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今が舞台の物語

 ハン・マアサという娘は、第二皇子ヒナウの同腹の妹として生を受けた。と、言っても彼女自身は皇族として数えられていない。


 彼らの母、アカネはあろうことか第二皇子出産後、宦官と浮気をしてマアサを授かったというのだ。どうやったら宦官と子作りなんてできるのかぜひとも教えていただきたいものだが、当時の宮中はそれはもう大騒ぎったとか。

 恐らく自分の父親は皇帝だろうと思っているマアサだが、生まれた時期が悪かった。生まれ月から逆算すると、母が自分を授かったらしき時期に、皇帝は半年の遊学中だったことになっているのだ。出発前夜、最後に寵を賜った時の子だとアカネは訴えたが、結局は認められず彼女は斬首された。


 残されたのは生まれたばかりの赤ん坊と当時一歳の第二皇子。当然、ふたりにも死を、と声高に叫ぶ者はいた。だが、アカネの生家ハン家が代々忠臣の家系であったこと、父親が宦官とされていた――宦官に成れるのは末端貴族の子弟ばかりである――ことから、ふたりはわずかばかりの使用人と共にこの紅花宮に蟄居することとなったのだ。


 ようやくネネのお説教から解放されると、マアサは大きくため息をついた。しゅるりと衣擦れの音をさせながら帯を解き、外套を肩から滑らせる。長い髪からかんざしを抜き取ったところで、後ろから近付いてくる足音を聞きつけて彼女は振り返った。


「おかえり」

「ただいま」


 ひとりの青年が、部屋の入口に立っていた。マアサは椅子に掛けていた外套を適当にベッドに放り投げると、青年に近付いた。


 彼が第二皇子ヒナウだ。


 確かに顔立ちはマアサとよく似ているが、一見して似ていると思えないほどヒナウのまとう雰囲気は柔らかい。彼は長い髪を結いあげるでも切り揃えるでもなく子供の用に垂らしっぱなしで、食事や読書をする時だけ大雑把に結んでいる。きっと、ついさっきまで本でも読んでいたのだろう。髪に残った紐の痕から推測して、マアサは兄の頭に手を伸ばした。


 最近成長期に入ったヒナウはマアサより頭ひとつ半背が高い。自然と少し背伸びをすることになったマアサにヒナウの方が頭を下げて対応してくれる。優しい兄にマアサはほんの少し目元をやわらげた。


「今日はどうだった?」

「ああ、まあ、いつも通りかな」

「嘘。なにかあったんでしょう?でなきゃこんな時間まで出歩かないじゃない」


 にんまり底意地の悪い笑みを浮かべて、ヒナウはマアサを抱きしめる。しまった、と思った時にはもう遅かった。


「さ、きりきり吐こうか」


 笑顔で詰め寄ってくる兄に、マアサの頬が引き攣る。こういう時のヒナウは大概ロクなことを考えていない。慄くマアサにはお構いなしで、ヒナウは目を輝かせた。


「さあ、さあさあさあ!僕に楽しい話を聞かせておくれ。今日は誰が死んだんだい?」

「誰も死んどらんわ!」

「ぁたっ!」

「まあ!お兄様になんてことを!」


 物騒なことをのたまう兄の頭を、マアサは思いっきりひっぱたいた。ヒナウはちょっと涙目になって頭をさすり、ちょうどマアサの夕食を運んできたところだったネネが声を荒らげる。再びお説教に突入しようとしたところで、ヒナウが苦笑しつつネネを押し留めた。


「ただの兄妹喧嘩だよ」

「……本当でございますか?」


 いかにも疑っていると言わんばかりの表情で、ネネは兄妹を交互に見遣る。ふたりともが頷くのを確認して、ネネはため息を吐いて引き下がった。食事を乗せた盆を窓際の円卓に置いて自室へ下がる。


「食器は後でお台所へ持って行ってくださいましね」


 使用人が足りていない紅花宮では、食事が終わると食器を自分で運び、水につけておかなくてはならない。いつも通りのセリフを残してネネが部屋を出ていくと、ヒナウは当たり前のように椅子を引いてマアサを座らせた。


「さ、食べながらでいいから話しておくれ」

「……」


 円卓の上には、いつも通りの薬膳粥と少し豪勢な焼肉が置いてあった。今日の肉はネネの力作で、それもあって彼女の機嫌は悪かったらしい。なるほど、甘辛い味付けはマアサの好みにぴったりでとても美味しい。


 ヒナウはふたり分用意された茶器で茶を淹れ、食事の合間にマアサから話を聞きだした。ぽつりぽつりと話すうち、マアサの気持ちも少し落ち着いてくる。人に話すと楽になるとか、思考が整理されると聞くが、絶妙な相槌と質問をくれるヒナウは、まさに理想の聞き役だ。全てを聞き終え、彼は親指で唇の下を撫でさすった。


「貯古隷糖ねぇ……書物で見たことはあるけど、ほとんど伝説だと思ってたな」


 ヒナウが読める書物は限られている。今後も表に出てくることはないだろう皇子にかける金はないとでも言うように、年に数冊古い伝承や民話を集めたぼろぼろの書物が渡されるだけだ。


 仮にも皇族であるから、最低限の読み書き計算ができるよう教育されてはいるが、今は家庭教師もついていない。それでもヒナウは、ぼろぼろの書物を読み込み、歴史と歴史の間を埋める物語を作るのが上手だった。それらは市井で出版され、中流階級から今や貴族にまで広がろうとしている。そうして得た金はふたりの独立資金として秘密の場所に溜め込まれていた。


 ふと、ヒナウは悪戯を思いついた子供のような顔でマアサに問いかけた。


「ねえ、マアサ。たまには現代を舞台にした物語も面白いと思わない?」


お読みいただきありがとうございます。

やる気になってたら、パソコンが感染しました(;'∀')

夢の定期連載はやはり私には無理だったようです←

誤字脱字、感想などいただけると喜びます(^^♪

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