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転倒


「兄さま、アカホシの話を聞いていますか?」

「無駄だ、アカホシ。カズサは疲れて眠いんだから」


 右手に長女のアカホシ、左手に次女のユウツヅをぶら下げて、カズサは振り子のように左右に揺れた。少しばかり過去に思いを馳せている間に、双子の義妹たちに捕まったのである。アカホシは今日学舎で褒められたらしく、一生懸命説明してくれるのだが、どうにも頭に入ってこない。ユウツヅがカズサの左側からアカホシに向けて手を伸ばすが、いかんせん腕の長さが足りない。まず離れて欲しかった。


「分かってるなら構わないでくれよ……」


 ぼそりと呟いた声は思いのほか低く、義妹たちはビクッと体を震わせて離れた。いきなりのことにカズサはバランスを崩し、つんのめる。


「あっ」


 という間にカズサは転んだ。それも、義妹たちを巻き込まないように気を付けて。変に体をひねったせいで行くになった左足首から人体が発するはずのない音がしたが、幸い双子は無事だった。


 響き渡るふたりの悲鳴に、あちこちにいた門弟たちが駆けつけてくる。ひとまず彼らに任せておけば義妹たちを宥めてくれるだろう。カズサは涙目で足首に手を伸ばした。


「いってぇ……」


 誰かが「フヨウ医師を呼んで来い!」と叫ぶ声が聞こえる。カズサは逞しい門弟のひとりに抱えられて、自室へと運ばれる羽目になった。


「まったく、なにをやってるんだかねぇ」


 呼びつけられたフヨウは、「私の専門は死体なんですが」などとぶつくさ言いながらカズサの足に添え木を当てた。


「ごめん、先生」


 包帯を巻く間添え木を支えようと痛む足に手を伸ばして、その動作でさえ響いたのかカズサは顔をしかめる。


「ダメですよ。ヒビが入ってるんですから、しばらくは安静です。仕事も休みなさい」

「そんな」


 医師の顔をしたフヨウにぴしゃりと言われて、カズサは信じられないと目を見開いた。痛みで紅潮していた頬からさっと血の気が引く。


「君って子は……少しは休みなさい。君は他人を信用しなさすぎる」


 いつもと同じ、少し困ったような顔で微笑んで、フヨウはカズサの頭に手を乗せる。ゆるりと髪をかき回すように頭を撫でられて、カズサは少し顔をしかめた。時折彼がするこの仕種がカズサは少し苦手だ。子ども扱いされているようで、腹の底がむずむずする。


「こう言ってはなんだけどね、君ひとりくらいいなくとも仕事は回るもんですよ」

「でも」

「カズサ、無理はしないでちょうだい」

「大丈夫だ、いざとなったら俺が出る」

「「それはちょっと……」」


 たかが街の巡視に大将軍はいらない。過剰戦力もいいところだ。自信満々なハクボに、カズサとフヨウは頬をひきつらせた。


 カズサが怪我をしたと聞いて慌てて飛んできた養父母に心配そうに見つめられて、カズサは俯いた。少し離れた扉の陰で、アカホシとユウツヅも不安げにしている。


「兄様……」

「カズサ……」


「ああ、もう。分かった。分かったから!」


 瞳を潤ませるふたりが決定打だった。カズサは叫ぶように言って、立てていた右膝に顔を埋めた。


「明日はカズサの好物にしましょうね」


 ミメイが優しく微笑み、赤くなったカズサの顔を覗き込んだ。ふいっと顔を背けると、それすらも嬉しそうな笑い声が落ちてくる。


「さぁさぁ、アカホシ、ユウツヅも。お兄様は休まなければいけませんからね。お話はまた今度」


 慈愛の笑みでミメイが双子を促し部屋を出ていく。その後ろに少し名残惜し気にハクボが追いかけ、部屋の中にはカズサとフヨウだけが残された。フヨウは恭しい表情を取り繕いつつ、熱冷ましの丸薬をカズサに手渡した。


「ねえ先生、家族ってなんなんだろうね?」


 痛む左脚を庇うように寝台を降りようとするカズサをフヨウは制した。ミメイが用意した水差しから添えられていた湯呑に水を注いで、カズサに手渡す。一口で飲むには大きい丸薬をどうにか飲み下して、カズサはフヨウに問いかけた。


「さあ、私にはさっぱり。なにせ、四度も妻に出ていかれた男ですから」


 少しの逡巡の後フヨウは目を伏せてため息とともに吐き出した。

 もちろんフヨウだって、『定義』としての家族は知っている。だが、カズサが求めている答えはおそらくそれではないだろう。


 肩をすくめるフヨウは、言葉通り四度の離婚を経験している。最初の妻は政略結婚で、フヨウの仕事に理解がなかった。

 二番目の妻は、家に保管された数々の研究材料が気味が悪いと出て行った。

 三番目は仕事にかまけて放っているうちに間男を作り、最後に迎えた同業の妻とは一番長く続いたが、自身の研究のために異国へと旅立ったという。

 大陸すら超える彼女の夢を、今もフヨウは応援している。その最後の妻の捨て台詞が、「あんたに家族は作れない」だったとしても。

 以後、「結婚にはもう懲りた」とフヨウは本当に家族を作らず、使用人の子をかわいがるにとどめているのだとか。


「難儀な子だねぇ」


「先生は優しいね」


 ふわりと笑って、カズサは「ありがとう」の言葉と共にフヨウを追い出した。


お読みいただきありがとうございます(^^♪

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