11話 闇に落ちた少年・神になった少年
薄暗い地下室。床に大きな魔法陣が描かれている。その中心に、目を閉じ鎮座する奥田ゆずき。ロウソクの火だけが辺りを照らす。
フッ
額にバツ印がある男がロウソクに息を吹きかけ、火を消していく。
フッ
「闇と一つになれ。怖がることは無い」
フッ
全てのロウソクの火が消えると、真っ暗な暗闇がゆずきを襲う。苦悶の表情を浮かべるゆずき。
「う…… 闇が僕の体に入ってくる」
ゆずきの体を黒い闇が包み込んでいく。
「そうだ。それが闇だ。闇を膨らませ、飼いならせ」
「ぐうううううう。怖い」
「苦しみを越えろ。その先にあるものを掴め」
ゆずきを完全に闇が包む。
「あああああああああ!!」
叫び声を上げてゆずきは倒れ込む。
「ちょっと早かったか。だが順調にゆずきの中で闇が膨らんで行く。世界を救う日は近い」
「ゲホゲホ」
額にバツ印がある男が、口に手を抑え咳き込む。手のひら見ると、血がついている。
「もう少し。あともう少し」
ドゴオオオオオン!!
大きな音と共に、天井に穴が開く。
パラパラパラ
天井から光が差し込む。額にバツ印がある男は眩しそうに見つめる。
「ざくろ!! 私だ。森野まつだ」
森野まつと、その孫の森野くるみが現れる。
「その名前。懐かしい」
「くるみから額にバツ印がある男と聞いたとき。すぐにあなたを思い出した。やっぱりそうだ。私の息子。森野ざくろ」
「私はあなたの息子じゃない」
「たとえ血がつながっていなくとも。私はあなたを息子のように育てた」
幼きざくろは、保護施設で育った。ある日、園長から呼ばれると。
「あなたの里親が見つかったわ。14時までに荷物をまとめなさい」
「ここに居たい」
「ダメよ。ここはずっと居れるところじゃないの。わかるでしょう?」
「……」
仕方なく。荷物をまとめる幼きざくろ。約束の14時になると、黒塗りの高級な車が園の前に止まる。貴婦人と付き人が降りて来た。貴婦人は、園長と挨拶を交わし、園長の後ろで隠れている幼きざくろを見る。
「あら。あなた元気そうね」
「園内で一番元気な子なんです。それより約束の」
「わかってるわ。渡してちょうだい」
貴婦人が付き人に命令すると、アタッシュケースを園長に差し出す。園長は、アタッシュケースの中身を少し開けて覗き込む。
「ありがとうございます。これで園が続けられる」
「それじゃあ。坊や来なさい」
貴婦人が手を引っ張り、車に乗せる。振り向くと、園長は顔を押さえ泣いていた。幼きざくろはすぐにわかった。
(売られたんだ)
大きな一軒家に到着すると、大勢の使用人に迎えられる。
「おかえりなさいませ」
「新しいのが手に入った」
貴婦人がそう言うと、一軒家の奥へと連れてかれた。そこにはステンレスの台が置かれ、ステンレスの器具が並ぶ。とても清潔な部屋だった。それからの記憶はほとんどない。幼きザクロは新たな魔法機械の実験体にさせられたのだった。
実験に実験を重ねられた幼きザクロは、衰弱しきっていた。
「もうこいつも終わりだな」
研究員に髪を捕まれ、
ポンッ
はんこのような魔法機械で、額にバツ印をつけられる。そして、車に乗せられると、山道を突き進み。森の奥深くまで来ると、
「降りろ。殺されないだけまだ良かったと思えよ」
「……」
幼きざくろは限界まで体を研究に使われ、捨てられた。何日もさまよって体はもう動かず。ひっそりと死を待っていた。
「おや? 子供がこんな森の奥で迷子かね」
そこへ、森に薬草を取りに来たまつが、偶然通りかかった。
「……たす」
「なんだい?」
幼きざくろは気を失った。目を覚ますと、そこは隠れ村のまつの家だった。
