13話 黄金色の草原
奥田ゆずきは、風が吹く草原に一人で立っていた。
「おおおおおい!! 誰もいないの!!」
サアアアアア
風が、草原をなでる。見渡す限りどこまでも続いている。太陽はゆずきを優しく包み込む。
「僕はどうしてこんなところにいるんだろう? まぁいいや。誰もいないほうが気楽でいいや」
その頃、森野くるみ。倉谷らいち、姫野ことねは、ゆずきが生み出した。空に浮かぶ黒い球体の中に入っていた。見渡す限りの草原が続く。そして、かたわらに森野ざくろが横たわっている。
「ざくろ。お疲れ様」
ここまで運んでくれたざくろは、もうこの世にはいない。その顔は笑っている。
「先を急ごう。世界を元に戻すんだ。この草原のどこかにゆずきがいるはずだ」
ざくろの顔を覗くくるみを、らいちがうながす。
「ゆずき!! どこにいるの!!」
ことねは、足早にゆずきを探す。
ボフッ
ゆずきは、草原に寝転がり、空を眺める。
「また覚えていない。僕は闇の魔法を使っちゃったんだ。でも今は考えるのをやめよう。何も見たくない。何も考えたくない」
「おおおおおい!! ゆずきいいい!!」
「誰かが呼んでる」
そっと体を起こし、見渡してみても、声は聞こえるが誰もいない。
「ゆずきいいいい!!」
「もう!! ほっといてよ!!」
ジタバタ
横になり、もがくゆずき。太陽は傾き出し、草原を黄金色に染め始める。
「おい!! いたぞ!! ゆずきだ!!」
「どこ?」
らいちがゆずきを発見した。駆け寄るくるみとことね。ゆずきは、膝を抱え込んで赤子のように眠っている。
「なんだか安らかね」
「ゆずき起きて!! 一緒に帰ろう!!」
ユサユサ
ことねが、ゆすってみてもゆずきは眠ったまま。夢の中にいるようだ。
「うるさいな!! せっかく安らげる場所にいるのに」
ゆずきからみんなの姿は見えていなく、声だけがゆずきに届いている。
「ゆずき!! 起きて!!」
「なに言ってるの僕は起きてるよ!! なんでだろう、声は近くで聞こえるのに誰もいない」
ペチン ペチン
ゆずきのほほを叩くらいち。
「どうしたら良い? 起きないぞ」
「私がゆずきの夢の中に入る」
「私も行かせてください」
ことねがくるみに進言する。
「やめておけ。夢の中に入る魔法は非常に危険なんだ。ゆずきが目を覚ますと、夢の中から出られなくなる」
「それでも、行かせてください」
強い眼光でらいちを見ることね。
「そんな瞳で言われたら、行くなとは言えないだろ。しょうがないな」
「パチパチアメ」
らいちが唱えると、両腕から光る縄が出てきて、くるみとことねの腰に、
スルスルスル
巻きついていく。らいちは、光の縄の端を持ち。
「俺はここにいるから、二人で行くと良い。危ないと思ったら縄に合図を送ってくれ。俺が全力で、ゆずきの中から君たちを引っ張り出す」
「わかったわ。二人で行きましょう。両手を貸して」
くるみは、ことねと両手を握り合い、額をくっつける。
「良い? 行くわよ?」
「はい!!」
「ミダレガミバッハ」
くるみが唱えると、
バタ バタ
二人は倒れ、体から魂が抜け落ちる。
スウウウウウ……
「ゆずきが目覚める前に帰って来いよ!!」
らいちが手に持つ光の縄とつながった魂は、ゆずきの中へと入っていく。夢の中へ入ると、黒い玉の内部とまったく同じ光景が広がっていた。太陽は沈みかけて、夕日が草原を黄金色に染める。
「ゆずき!! どこ!!」
「ゆずき!! いたら返事して!!」
夕日に照らされる草原で立ち上がる影がある。
「くるみさん? それに、ことねさんも?」
ザッ ザッ ザッ ザッ
草原を走って進んでいくくるみ。
フラフラ
「あれ?」
ことねは夢の中で、上手く体を動かせずにいる。魂の動かし方は、体を動かすのとは違った。
「なにやってるのよ!!」
「なんで来たんだよ。僕は一人になりたかったのに」
「一人になんかさせない!!」
「帰ってくれ!! 僕は一人が良い!! もう嫌なんだ。人を傷つけるのも、傷つけられるのも」
「ごめんなさい。私に覚悟が足りなかった。お願い。私が一緒にいる。絶対一人にさせない。私が、あなたを守るわ」
「そんなこと言われたって、遅いよ……」
