フヨウとの出会い
「――と言う話を聞かせていただきました」
食事を終えて、カズサはミメイと話したことをハクボに報告した。結局彼女の話は夫との馴れ初めに終始して肝心なことはなにも分からなかったのだ。困惑するカズサに苦笑して、ハクボは少年の少し癖のある髪を撫でた。
「ミメイの話が脱線するのはいつものことだから、あまり気にしなくていいさ。そうさなぁ……どこから話そうか。俺の出自は聞いたか?」
「平民だということだけ……」
「ああ、そうだ。カズサのお母さんは俺の妹でね、兄の欲目を差っ引いても綺麗な子だった。十四の時に下級貴族の坊ちゃんに見初められて妾になったんだが、二年と経たずに家が没落しちまってなぁ。生まれたばかりのお前さんと、坊ちゃん抱えて行方知れずになってたんだ」
「ええっと、つまり……?」
情報量の多さにめまいを覚えて、くらくらする頭を抱えて、カズサは上目遣いにハクボを見た。からりと笑って、ハクボは宣言する。
「俺と君は伯父と甥。つまり親戚だ!というわけで、君をうちの子にすることにした!」
カズサは困惑した表情で、首を横に振った。
「そんなわけにはいきません」
「何故?」
ここに来るまでに、庭で訓練をしている門弟を何人も見かけた。彼らはエキ大将軍に憧れて集まってきた者ばかりだという。中には、エキ家の双子の娘の婿にと望む者もいると聞いて、カズサは目を剥いた。カズサにとって従妹に当たるらしい彼女らはまだ二歳の幼子だ。権力に群がる気持ちは分からなくもないが、だからと言って二歳児と婚姻を望むのは大人としていかがなものか。
それはともかくとして、彼らは皆一生懸命鍛錬に励んでいた。日夜研鑽する門弟たちを差し置いて養子になるというのは、カズサにはどうにも気が引けたのだ。
「ふむ?」
拙いながらも自分の気持ちを一生懸命説明するカズサに、ハクボは首をかしげるばかりだ。どれほど言い募っても平行線で、結局、しばらく目を閉じて考えた彼は、「よし!」と勢いよく立ち上がった。
「出かけるぞ!」
「は?」
「自慢じゃないが、俺は戦以外のことはさっぱりだ。君が言いたいことの半分も理解できん!だから分かるやつに聞きに行く」
「ええ……」
それは本当に自慢にならない。なんでこんな人に話せば分かってもらえると思ったんだろう?遠い目をしたカズサは、ハクボに引きずられるように屋敷を出た。
ふたりがやってきたのは、すぐ隣の屋敷だった。エキ家とよく似た見た目で、屋根の色だけが違う。ここには友人が住んでいるのだと、ハクボは豪快に笑った。
「安心していい。口は悪いが悪いやつじゃねえ」
言葉通り安心させるようにカズサの背中をぽんぽんと叩いて、ハクボは大きく息を吸い込んだ。
「たぁあのもぉおおお!」
銅鑼声とはよく言ったもので、ハクボの声は良く響いた。しばらくして、バタバタと誰かが駆けてくる気配がして、乱暴に門扉が開かれた。
「ハクボ!うちは道場じゃないと何度言えば……!」
丸眼鏡の、蛇のような顔をした男が、細い目を吊り上げて開口一番文句を言う。まあまあと悪びれない様子で彼を宥めて、ハクボはカズサを一歩前に押し出した。
「これは?」
「カグラの息子」
「――ああ、例の。それで?見つかったって自慢しに来たのかい?」
こんな時間にと皮肉たっぷりに言う男に、ハクボは指先で頬を掻いて笑った。
「それもあるが、どうにも考えてることが小難しくてかなわん。通訳を頼む」
男は、カズサとハクボを見比べて、なんとも言えない顔で唇を引き結んだ。
これが、カズサとフヨウ医師との出会いである。
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