「目を覚ましたかい? まだ体が動かないだろう。しかし、あんたは何をしていたんだい? 体はガリガリだし、体のそこら中に傷がある」
「何をして…… うっ」
幼きざくろは頭を抱え込む。
「言わなくて良い。きっと辛い記憶なんだ。忘れてしまったほうが良い。私は森野まつ。あんた名前は?」
「……名前?」
「ああ。無理に思い出さなくて良い。私があんたに新しい名前と、人生をあげる。そうね。ざくろ。森野ざくろ。あなたの名前よ」
「森野ざくろ?」
「そう。過去は捨ててここで暮らせばいい」
村のみんなからは反対されたが、まつの父親は村長を務めており。父の面目でなんとか許可をもらった。ざくろは村の掟に従い、古代の魔法を覚えていった。吸収力がすごく。どんな魔法もすぐに覚えていった。
そして、何年かして、ざくろは暗い顔をするようになった。
「どうしたんだい?」
「最近、昔の記憶を思い出せそうなんだ」
「本当かい?」
「閉じ込められていて。誰かが何度も……」
「やめなさい!! それ以上は思い出さなくて良い!!」
「うん。そうだね胸の奥に閉まっておくよ。お母さんありがとう」
その日の夜。ざくろは隠れ村から消えた。
そして、話は現在に戻る。ざくろが消えた日から、今までまつはずっと探していた。
「こんな再会になるなんて……」
「ムグリゾワカ」
ざくろが唱えると、黒い闇が両腕からまつへ放たれる。
ボワアア
「アシガツカナイプール」
まつが唱えると、両腕が光輝き、まばゆい光が放たれると、黒い闇とぶつかり合う。
バチイイイイイン!!
「くるみ!! ざくろは任せて、ゆずきを連れて逃げなさい」
くるみは、ゆずきの元へと走る。
「ゆずき!! この前はごめんなさい。私はあなたを隠れ村の仲間にする覚悟が足りなかった」
「うううううううう」
ブワッ
「きゃあ!!」
ゆずきの体から真っ暗な闇が溢れだし、吹き飛ばされるくるみ。
「一足遅かったな。たった今完成した」
「ううううううう」
フワッ
ゆずきの体は宙に浮き。まつが開けた穴を抜けて、ゆっくりと空へと登っていく。
「ざくろ!! ゆずきに何をした!!」
「私は少し背中を押しただけだ。彼はこの世界に生まれたことを恨んでいた」
ゆずきはどんどんと空へと浮かび上がっていく。
「ばあちゃん。どうにかなんないの?」
「アシガツカナイプール」
森野まつが唱えると、光がゆずきの体をめがけて飛んでいくが、簡単にゆずきの闇に打ち消されてしまった。
「こうなってしまっては手が出せない」
「さあ、ゆずきよ。見せてくれ。私が望んだ世界を」
「セカイヨコワレテシマエ」
ゆずきが唱えると、ゆずきからたくさんの闇が出てくる。闇はゆずきを覆い隠し、丸い黒い玉状になった。そして、闇が世界に広がり、晴れていた空は闇に飲まれていく。
「おばあちゃん。これはなんなの?」
「これが…… 新しい世界? 予言?」
誰が言ったのかわからないが、隠れ村に古くから残る予言。
『青き心を宿す強き者。新たな世界へ導き。そして救いの旅に出る』
「そうだ。これが新しい世界。世界をゆずきが救うんだ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「なんだ? なにが起きてる?」
建物の外に出るざくろ。世界が歪んでいく。景色が折れ曲がり、ぐちゃぐちゃに混ぜられていく。
「これがあなたが望んだ世界なの?」
建物から出てきたくるみがざくろに問う。
「ああ。そうだともこれが…… 私が……」
言葉に詰まるざくろ。空に浮かぶ黒い惑星のような玉。空を覆う黒い闇。地面が歪み。町のビルが空に浮かぶ。めちゃくちゃになった世界が、そこにはあった。