「遅くないわ」
ゆずきとくるみが言い合っていると、
ガバッ
「ゆずき!!」
「うわっ」
ことねがゆずきに抱きつく。
「うええええええん」
ことねのためていた感情が一気に溢れ出す。
「ことねさん? あの、ごめんなさい」
「うううう。なんで一人で遠くにいっちゃうのよ!! バカ!! うえええええん」
「だって僕がいたら、みんなを巻き込んで殺しちゃうかもしれないから」
「ひくっひくっ。私がさせないわよ!!」
グイ
ゆずきは、ことねを突き放し、そっぽを向く。夕日に照らされたその背中は、小刻みに震えている。瞳からは大粒の涙が溢れだしていた。
「なんでこんな僕に優しくしてくれるの? 僕は、世界から必要とされない存在なんだよ。機械の魔法は使えないし、古代の魔法はコントロールが効かない。生きてたってなんの役にも立たない」
震えるゆずきに、くるみは自分の想いを話し出す。
「そんなことない。私はゆずきが必要よ。古代の魔法使いの隠れ村に生まれ、表の世界では、犯罪者として生きてきた。そこへ、表の世界で生きるゆずきが、村に入ってきた。はじめは、弱虫でウジウジしたどうしようもないヤツだと思った。でもそれは違った。私が裏の世界に慣れてしまったせい。それと、ゆずきは優し過ぎるのよ。あなたのことをもっと知りたい。私に教えて」
「そんなこと言われたって。怖いんだよ」
グラグラ
地面がゆれる。太陽が沈もうとしている。
「なんだ?」
「あなたが眠りから目覚めようとしている。ここはゆずきの夢の中なの」
「僕の夢?」
「そう。今あなたは眠ってるの。起きて。世界が大変なの。あなたの闇の力が、世界の空間をぐちゃぐちゃに混ぜてしまったの」
「まただ。覚えていない。怖い……」
「あなたのせいじゃない。私が間違っていた。あなただけに背負わせてしまった」
くるみがゆずきの震える背中を抱きしめる。
「ねえ。帰ろう」
「うううう。くるみさん。うううう。ありがとう」
涙が溢れだすゆずき。
グラグラグラグラグラ
ゆずきの心が生み出した草原が大きく揺れだす。
「ねえ、この揺れは何? 地震?」
ことねが辺りを見回す。
「あなたが寝ていたことで、完成されていた夢が崩壊する。早く出ないと」
くるみとことねの帰りを待つらいち。
「ううう」
ゆずきが寝返りをする。涙が顔をつたう。
「ゆずきが起きそうだ。夢の中から帰れなくなるぞ。合図はまだなのか」
ピンピン
くるみとことねに、繋がった光のひもから合図がくる。
「良し来た!!」
グイグイグイグイ ポンッ
らいちが光のひもを引っ張るとくるみとことねの魂がゆずきから出てきた。
「ううううん。なにこれ? ここはどこ?」
ゆずきが眠りから起きる。
ゴシゴシ
涙を拭くゆずき。
「空の上だよ。君が作り出した黒い球体の中」
ゆずきが目覚めたことで、草原の世界はたもてなくなり、辺りは黒い霧に変わっていた。
スウウウ
スウウウ
くるみとことねの魂が自らの体へと戻っていく。
「ふぁあ。なんだか夢を見てたみたい」
あくびをすることね。
「うううううん。さぁ、帰るわよ」
くるみは背伸びをして、らいちに言う。
「どうやってここから出よう?」
「きゃあああ」
「うわあああ」
底が抜けて落下し始める。
「パチパチアメ」
らいちが唱えると、黒いカラスの姿へと変わる。
「捕まれ!!」
みんなで、カラスの足を掴む。
「重い…… くるみ!! 空飛ぶ魔法は使えないのか!?」
「ごめん!! なにか長い棒がないと上手く出来ないの!!」
「おいおい。そんな冗談やめてくれよ」
「本当なのよ……」
パタパタパタパタパタパタ
カラスの姿になったらいちは頑張るが、落下していく。らいち一人の力では限界があった。
「すまん。3人は無理だ……」
「ダメよ。頑張って」
「もう…… だめ……」
プツン
らいちが力尽きる。
「いやああああああ」
「うわああああああ」
「きゃああああああ」
カラスと三人は、地上に落下していく。
空に浮かぶ黒い球体から抜けると、世界の空を覆う黒い闇が消え、明るい太陽が世界を照らしていた。黒い球体は空に溶けて無くなっていく。
ヒュウウウウウウウウウウウウ
カラスと三人は、地上に落下していく。