた。フヨウはそんな二人をちらりと見ると、「だってねぇ」と報告書に最後の読点を書き込んでチリ紙でペン先に残るインクを吸い取った。
「拷問じゃぁないんだから、生きたまま鋸で首をギコギコやられるの、嫌じゃない?」
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